事件の最終章 (海保パート)
サイドA ①
第62話 無茶おっしゃらないでください!
窮屈だが、しかたがない。
犯人のものと思われるビジネスジェット。鴨尾は呼吸音さえも立たないよう、静かに身を潜めていた。
機内客室の内装は、前方に向かい合った一組のソファ。その後ろに座席が二席ずつ三列並んでいる。あとは旅客機と同様、荷物収納スペースが頭の上にある。
鴨尾が隠れているのは、三列あるうち、前から二番目の左側の座席の後ろ。ここなら犯人に見つかることはそうそうないだろう。
まだ犯人は乗りこんできてはいない。その顔を拝めるのがいつになるのかは見通せなかった。
――こんな謎めいた状況になった経緯は少し複雑だ。
話は芦原が北海道警察に問い合わせをしたところまで遡る。「不審な航空機が発見されていないか」。そんな抽象的な質問に対し、道警は真摯に対応してくれた。
その日のうちに一件の有力な情報が得られた。山で家族と昆虫採集をしていたとき、一人の小学生が迷子になった。その後無事救出されたが、遭難中、山奥の林道に一機の飛行機がひっそりと置かれているのを発見したという。白いボディに黄色いラインが施された小型ジェットだったそうだ。
誰のものなのかは不明。警察が確認したところ山の所有者にも分からなかったが、その人も山を完全に放置していたらしく、特に法に訴えるということはしなかった。そのため大事にはならなかったという。
芦原が天ノ川にその旨を伝えると、彼女は興味を示した。そして北海道に赴きたいと言い出した。結局、航海科の面々と芦原が現地に向かうこととなった。
天ノ川の推測によると、成功報酬の奪取に小型ジェットが使われる可能性があるとのことだ。小型ジェットの正確な場所は発覚していたため、犯人逮捕は容易かに見えたが……。
「証拠がありません」
天ノ川はキッパリと断言した。
「たとえ犯人が小型ジェットのところに現れたとしても、殺人罪で逮捕することはできません。神々島で殺人を犯した証拠などどこにもありませんから」
「じゃあどうすればいいんだ」
鴨尾が食い気味に聞き返すと、天ノ川は肩をすくめた。
「我々にできることといえば、幸ヶ崎駅にて発生するであろう被害を抑えることぐらいでしょう。こちらから犯人に接触したら、おそらく向こうも何らかの策を講じてきます。あるいは海外逃亡されるかもしれません。そうなれば打つ手はありませんが」
彼女の諦めたような口調に、鴨尾は少しいらだった。あんな真似をした犯人をみすみす海外に逃がすわけにはいかない。
だが、いい方策は浮かばなかった。
「……とにかく北海道へ行こう。話はそこからだからな」
航海科は飛行機で北海道へと向かった。幸ヶ崎駅と発見された小型ジェットはそれほど離れていない。彼らは先に小型ジェットのほうへと足を向けた。
北海道警察から得た情報通りに草をかき分け進む。まもなく道が開け、たしかに小型ジェットが現れた。市街地からそこまで距離があるわけではないが、巧妙に隠されているようだった。
周辺に人影はなかった。佐山が口を開いた。
「ここで待ち伏せしていれば、あのおぞましい殺人を犯した凶悪犯と対面できるわけだね。……っておや、あの入り口開いていないかい?」
彼が指差したのは、小型ジェットの昇降口だった。たしかに階段が伸びていて、開きっぱなしになっていた。
犯人は油断していたらしい。出入りするたびに開け閉めするのが面倒だから、開けたまま放置しているのだろう。鴨尾は決意とともに低い声で言った。
「これは絶好のチャンスだ。俺があの飛行機の中に忍び込む。犯人が成功報酬奪取を実行しようとしたときに現行犯逮捕してやる」
すると他の全員が目を丸くした。
直後、「無茶おっしゃらないでください!」と顔を赤くして真っ先に止めてきたのは天ノ川だった。彼女がこれほど怒った表情を見せたのは初めてだった。
しかし鴨尾の決意も固かった。なんやかんやと揉めたがなんとか話を落ち着かせ――。
で、今に至る。鴨尾が座席の後ろに隠れてから三〇分ほどが経つ。そろそろ犯人が現れる頃合いだろうか。入り口を開けっぱなしにするぐらいだから、あまり長い外出とは思えない。
とそのとき、コツコツと階段を昇ってくる音がした。犯人が帰ってきたようだ。鴨尾は息を潜めた。
ガチャリ。
コックピットと客室とを隔てる扉が開いた……。入り口がついているのはコックピット側。ということは――。
犯人は今、すぐそこにいる。町谷だか黒栖だかを名乗り、神々島を恐怖のどん底に陥れた真犯人。
バサリ。
ビニールのようなものが床に置かれる音が響いた。鴨尾は意を決し、座席の横の隙間から音がした方向を覗いた。
鴨尾は驚愕のあまり、声を上げそうになった。ついこの間見た顔だったからだ。
食べ物が大量に詰まったビニール袋を並べていたのは――時嶋空だった。
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