第22話 少年と美少女の「冬コミ」
秋が飛ぶように過ぎて、冬になった。
年末、
サークル主は咲良だ。ユメの時より人は来ないと踏んで、咲良は早々に夏子をサークル巡りに行かせていた。
「ここでサークル参加できるのは感慨深いわ」
咲良は呟いた。冬コミは自分たちが初めて一緒に参加したイベントだ。
「さすがに壁配置じゃなかったわね」
咲良は壁側に視線をやった。玄夢もそちらを向くと〈シロ同盟〉の列が見えた。
「堂島君、相変わらずすごい人気だなぁ」
「……彼、随分作風を変えたわね」
ピクフィスにアップしている作品が、女の子の絵から少年漫画にシフトしていた。
シフトしてすぐはコメント欄が荒れていた。
彼は実力で黙らせ、新しいファンを獲得していた。
「元々はああいう作風だったんだよ。堂島君、お父さんに憧れていたから」
「彼の最新作の漫画、とてもよかったわ。凡人が天才に立ち向かうストーリって王道よね。主人公の劣等感が生々しくて……惹き込まれた」
玄夢は自分が褒められた時よりずっと嬉しくて誇らしかった。
咲良の言った作品は玄夢も当然読んでいる。
これまで見た彼の作品の中で一番よかった。
「やっぱり堂島君は凄いよ」
さすが俺のライバルだ!
「貴方は? 新しい学校はどうなのよ」
「大変だけど、絵の勉強ができるのは楽しいよ」
心から幸せそうに言う玄夢に、咲良も安堵を覚えているようだった。
「……にしても、全然お客さん来ないわね」
咲良は苦笑いを浮かべた。
「貴方もサークル巡りしたいならして来ていいわよ。レムさんのところに早く行きたいんでしょ」
「な、なんでわかったの」
「貴方、わかりやすいのよ」
玄夢は咲良に礼を言ってレムのサークルスペースに向かった。
夏コミから三ヶ月後に差し掛かる頃、ユメのつぶやきSNSへレムからDMが来た。
〈ユメちゃんのアカウントが消える前に早くメッセージをしようと考えていたのに、結局ギリギリになってしまいました。
一時期は貴方の絵を視界にも入れたくなかったけど、アカウントが消える前に全部見返しました。
貴方の描く世界がやっぱり好きでした。この世界は貴方が貴方だったから描けたのでしょう。
貴方のことをユメちゃんとして認識するかどうか、正直迷っています。
冬コミに参加するなら、また直接会いたいです。そこでわたしの気持ちを言わせてください〉
心臓がばくばく言っている。
口から出そうだ。
彼女の気持ちがどうあっても受け止める覚悟は変わらない。
だが緊張するのは止められない。
レムのスペースにはお客がいなかった。彼女はイヤホンを耳から垂らし、スマートフォンを弄っていた。
「……久しぶり」
玄夢が声をかけると、レムはゆっくりと顔を上げて、視線を泳がせた。
「ここで話すと邪魔になるから……あっちに行きましょう」
レムは頒布品に布を被せ、玄夢を壁際へ促した。
「あれからよく考えたんだけど、前みたいには付き合えない」
「そっか……」
どこかで期待していた回答と違い、玄夢は落胆を覚えた。
そんな玄夢をよそにレムは言葉を続ける。
「新しくなら……交流してもいいかなって」
「レムちゃん」
「
ゆづきゆめ。玄夢は何度もその名を頭の中で反芻した。
「名前、教えてくれてありがとう」
「わたしは自分が嫌いで、名前も嫌いだった。全部消えて欲しくて
レム――夢は、玄夢をじっと見据えた。
「理想の自分でいたいって気持ちわかるの。わたしだって、ネットではいつもより強気に振舞ったりしてる」
夢は小さな声で、たどたどしく、だが迷いなく言葉を紡いで行く。
「貴方の本当の名前も教えて」
「俺は日下部玄夢って言うんだ。――改めて、これからよろしくね」
玄夢が咲良のスペースに戻ると、お客が一人来ていた。
夏コミで咲良の同人誌を慌てて買いに来た女性だ。咲良は嬉しそうな笑顔で本を渡していた。
咲良の肩に蝶が止まっているのが見えた。
こんな季節にいるわけない。
幻だ。
蝶は飛び立つと、空中で、迷うように不安定な軌道を描いた。柔らかく、傷つきやすい体で。
大丈夫だよ。
どこに向かっていても、時には休んでも、途中で方向を変えても、飛ぶことを諦めなければいつか辿り着くのだから。
今よりひと回り大きくなった自分に。
【長編】美少女の皮【現代/青春】 桜野うさ @sakuranousa
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