第2話 死霊術師は推しを殺す
殺人への償いは、推しにひたすらご飯を奢ることだった。
この手で殺し、蘇ったクーリア。ぼくは彼女の食べる姿をずっと見ている。幸福そのものだ。鄙びた町の雑多な酒場でなければ、もっとよかったのだけど。
「ねー、なーくん、まだ注文していい? ドラゴン焼きもいい? 昨日狩られたばかりで新鮮なんだって!」
「もちろん。なんでも頼んで。お金ならいくらでも稼いでくるから」
ぼくは注文をすすめる。蘇ったクーリアは、たくさん食べる女の子だった。好きだ。
「リザード煮込みも? 霜降りも? ほんとにほんと?」
「ああ。オタクに二言はない」
「やった、殺されてよかった」
「ちょっと、静かに。誰かに聞かれるとマズい」
酔った冒険者たちの雑多な会話に囲まれながら、少女の注文を見守っている。ぷくっと膨らむ頬が目に入った。
「いーじゃん。償いだよ? わたしの言うことは――?」
「絶対、ね」
この程度がなぜ償いと呼べるのか。ぼくにはわからないが、店の食料庫を空にしようとしている彼女――クーリアに言わせれば、
『あたしにご飯を奢るには、あたしが相手に借りを作ってもいいと認める必要があるじゃん? その信頼を得る過程が、償いだよ』
とのことだった。
よくわからない。わからないけれど、わかりたい。だから奢る。彼女にお金を払うのは気分がいいし。
「じゃあ、なーくんのぶんも頼むね。わたし、なーくんの食べものも決めたい。なーくんを形作るものも選びたいの」
推しが近い。最前だ。輝きを湛えた赤の瞳が、視界の大部分を占領している。かわいい。今すぐこの光景を保存したい。三枚ずつ同じ画を確保したい。
お互い大きな外套を被っているから、視界が良好でない。悔やまれる。
こういうとき、普通の魔術師なら困らないだろう。転写魔術で情景を紙へと移し替えて終わりだ。
でもぼくは、死霊術士だからそうはいかない。使う術には死臭がついてくる。死体の皮にそれっぽい絵を描くことはできるが、重いし発色は悪いしでグッズにはならない。
「クーリアの頼んだものなら、嫌いなものでも頑張って食べる」
「なーくんの嫌いなものは頼まないよ。好みはぜんぶ把握してるし」
最高だった。推しから自分のことを認知されるのはよくないが、最高。
目の前の推し――クーリアと囲む食卓は、世界で至上の家具だと思う。どんな王宮の円卓だって、このぐらつく板に敵わない。
いまお邪魔している町の酒場だって、王都の高級店より上等に見える。周囲は少々騒がしく、酒気もあって殺気や暴力の気配すら感じるけれど。
「じゃあね、なーくんは全然背が伸びないから、仔ドラゴンテリヤキね。お肉大事」
「テリヤキ? なんだっけそれ」
「どっか遠い、めっちゃ西だか東の国の料理! ほんと美味しいから。食べる前からニヤケちゃうくらい」
「アイドルとかライブを流行らせた異国人の……クーリアを笑顔にしてくれるなら、感謝だな」
「そーそー、ほんと頭上がんないよ。あ、追加注文はなーくんが頼んで」
「それ、自分が肉ばっか食べてるように見せないための、偽装工作じゃ……」
「違うよ、健康管理だよ」
理論で武装して、クーリアはお品書きを押し付けてくる。
偽装工作までばっちりだった。ちゃっかりしている。
隣人の目線にしたがい、店員さんを呼ぶ。
「すみません、ドラゴンテリヤキと……」
隣の波動を感じ取り、口をはさむ。
「沢リザードの揚げもひとつ」
「なーくん⁉」
彼女を見ずとも、瞳を輝かせている様がわかる。でも一応横を見る。せっかくだから目に焼き付けたい。
「食べたかったんでしょ。お品書きに、穴が開きそうなほど見てた」
「いやいや、そんなことないけど、さすがに食べ過ぎたし、次にこのお店来たら食べよーと思ってたやつだけど……」
言い訳を積み上げて、クーリアは溜めてから口を開いた。
「わかってるね。うれしい」
「理解できて、ぼくもうれしいよ。きみが次にしたいことは何か、一分ごとに把握することが目標だから」
「それはちょっと重くてうれしくないかも」
……心が圧迫された。呼吸が難しい。
色を失った視界に、ずらっと並んだ料理名がちらちらと割り込んできた。店員さんが差し出しているらしい。商機と見たのか、こちらもおすすめですよと、肉料理を推してくる。
それはぼくにとって、許しがたいことだった。
推しが他者から影響を受けるのは、よくない。クーリア自身が自発的に興味をもったならともかく、売り込みで彼女を構成するものが変わっては困る。
「……結構です。うちの推しに、不必要にものを勧めないでください」
きっぱりと断る。こういうときはよどみない口調が大事だと、師匠に教わった。
「彼女はステージに立つべき人間なので、不摂生は厳禁でして」
「なーくん⁉ わたしはもうライブなんて――」
「諦めてない。きみに絶対、ライブをさせてみせる。だからこれ以上の肉はダメ」
推しの方を向いて喋りつつ、店員さんにも圧をかけた。揉めている雰囲気を出し、これ以上売り込む隙はないぞと主張する。
すごすごと厨房へと帰っていく店員に、心中で頭を下げる。申し訳ないが、それでもここは譲れない。
「なーくん」
「だめ」
「なーくん、ほんと変わってるよね。それだけは、譲らないなんて」
「ぼくは変わってない。推しに変わらないでほしいだけだ」
推しを支えるには。強気が大事だ。推しだとしても、すべてに言いなりではいけない。
よいオタクとは、推しを正しい方向に導くもの。
もちろん過度な干渉は避けねばならない。さりげなく推しの選択肢を増やし、よりよい判断の一助となることこそが肝要。
「なーくん」
「ほんとにダメ」
「その料理、実はもう頼んじゃったって言ったら、おこる?」
「どうやって」
「さっきなーくんが凹んでた間に、ちっちゃいスケルトン召喚して、注文してもらっちゃった。伝票のところに、ぱぱって書き込ませて……ほ、ほら、新術式、試したくってさ? ちっちゃい斥候がいれば、ダンジョン探索も便利だし!」
彼女はいたずらをした子猫のように目を逸らす。
視線を追うと、椅子の下には手のひら大の骸骨がいた。子供向けの人形から、そのまま骨格を抜き出したような大きさ。肉のない指には、染料の汚れが目立っていた。
死霊術士が常用する使い魔だが、まさか料理の注文に利用されるとは。気軽すぎる。小声で呪文を唱えたのか。
魔術陣は一体どこにあるのだろう。魔術行使に必要な、線や点で構築された模様がない。魔術行使を補助する、詠唱も確認できなかった。陣の代わりになるような、刻印入りの小道具だって持っていないはずだ。
もう一度目を凝らしてくまなく探すも、目ぼしいものは見当たらなかった。うっすらと、青い煙のような魔力の残滓が見てとれるくらい。
「なーくん、食べちゃダメだからね。この残りのお肉、わたしのだから」
あちこちジロジロと観察していた結果、窘められた。卓上に残っていた料理をつけ狙う、食いしん坊と見做されたらしい。ちなみにぼくは、まだ一口も食べていない。
それにしても、卓上の料理が残っているとは。クーリアにしては珍しく、お皿にあるお肉が食べつくされていない。いつもなら、肉汁までキレイに食べきってしまうはず。
もしや。
「もしかして、このお皿の中が魔術陣……?」
よくみれば、肉汁やタレが不自然に拭われている。四角い皿の外縁、左下から右上にかけて、肉汁の跡が曲線を描いていた。
「そ、そんなことしてないけど。こっそり注文するために、食べ物で魔術陣描くなんてそんなそんな」
図星だった。
「……まったく、クーリア・クナクの名が泣くぞ。ぼくはちなみにむせび泣く。『絶望の死霊術士』、『冥府の底に近く、誰より低き者』……そう謳われて――」
「ちょっと。はずいからその名前、ナシ。二つ名とか、付けられた方は顔燃え上がるんだから! 特に修飾過剰なのがほんとむり」
顔を真っ赤にして抗議する、彼女の姿をいつまでも見ていたかった。
ちなみに二つ名を付けたのはぼくだ。ずっと言い出せていない。ノリで命名したら、ファン――クーリアたん教団という――の間で流行ってしまった。命名した時期はいまよりふたつみっつは若く、故郷の学び舎に入って間もないころだったから、感性が少々荒い。
今ならもう少しよい名前を付けるだろうに。
どんな単語が適切かを考えているうちに、焼かれたドラゴンの肉がやってくる。
「追加、お肉! やったー!」
彼女は肉に夢中で、推しの恥じらいは失われた。ちなみに十皿目だ。
それにしても、あの恥じらいを再度拝むにはどうすればよいか。思案しながら光景を楽しんでいると、店のどこかから何かを殴る音がする。
「おい、品切れってどういうことだ! 兄貴は竜の肉喰うために生きてるってのに! ひとりが食いつくしただぁ! そんな話あるわけねぇだろうが」
怒鳴りと焦りの、ちょうど中間にいる声がした。
「えっ、もうないの⁉ わたしの十一皿目は⁉」
にわかにピリつく空気を意に介さず、クーリアが驚きの声をあげる。まだ食べるつもりだったのか。体重増加が――
「なーくん? 強い気持ちはね、わかるよ」
睨まれた。思考を読まれている。健康維持に関わるから、重要なのに。
「なにも、考えてない。それよりクーリア、声量に気を付けて。様子が探れない」
なにもやましいことは考えていませんと、主張する。一応耳をそばだてるふりをするけれど、そうするまでもなく騒がしさが鼓膜を刺激する。
騒ぎを起こした男は、恐怖をいら立ちで隠そうとしていた。皮の装備に所々あしらわれた鉄が、カチャカチャと震えている。口ぶりからして、自分で欲しているわけではないらしい。
「ねぇことはねぇだろ! ちょっとぐらいはあんだろ、兄貴の期待に応えられねぇと、俺もお前も悲惨なことになるんだぞ……! なあ、おい出してくれ……」
男の要求は軽く、話の中身は笑える内容だが、当の本人がまったく笑えていない。
「脅しじゃねぇ! この手を見ろ、兄貴はやるときに警告なんて……」
男は袖をまくり、自分の右腕を店員に見せつけた。その表面はひどく傷ついて乱れ、作り物のようですらあった。凄惨な切り傷が治った跡だ。
「うーん。まだ食べられるなー。店員さーん、竜肉なくても、リザード肉はありますか~」
「こら、声抑えて」
受付でごねていた男が振り向く。目が合った。面倒だ。
席を立って逃げるか。支払いは置いていけば……いや失礼か。推しの格を下げるわけにもいかない。いつ誰が見ているかわからないのだ。
ほらもう、野蛮な足音が近づいている。
ぼくは席を立って、向こうの輩に近づいていく。
「下がってくれ。それ以上、大事な人に近づくな。穢れる」
「おいガキ。かわいい顔してれば許される場所じゃねぇよ、ここは。兄貴がやってくる場だ。おとなしくしとけ」
むかつくことを言う。『兄貴』を存外慕っているらしいが、他の者に敬意はないようだ。端から、クーリアを侮蔑的に見ている。
「で、女。てめぇが下品に注文続けてるバカか! 兄貴に許しもらうまで痛い目見てもらうことに……」
重く響く音が、男の言葉を止めた。靴音だ。
店の扉が開き、夜の空気が入り込む。涼やかな夜風は、一緒に入ってくる甲冑に蹴散らされた。
『おい遅ぇし騒がしい……なんだ、騒いで。みっともねぇ』
ぼくの身体一人と半分はありそうな大きさの、甲冑だった。内部から聞こえる声は低く、喉を締めて発したよう。その声質と声量の小ささ、くぐもっていることも相まって、うまく聞き取れない。
見てわかるのは、危険人物ということだけ。相手が背負う大斧は、ぼくが背比べをしても負ける全長で、所有者の膂力を想像させた。
まともに杖で切り合えば、ギリギリ負けそうだ。
「あ、兄貴! こいつが店の食料喰っちまったみたいでして……」
男の言葉がより軽くなる。小物、という形容は好きではないが、明らかにその類いが使う言語だ。
「このバカ女と連れてるガキ、どうしやしょう。ボコって晒し――」
『兄貴とはなんだ。お前とは今日出会ったばかりだろうが。気まぐれで助けただけで、追従するな』
鎧が動く。手下らしき男を殴りにかかる。
「『生の支えよ、盾に』」
ぼくは唱え、杖を振るう。生命力や感情、そういった力を魔力に変えて、杖先で陣を描いて、超常を練りあげる。
悪漢の拳に合わせ、白骨を召喚。男のための盾だ。
推しの前で、野蛮なものを見せられては困る。その一心で呼び出した人骨の護りは、重い拳を受け止めた。が、受けただけ。
握り拳は骨の盾を砕きながら男に襲い掛かった。彼の身体は、軽く崩れ落ちる。
『うるさい。別に肉自体はどうでもいい。好物食べられないからって喚くとでも思ってんのか。それこそ恥さらしだろうが』
正論を言っているのに、鉄拳を振るった後だから何も入ってこない。危険人物ということだけはわかる。ぼくのやることはひとつ、万が一に備えることだ。
「クーリア、逃げて」
「やだ」
忠告をするも、聞き入れてもらえない。解釈通り。頑固さも推しポイントだ。
『……その態度と、目が気に食わない』
「そなんだ。気に食わないなんて三回ぐらいしか言われたことないよ。わたし、結構かわいくて人気あるんだよ? 隣の子とか、もう熱心なオタクなんだけど……」
イラつく鎧に、推しは正面から向かい合った。彼女はなんら構えることなく、純粋に会話をしようと踏み出ている。
『手が出る程度には、苛ついているんだが……伝わっていないか』
「出てないじゃん」
『……その程度なら、振るって正解だったか』
言葉と同時、甲高い擦過音が響いた。
ぼくが飛来した斧を杖で弾き飛ばした後、響きだけがいつまでも残っていた。半円を描く動きで鎧の後ろより出でた武器は、床で沈黙している。
甲冑は微動だにしておらず、直接振るっていない。おそらく魔法の類いか。
「手、出てないよね? わたしのファンが貴方の手を払っちゃったし」
「『クーリアたん教団』を舐めるなよ、甲冑。ぼくぐらいでも、今の攻撃に反応ぐらいは出来る」
「『たん』付けるのやめて? 痛いファンネーム使うのやめて?」
敵の興味が向くよう、挑発をぶつける。ちなみに、『クーリアたん教団』は正式なファンネームだった。彼女は否定しているが、教徒たちは皆この名を用いている。
「ふざけているようだが、手練れか。名を名乗れ」
「『クーリアたん教団 親衛隊部門 副統帥 広報部』ナーたんだ」
杖を構える。筆記具を少々大きくしたような、細身の木材に魔力を籠めた。
「わたしは元アイドルのクーリア」
『女には聞いていない。歓声で魔力を集めるアイドル魔術師など、相手ではない。暴食で肥えた身体を寸断されて晒す前に、早く去れ。さもなくば、死ぬぞ』
「いいよ、殺せるならやってみ」
「痩せているだろ、愚か者! クーリアの体重は――」
「なーくん、殺すよ?」
ぼくが味方から殺害予告をされた瞬間。その時点で既に、戦闘は終盤へと差し掛かっていた。
クーリアがぼくを威圧した時点で、もう一振りの斧が、彼女の首を斬り落とさんとしていた。
気づくのが遅れた。それに、推しはわかっていて無防備な姿をさらしている。あざとく小首を傾げて、柔らかな首筋を晒している。
かわいいが、それでは見過ごせないものが彼女の首にある。肌に刻まれた七つの印。杭のような形をした黒い文様。呪いだ。
もう敵の刃先は、彼女の肌に触れようとしていた。透き通って無機質さすら帯びる表皮に、重たい金属が滑り込もうとしている。
今から奴の斧を弾けるか。無理だ。確実でない。
理想よりも、手の届く現実をとる。
鈍い刃と重量に潰されんとする彼女の肌が、蠢いた。中にあるナニカが、破られて外へと出たがっている。
時間がない。
斧への対処は間に合わない。
「ごめん、クーリアたん」
ぼくは、推しの首を杖で切断した。
彼女の首筋、不死の魔術によって刻まれた印がひとつ消える。
彼女の命が、七分の一だけ削れた証左だ。
続いて空を切る音。敵の斧が空ぶった、不吉な音色。
耳を塞いでしまいたいけど、この手は止められない。推しの切断よりも、杖の操作こそが本命だった。枝の先で軌道を描きながら、ひとり言未満の詠唱をすませる。
「『殺めて戻せ、過ちを殺せ』」
宝石の一面より鮮やかな、推しの首の断面。そこから溢れ出る不定形のナニカを抑え込む。明らかに血ではない、固体と気体の中間にある揺らぎを、魔術で封じ込める。
それは不死の残響だ。高位の死霊魔術に染まった血肉が、生命を絶やさないように暴れた結果、自動的に蠢いていた。
『お前は……』
酒場のあちこちで悲鳴が上がる。その中で、震える声が鎧兜の中で反響している。
遅れて、クーリアの血液がぼくの頬を濡らす。深くかぶっていたフードは、今の攻防で脱げてしまったらしい。
甲冑の隙間から放たれる意識が、ぼくにまとわりつく。うっとおしい。
ぼくではなく、彼女を見るべきだろうに。
――不死の呪いが、目を覚ます。
切り離された少女の首、その頭部がするりと元の位置に戻る。
消えた首元の印が浮かび上がる。ひとつ削れた彼女の命が戻り、七つになる。
その印は、彼女が死霊術の果てを目指した結果だ。出来損ないの不死。
死霊術士にして人気アイドルのクーリア・クナクが、数万に及ぶファンの魔力を徴収して作り上げた呪詛。
「嘘つき。殺してくれるって言ったのに、殺せないのは失礼でしょ。しかも、なーくんを悪くいうなんて。なーくんを悪く言っていいのは、わたしだけなのに」
呪詛をまき散らしながら、彼女は蘇った。
推し殺しの死霊術師と下僕アイドル はこ @ybox
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