第21話 美少女と少年の「決意」

 イベントは無事に終了した。咲良さくらの同人誌は、合計八冊売れた。


「よかったね、嶋中さん」

「人気サークルのスペースに置いて貰ったからね」


 成果の原因を冷静に分析する咲良だったが、口元に喜びが隠しきれなかった。


「素敵な表紙ですね!」「見本誌コーナーで全部読んで泣きました」などなど、嬉しい感想もたくさん貰えた。


「この後はお待ちかねのイベントお疲れ様パーティーな!」

「どこで食べる? 私はまたクチナシでもいいけど」


 玄夢くろむ夏子なつこと顔を見合わせた。その顔には「何かたくらんでいます」と書いている。


「お店の予約はもう取ってるんだ」

「準備がいいわね」

「予約の時間過ぎるとやべぇし、早く行こ~」


 咲良は不思議そうな顔のまま、玄夢と夏子に店まで連れられた。

 店の外観や内装は、女の子受けしそうな可愛らしいものだ。


「お洒落な店ね……日下部君が選んだの?」

「江東さんに相談して」

「どうして二人だけで決めてるのよ」

「まーまー、予約席はあっちだってさー」


 夏子はぐいぐいと咲良の腕を引き、四人掛けのボックス席に座らせた。

 混乱している咲良の目の前に、料理が運ばれて来た。


「まだ注文してないのに」

「咲良が好きそうなの頼んどいたから!」

「さっきからどうして二人で色々やってるのよ」

「今日は嶋中さんの誕生日だから」


 咲良は目を丸くして玄夢に視線を動かした。


「日下部がさー、どうしても祝いたいって言うもんだから」

「おめでとう、嶋中さん」

「……ありがとう」


 料理をすべて食べた後、サプライズでケーキまで出て来て、二人の気持ちに咲良も少し泣きそうになった。


「実はプレゼントしたいものがあるんだ」

「まだ何かくれるの」

「用意するのはこれからだけど……」


 玄夢はリュックサックからA4のケント紙と、下敷き代わりのスケッチブックを出した。


「嶋中さんの似顔絵を描きたいんだけど、いい?」

「今から描くの?!」

「前に無断で描いたら怒られたから」

「……そうだったわね」

「うちも咲良の隣に描いてよ! 一人じゃ寂しいって!」

「嶋中さんと江東さんはズッ友だもんね!」


 玄夢は慎重にイラストを仕上げ、水彩色鉛筆で着色してゆく。

 咲良と夏子は食い入るようにその様子を見ていた。


 数十分後、イラストは完成した。


「相変わらずめっちゃ上手いな! 描いてるとこも職人芸って感じ?」


 咲良は不満げにイラストを見ていた。


「……気に入らなかった?」

「私の隣に貴方も描いて。一緒に頑張って来たんだもの」

「さすがに自分は描きたくないかも」

「なら、私が描く」


 咲良はバッグから筆箱を出し、照れる玄夢をケント紙に加筆して行った。


「合作って奴?」


 絵が完成すると、咲良は満足気に「こっちの方がしっくり来るわ」と、呟いた。



 帰り道、三人で歩きながら咲良は言う。


「本も売れたし、二人が誕生日を祝ってくれたし、今日は最高の日だわ」

「まだ最高じゃないよ。嶋中さんのファンはもっと増える。同人誌もまた作ろうよ。今度は嶋中さんのスペースで売るんだ」


「ユメとしてイベントに出たんだから、私としては出られないわよ」


 玄夢はいつもよりしっかりした声色で言った。


「……今夜、俺のピクフィスアカウントを見て欲しい」


 不可解な咲良に、玄夢は強く頷いて見せた。



 その晩、玄夢がピクフィスにアップしたイラストのキャプションにこう書かれていた。


〈イベント終了後にこんなことを言う不誠実をお許しください。


 五月と今日のイベントにいたユメは、私とは別人です。

 私はずっと容姿に、自分に自信がありませんでした。友達にお願いして代わりに出て貰いました。


 私がイベントに行くと思って来てくれたファンのみなさんには、本当に申し訳ないことをしました。


 もうひとつ重要なお知らせがあります。


 描き溜めしたイラストのアップを済ませた後、このアカウントでの活動を停止します。

 三ヶ月後を目途にピクフィス、つぶやきSNS共にアカウントも消します。


 一から勉強してプロを目指すことにしました。

 みなさんや友達のおかげで、前より自信を持つことができたのです。


 勉強が落ち着いたら、新しいアカウントを作る予定です。ユメではなく、本当の自分のアカウントです。


 残りわずかな期間ですが、最後までユメを見てくれたら嬉しいです〉



 咲良は玄夢にROWS通話をした。彼はすぐに出た。


「ピクフィス見たわ。どういうことなの」

「嶋中さんをユメから解放したくて」

「アカウントまで消さなくてもいいじゃない。プロを目指すなら、知名度がある今のアカウントが有利だし」

「自分として誰かとやり取りできないことに、耐えられなくなったんだ」


 咲良はしばらく押し黙った。


「ネットで交流していた人はどうするのよ」

「仲のいい人には事情を全部話す。あっちがつき合いを辞めたくなったら仕方ない」

「レムさんも?」

「彼女にはもう話した。今日の告白はそれ」

「なんて?」

「考える時間が欲しいって。受け入れてくれなかったら……悲しいけど、泣くかもしれないけど……ちゃんと受け止める」

「……出会った時から変わったわね」


 咲良は感心した。


「嶋中さんのおかげだ。ここまで連れて来てくれてありがとう。君があの時手を差し伸べてくれなかったら、逃げるためにユメのアカウントを消して、イベントに参加することもできなかった。プロの道も……考えなかった」

「変わったのは貴方の力よ。私は何もしてないわ」

「ううん。自分の姿は、自分じゃ見えないもんだよ」

「なら……絵師として今の私がいるのは、貴方のおかげでもあるわ」

「えっ……」

「一年以上前から、ネットでずっと貴方のことを見ていたの。いつも私より評価の高い貴方が羨ましくて、悔しくて、貴方よりいい絵を描きたいとずっと努力していた。その結果、Zちゃんねるでアンチコメントしか貰えない絵になってしまっていたけど……全部が無駄じゃなかったわ」

「新しく投稿している絵、嶋中さんらしさもありつつ昔のより画力が高かった。君の努力は無駄なんかじゃない」

「この世にあるほとんどの努力は報われないと思っていたのに」


 相手の顔が見えないからだろう。

 夜なのも手伝ってか、咲良はいつもより素直になれた。


「俺、ずっと嶋中さんが羨ましかった。可愛くて、何でもできて、親友もいて」

「私たちお互いを羨ましがって、馬鹿みたいだったわね」


 電話の向こうで玄夢が微笑んだのがわかった。

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