4センチ 可愛げのないお弁当

「ありがとう。此花さん、渡合くん」


クラスの女子が渡合くんとこまりちゃんを見上げて顔をほんのり赤くしている。

入学式が終わってもう一週間がすぎていた。その間に渡合くんとこまりちゃんの人気が男子と女子の間で急上昇している。誰かがなにかしら困っていると、サッと行動が早く手助けに行くから。

渡合くんは男子にも女子にも分け隔てがなく優しい。かっこいい系の女子として認識されつつあるこまりちゃんは他の女子よりも力が強い。背が高くて目立つ二人はいろんなシーンで大活躍している。


二人とも見目麗しいこともあって、並んで立つ姿に「お似合いだよね!」という声が女子から上がるほど。

わたしもそんな二人がとても似合っていると思うけど、ふと胸がすっきりしない感じがした。


「どういたしまして。またなにかあったら言ってね。あ、わたしのことはこまりでいいよ」


こまりちゃんが自分の席に戻ってきて、お弁当を取り出してる。わたしの机とこまりちゃんの机をくっつけて二人でお昼ごはん。他の子たちも少しずつグループができてるみたいだった。チラチラとこまりちゃんを見ている女子が何人かいる。

一緒にお昼ご飯したいんじゃないかな?


「こまりちゃん、かっこよかったよ。すっかり女子の人気者だね」

「そう? そんなことないと思うけど?」


あっけらかんとした表情でいる。あんまり自覚していないみたいだけど、こまりちゃんの行動の仕方は男子みたいにかっこいい。綺麗な顔をしているし男子からも一目置かれている感じ?

それに比べてわたしはずっとおとなしーく目立たないようにしてる。失敗をすることが怖かったりどうしてもおどおどとしてしまって他の女子たちとうまく話せないこともある。なんでこまりちゃんがわたしと一緒にいてくれるのか不思議に思う時もある。


「此花さんは中学の時からこんな感じだったよ。女子にモテて大変なことあったよな」


中村くんがしみじみと話してる。


「あー。そんなこともあったなあ。あの時は男子に目の敵にされて困ったよ」


男子に目の敵にされるってどういうことだろう?


「大森さん……それ……全部食べるの?」


お弁当を手に席から立ち上がった中村くんから質問された。


「え? うん、そうだよ」


机に広げたわたしのお弁当を見て中村くんがギョッとしてる。わたしのお弁当箱は力仕事でもしている人が使っていそうな可愛げのない大きなものだから。


「初めて見た時はわたしもびっくりだったよ。こんなに細くて小さいのにね」

「えへへ。少しでも身長が高くなりたくていっぱい食べるんだけど全然変わらないんだよね」


ご飯を食べるのが好きというのもあるけど。


「こんだけ食べても体型が変わらないってすごいね。うまそー」

「蓮もそう思うよね。わたしなんてこれ以上大きくなりたくないし、すぐに太りそうで怖いからこんなお弁当にしてるのに」


少食女子みたいに小さなサイズのかわいいうさぎのキャラクターのお弁当箱だった。

そうか。体が大きいとわたしとは反対の悩みがあるんだ。


「此花さん、バレーボールの代表選手やってていっぱい食べてたし、ほんとは足りないんじゃない?」

「う。実はもっと食べたい。でも運動しないのに食べたらやばいし」


「代表選手ってよく分からないけどすごいね。あれ? こまりちゃん自己紹介の時、特技はないって言ってなかったっけ?」

「うん。もうバレーボールはやらないから。いっぱい食べてた時を思い出すとやっぱりご飯の量が少ないなあ」


もうやらないと言うこまりちゃんの表情はさっぱりしたものだった。


「そうなんだ? わたしのあげようか?」

「いいの!」


小さめの唐揚げをお箸でつまんで口元に運んだら一口で食べられた。もぐもぐ噛んでる顔が華やいでる。うーん。かわいいなあ。


「おいしい! 結安のお母さんてお料理上手だね」

「ううん。お母さんもお父さんも忙しいし、わたしが作ってるの」


「え。これ全部を! でも毎朝大変じゃない?」

「慣れてるから。わたしって小さな頃から運動とか苦手だったし、趣味とかもないし、取り柄もなにもなくって、お母さんの代わりにお料理を作ってるうちに好きになっただけだから」


わたしが今日用意したお弁当はトマトにブロッコリーに大豆のサラダ、グリンピースの卵焼き、パセリとレモンを添えた唐揚げだったり。ご飯はしらすとごまの混ぜご飯。全体が茶色くならないようにカラフルに作ってる。やっぱり見た目がいい方がおいしそうに見えるよね。


「これはもう特技でしょ! これだけ彩りのいい料理ができるなんてすごいよ! 将来、わたしのお嫁さんになって!」


「こまりちゃんのお嫁さんかあ。わたしに彼氏なんてできる日がくるなんて思えないから、それいいかも知んない」

「いやそれは良くない」


中村くんがこまりちゃんに真面目な顔を向けてすぐに否定してきた。


「なんで良くないの?」


こまりちゃんが小首を傾げて聞いている。


「や。だって……」


中村くんの視線が逸れた先にわたしがいた。目があってしまった。


「中村ー。早くこいよ。一緒に飯食おうぜ」

「今いく」


他の男子に呼ばれてお弁当を手に歩いていってしまった。


「……蓮のやつ(もしかして)」


中村くんの背中を見送りながら少し口を尖らせているこまりちゃんがかわいく見える。わたしのことをちらっと見てからお弁当に視線を落としておかずを口に運んでる。背が高い割に小さい手からお箸がこぼれて机に転がった。


「またやっちゃった」

「大丈夫?」

「だいじょぶだいじょぶ」


お箸を持ち直すこまりちゃんの手が震えてる。どうかしたのかな?

わたしも唐揚げを口に運ぶ。うん。オリーブオイルで揚げてるからさっぱりしてしっかり甘味がある。お昼休みは時間が少ないから早く食べないと食べきれない。どんどん口に運ぶ。


「小さな口でポリポリ食べてる感じがハムスターみたい。ほっぺたパンパンだし」

「……よふひいはれふよく言われる


恥ずかしくて焦る。


「結安。口についてるよ」

ふぉんふぉほんと?」


鞄からポケットティッシュを取り出して軽く拭いた。初日は持ってくるのを忘れたけど毎日ちゃんと用意してる。そして渡合くんからもらってしまったワッフルのタオルハンカチも一緒に入れている。目に映るだけで、ふふ。と心が軽くなってしまう。お守りみたいに大事にしてる。このタオルハンカチは大事すぎて使えない。

使う用のハンカチは別に用意してあるし、もしもの時のために小さめのタオルも入れてある。備えは大事。


「おいしそうな唐揚げ」


お弁当に突然できる影。覗き込むようにする大きな体。

口の中がパンパンのまま見上げると……


「あ」


ろくに噛まずにごくんと一気に飲み込んでしまった。


「わ、渡合くん!?」

「ちらっと聞こえたけど、大森さんの手作りなんだよね?」


渡合くんの視線がわたしのお弁当に釘付けだった。渡合くんのシュッとしたのどがごくりと動いた気がする。


「う、うん。良かったら……食べる?」


恐る恐る大きなお弁当を持ち上げてみる。


「いいの?」

「いっぱいあるから」

「ずっとコンビニ飯で手作りに飢えてたんだ。いただきます」


一つだけ指でつまんで口に放り込んでる姿にドキリとする。

わたしが作った唐揚げを食べた。もぐもぐ口を動かしながら自分の席に戻っていく様子を見送っていたらその事実に顔がどんどん熱くなっていく。


「(うーん。絶対に渡合くんのこと意識してるよね)

結安、かわいい」

「え? そ、そんなことないよ」


なんだかわたしのことをにまにましながら見つめられて力強く手を握られてしまった。


「結安ってもしかして渡合くんのこと好きだったり?」


わたしの耳元にこそっと聞いてくるこまりちゃん。


「ええ!? そんなことないよ! ないない! わたし、男子を好きになったことないからそういうのよく分かんないし!」


大きな声で反応してしまった。そんな経験がないからどう判断したらいいか全然考えられない。好きとか分からない。


「ふーん。ねえ結安……今度うちに遊びにこない? ゆっくり話ができるといいね」

「ほんと! 行く! わたしも話したい!」


友達の家にお呼ばれするなんていうことに感動するあまり二つ返事で行くと言ってしまった。電車で数分の隣町だからそう遠くはないと思う。あとでちゃんと家の場所を確認しよう。


そういえば、渡合くんがコンビニでなにかを買ってたのを目にした。うちみたいにお母さんが忙しくてご飯を作ってもらえないとかかな?

おいしく食べてもらえたなら嬉しいけど。


気になって渡合くんを追いかけるわたしの視線。渡合くんが席に座ってわたしに手を振っていた。窓側に座る渡合くんと廊下側に座るわたしの距離は遠い。その手が握られて親指を立てている。渡合くんの口が音を出さずに動いてる。

お、い、し、い?

窓の向こうに見える青空を背景に、微笑む表情が爽やかで息が止まりそうだった。

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