7センチ 手ごねハンバーグ
「あの、助けてくれてありがとうございました!」
電車を降りてすぐ、背の高い渡合くんを見上げて御礼の言葉を口にする。少し声が大きくて周囲の人に振り向かれてしまった。
「はは。大きい声」
「ご、ごめんなさい。あ、あの、どうしてわたしを?」
「……守ってあげたかったんだ」
「守って?」
優しく微笑む口元に瞳。守ってあげたかっただなんて言葉にドキリとしてしまう。恥ずかしさで下を向いてしまう。
きっと乗客に埋もれる小さいわたしが子どもみたいに見られただけ。絶対そうに決まってる。もう一度見上げるとはにかんだ笑顔をしていた。渡合くんの新しい表情を見つけるとわたしの心が華やぐようだった。
「一緒に行く?」
「は、はい」
隣に並んで歩いていく。渡合くんと並んで登校……やだ。心臓がドキドキする。恥ずかしくなって顔が熱くなる。何かこう気持ちがかしこまって下を向きながら歩く。
だけど黙ってちゃダメ。何か話さないと。
「き、気分が悪くなってたからほんとに助かっちゃった。わたし、小さいのによく見つけてくれたなあって」
「はは。小さい子を見つけるのは得意なんだ。俺って背が高いし。上から結構見えるからね」
小さい子? 得意? 背が高いとどんな風に世界が見えてるんだろう。
改札を通り抜けていつもの通学路に向かうために駅前にあるおしゃれなショッピングモールを歩く。この通りにあるファーストフードとかを利用する生徒も多かったりする。
「たまたまでも同じ電車に乗っていてくれて良かった」
心からそう思う。見上げてにっこりと自然に笑顔を送っていた。渡合くんが鼻の頭をポリポリと視線を上に向けている。
「……実はさ。今日はたまたま一本遅い電車に乗ったんだけど、毎日ほとんど同じ車両に乗ってるんだ」
「え!」
声をかけてほしい。と思ったけど、そんなこと勇気がなくて言えない。
そうだ。駅も同じはずだし、そもそも家も隣かもしれないんだった。普通にありそう。ちゃんと確認をしたことはないし、あれから渡合くんを目撃したこともなかったけど。
「あの……もしかしてなんだけど……家がお隣さんだったりする?」
「あー。やっぱりだよね? 俺も大森さんが隣の家に入っていくのを見たことあるんだ」
すごいすごいすごい! こんな偶然なんてあるんだ! とても気持ちが嬉しくなってドキドキが止まらない。
「すごい偶然だね!」
見上げるわたしに向ける渡合くんの青空のように爽やかな笑顔が眩しい。次の一瞬、少し悲しそうな表情を感じてドキッとした。
「まるで運命みたい?」
一転して真顔で運命なんていう言葉に鼓動が跳ねる。あんまりにも嬉しい気持ちがあふれて、にこにこしっぱなしで口元が緩んでしまう。足取りも軽くなるし、手を胸の前で叩いたりして喜んでいる気持ちが体に出てしまった。渡合くんを見上げると目が合った。なんだかわたしをあたたかい目で見て微笑んでる。幼い子どもを見る若いお父さんみたい? 絶対、小学生みたいに見られてる。ちょっと子どもみたいにはしゃいじゃったかな?
少し落ち着こう。
「あのお家ってずっと空き家だったと思うんだけど?」
「何年か前に他界した祖父母の家なんだよ。……父さんが仕事の都合で海外に行くことになってさ。俺は日本にいたかったからあの家で一人暮らしすることになったんだ」
そっか。だからお隣に生活感を感じなかったんだ。植え込みの植物はちょっとほっとかれ気味だったし、きっと洗濯物とかは家の中で干しているんだろう。
「お父さんもお母さんも外国にいるんだ。一人だと全部やらないといけないから大変だよね」
「うん……今まで親に頼っていた掃除とかゴミ捨てとか食事がほんとにめんどくさい」
渡合くんが寂しそうな困ったような顔をしている。コンビニ飯ばかりで手料理に飢えているって言ってたのはこのことだったんだ。朝も昼も夜もそうなのかな? もしもそうなら栄養がとても偏ってるよね? ちゃんとお野菜とか食べてるのかな? んー。なんだかすごい心配になってきた。わたしがご飯を作ってあげたりとか? て、わたしはお母さんじゃないんだから。
「だから部活も入るのやめたんだ」
「部活? 何してたの?」
「バレーボール」
「こまりちゃんと一緒だ!」
「そうだね。此花さんてかなり有名だったんだよね」
「有名?」
「あ。うん。中学で代表として選ばれるくらいの選手だったんだ。全国大会の決勝で優勝するくらいだったけど、なんでやめたのかな?」
「優勝ってすごいね。なんでかな? こまりちゃん、昨日の競走とかも早かったしなあ」
わたしは運動とか全然やったことがないからやめる理由なんて想像もつかない。
「渡合くんも有名なの?」
「俺は全然だよ。至って普通に部活でやってただけ」
「でもせっかくやってたのにもったいないね?」
「まあね。でもいいんだ。家事と勉強と部活を全部って大変だし」
そうだよね。うちは両親ともかなり忙しく働いてる共働きだからよく分かる。家事をちゃんとやると実はかなり時間がかかるしほんとに大変。
「……えと。この間の話だけど。わたしで良かったら勉強……とか相談に乗れるかも?」
タオルハンカチの御礼をまだきちんとできていない。何かを買うことも考えてはいるけど何を買ったらいいか分からなくて後回しになっていた。御礼をしたい気持ちが薄まっているなんてことはまったくなくて、チャンスがあればとはずっと思っていた。そのためにもしっかり勉強は毎日がんばっている。
「今のことろは大丈夫かな? そろそろ初めての中間だよね」
そっか。大丈夫か。それは良かったんだけど正直残念。残念て何が? 御礼をできないことが? やっぱり御礼をしたいってことだ。ハンカチにするかは分からないけど今度お店に探しに行こう。
ショッピングモールを抜けて歩道のない道路を歩く時はさりげなく車道側に渡合くんが移動してくれる。やっぱり優しい。
「そうだね。高校初めてのテストだから緊張しちゃいそう」
「はは。初めてって言っても学校のテストなんだしそんなに緊張することないでしょ?」
「や。わたしは本番に弱いから」
学校に近づくほど多くの生徒たちが並んで歩いてる。後からやってきた生徒がわたしたちを追い越していく。そんな感じが久しぶりだった。こまりちゃんの歩く速さに追いつくためにいつも早足になってたから。
あれ? もしかしなくてもわたしの歩くスピードに渡合くんが合わせてくれてる? そうだよ。渡合くんが普通に歩いたらこまりちゃんよりも速いはず。中村くんの後をついていた時は早足にしないと追いつけなかった。わたしなんてあっという間に置いて行かれてしまう。わたしの遅い歩幅に合わせて歩いていてくれてるんだ。
そのことに気づいて大きく息を吸い込んでいた。胸がドキドキして苦しい。この気持ちの正体が分からない。こまりちゃんに聞いてほしい。
「こまりちゃん、お昼食べよう」
お昼休みになったのでこまりちゃんに声をかける。
「あ。ごめん。今日はあっちの子たちと食べるんだ」
「そうなの? 分かった」
今日は朝からずっとタイミングが悪かったのか、休み時間もこまりちゃんと全然話せていない。
お昼ご飯は必ず一緒にいるわけじゃなくて、こまりちゃんは他の女子グループのところにお出かけすることもある。わたしは一緒に行ったり行かなかったり。わたしとこまりちゃんのところに他の女子がくることもあるけど、みんなそれぞれ今日の場所を決めてるみたいだった。
ということは今日はわたし一人か。急に寂しい気持ちになってじわっと涙がこぼれそうになってしまう。わたしが自分から行かないのが悪いんだし、こんなことで泣いちゃダメじゃない。一粒だけこぼれた涙を慌てて拭いたら、お弁当を包む布を巻き込んでお箸を落としてしまった。
「あ」
座ったまま拾おうとしたら、わたしよりも先に大きな手がお箸を拾い上げる。
「はい」
「あ、ありがとう」
渡合くんだった。空いていた前の席にこちらを向いて座る渡合くん。もしかして涙を見られてた? ていうかお弁当箱を凝視してる。
「えとさ。一口だけもらってもいいかな」
「え? あ、お弁当! どれでもどうぞ!」
学食に行ってないということは相変わらずコンビニで買ったご飯を食事にしてるはず。手料理が食べたいと言ってたしあげないわけにはいかない。大きなお弁当のフタを開ける。
「おお。すごい豪華。箸、借りるね」
わたしにしてみたらいつもの感じなんだけど。わたしの小さなお箸を大きな手でちょっと使いづらそうにしてる。昨日の夜に仕込んで今朝火を入れた一口サイズの手ごねハンバーグを口に放り込んでもぐもぐしてる。うそ……かわいい……。
「うまい。やっぱり手料理はいいな。こんなご飯を毎日食べたい」
目を見開いて心の底から嬉しそうにしてくれてる。
「はい。返すね」
大きな手からお箸を受け取る時に手が触れる。鼓動が跳ねる。息が止まりそう。
「食べないの?」
そんな見られたままじゃ食べられないです! にこにこした視線がわたしの顔を捉えてる。逆に耐えられなくなって一口手ごねハンバーグを口にする。見られながら食べるだけで顔がどんどん熱くなる。
ふとお箸の先を見つめる。
あれ? これってもしかして……顔が熱くなるのが止まらないよー。
「今度は俺のために作ってよ」
席を立つ渡合くんの顔を見上げるとその笑顔が輝いてるようだった。
息が……止まる。
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