推し殺しの死霊術師と下僕アイドル
はこ
第1話 推し殺しと殺された推し
ぼくは推しを殺すと決めた。
彼女には、変わらないでほしいから。
決して変化せず、美しいままでいてほしいから。
決意したのはライブ中だ。彼女は王都に名を馳せるアイドル魔術師で、その日も
「……殺すね、クーリア」
その少女はいま、ぼくの目の前にいる。ふたりきりだ。ライブ中のステージ裏、客席からアンコールの声が聞こえる場所に、憧れの人と一対一。
「……『置き去りにされないよう、手を振って』」
ぼくは杖を取り出し、その先端で宙に魔術陣を描く。同時に詠唱(うた)い、白骨で出来た刃を呼び出す。
ステージ袖で座り込んでいる少女目掛け、凶器を振るう。白い首筋へと薄い刃を滑り込ませる。
「ありがと」
推しは、斬られる直前にそう言った。
……人を斬った感触が、指にまとわりつく。
首の皮膚を切り裂く手ごたえと、《《刃から伝う彼女の声》が、たしかに残っている。刃は彼女の首を八割がた切断し、止まった。それ以上進まない。
「化け物になりかけのわたしを、殺してくれる……ほんとうに、ありがと」
殺したはずの相手は、感謝を述べている。剣を伝って、声が届く。
なぜ。なんて。どうして。
考える前にもう一度剣を振った。一度決めたことは、やりとげなくちゃいけないから。
切りつけられた白皙の首筋。その分かたれた場所から、歪な言葉がまだ漏れていた。
「わたしの気持ちをわかって、殺してくれるんだよね?」
……どうして。まだ声がする。
彼女の眼は、終わりたがっている。怪物ではなく、ただの人のまま、人生を閉じたいと望んでいた。
震えて、ぼくはなにも言えない。
「きみの正体――よく握手会に来てくれる死霊術士の子だよね? ファンクラブの、リーダーの子。どんなことがあっても応援します、って握手会のときに言ってくれた子。わたしが『毎日路上で歌うから聴きにきて』って言ったら、道で泊まり込んでくれた子」
ぼくは間に合ったはずだ。
彼女はちょうど、不完全な不死の化け物に成ろうとするところだった。魔術儀式であるライブは途中で、今はアンコールまでの空白。魔術は完成していない。
まだ間に合う。彼女が怪物になる前に、終わらせなくちゃいけない。
「――っ!」
何度も刃を振るう。骨で出来た刃物を推しの肉に食い込ませる。振りぬく。切り裂く感触に、別の振動が混ざる。
「ごめんね。ダメみたい」
彼女の声だ。首を落とす途中で、声帯の震えが刃を伝ってぼくまで届いた。
もう、うごけなかった。耐えられなかった。
ぼくは弱い。心を冷たく保てない。
目の前を見る。
クーリアの表情がわずかに歪んでいる。それは、苦痛を感じたときの、引きつりだ。
痛かったはずで、こわかったはずで、それ以上の苦しみを感じたはずで、なのになのに、彼女はぼくをじっと見て感謝をし続けて――
「ぁああああああっ‼ ごめん、ごめんな――」
謝ることすらできない。手に残った、刃を肉へ入れる感触が、身体の全部を支配した。
「謝らなくていいよ。でも、ひとつだけお願いを聞いてくれる?」
なんでも。
なんでもします。
途中で言葉は出てこないけど、ぼくは伏して示した。下げた頭に、推しは言葉を投げかける。
「どんなことでも、応援してくれるなら――」
無理やりに絞り出された声は、人を呪うようだった。
魔術陣は彼女の血で、詠唱は切なる懇願。
「わたしがちゃんと死ねるよう、応援して」
その頼みは達成できていない。
ぼくは未だに、彼女を殺せないでいる。
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