第61話 あなたも今から仲間入りですからね

 飛行機が着陸してくる前にやっておかなければならないことがある。町谷は館から遠ざかる方向に猛ダッシュした。距離を取っておかなくては危ない。走って、走って、走る。


 ――このあたりだろう。


 町谷は立ち止まり、荷物から手のひらサイズの四角い箱を取り出した。蓋を開けると、赤いボタンが一つついている。別にこんな〝それっぽい〟デザインにしなくても良かったのだが、雰囲気が出るかもと思ったのだ。


 だが、この期に及んでも雰囲気などどうでもいいと考えてしまう自分がいた。殺しは単なる仕事。金を稼ぐ手段にすぎない。必要なことを淡々とこなしていけばよい。雰囲気など仕事の完遂には何の関係もない。価値はない。


 町谷は段ボールと荷物を脇に置き、何の躊躇もなくそのボタンを押した。手元からカチリと音がした。


 次の瞬間、神嵐館の周囲が次々と爆発を起こした。赤々とした火柱とくすんだ茶色の土ぼこりが巻き上がる。こちらにまで振動が伝わってくる。


 これで証拠はおさらばだ。


 神嵐館は島から根こそぎ崩落した。刹那、巨大な波しぶきが海から吹き上がった。


 ここからは見えないが、おそらく今はまだ海上で館の形を保っている。しかし、アイ・ウォールに入ったらぐちゃぐちゃに砕けてくれるはずだ。ターゲットたちの胴体も海のもくずとなる。


 町谷は口角を上げた。全てが怖いほどにうまく運んでいた。あとは脱出あるのみ。


 空を見上げると、例の航空機が旋回していた。も神嵐館の崩落をコックピットから眺めていたに違いない。町谷のやり口を目に焼きつけたはずだ。


「あなたも同じ目に遭わせてあげますよ」


 町谷はあえて口に出し、虚空に向かって言い放った。


 航空機が高度を下げてきた。島の一本道を滑走路にして着陸する。操縦は相当な腕前らしく、町谷のすぐ目の前で停止した。


 白いボディに黄色のラインが入ったビジネスジェット。前方にあるドアが開き、階段が伸びてきた。現れたのは、無精髭を生やした中年の男だった。


 彼は町谷のほうに歩み寄ってきた。


「お望み通り迎えにきたぞ。これではなかったことにしてくれるんだったな?」


 町谷は大仰にうなずく。


「ええ、もちろんですとも。ただし、私に協力したことは一生涯隠し通すという条件付きですよ? お忘れではないですね?」


 彼――三須田清は無愛想に首肯した。


「交換条件を忘れるほど私は落ちぶれてはいない。あんたを世に晒したところで私には何のメリットもないしな。あんたに追われるのは警察に追われるより恐ろしいことだ」


「それはそれは。お褒めにあずかり光栄です」


「褒めたのかは置いておいて……その箱は何だ?」


 三須田が段ボールを指差してきた。町谷はニヤついた。


「ご覧になりたいですか?」


「ふん。中を覗きたければ条件として云万円追加でいただきますね、とでも言いたげな顔だな」


「まさかそんな、滅相もない。でもそうですねぇ。タダでこちらのカードを見せるのも癪ですね。では、あなたが桐生きりゅう母娘を殺害した動機でもちょうだいしておきましょうか」


 三須田が自首するきっかけとなった、桐生母娘爆殺事件。彼は警察に対して「故意ではない」と供述した。さらに警察の調べによると、爆発した当時、三須田は桐生母娘を見ることができない位置にあるバンに隠れていた。そのため二人が爆発に巻き込まれて死亡したのは故意ではないとされていた。


 だが、町谷は気づいた。そのバンからでも母娘を見る方法があることに。


 三須田が潜んでいた通りの角に、一軒のパン屋があった。そこは爆発事件の日だけ休業していた。店内は暗く、窓の反射によって桐生母娘の動向を見ることが可能だった――。


 町谷はそれをもって脅迫した。三須田はコロリとこちらの懐に飛び込んでくれた。


 彼がため息をついた。


「フッ……あんたに話すぐらいならとっくに警察に話しているだろうよ。私は教えるつもりはない」


 そう言われても、町谷は特に落胆したりはしない。心底どうでもいいからだ。だが、もう少しだけつついてやることにする。


「そうですか。では私の推論でもお話ししてあげましょうか」


「言えるものなら言ってみろ」


「単刀直入に申し上げましょう。あなたは誰かをかばっている。そうではありませんか」


「……どういうことだ」


「不思議に思っていたのですよ。内通役として金で買った警察官――どうでもいいので名前も忘れてしまいましたが――を通じてあなたと連絡を取るうち、やはりあなたは故意に爆殺したのだと分かった。実際、パン屋の位置関係からして、あなたが意図的に桐生母娘を殺害することは可能でした。しかし、なぜかあなたは自首している。これはかなり不自然なことでした」


「……ほう」


「銀行強盗の爆破に巻き込まれて二人が死亡した。この場合、殺害が故意であるか否かに関わらず、重大な刑罰が下ることは間違いありません。そのことはあなたも分かっていたでしょう。さらに、あなたは変装の達人でこれまで数々の盗難を成功させてきた。逃亡生活にも慣れっこのはず。それなのに自首をした。これにはかなり強い動機が必要でしょう。私が最初に考えたのはもちろん、二人を死なせてしまったことに対する悔恨。あるいは罪悪感。大概の自首はこれが動機でしょう」


「だが、私は故意であるとは認めなかった」


「はい。なぜかあなたは故意であるとだけは認めませんでした。罪悪感にさいなまれているのであれば、罪を認めるほうが自然。ではなぜそんな状況に陥っているのか。そこで私は、別の人の罪をかぶっているのではないかと推測したわけです。ついでにいうと、罪をかぶっている相手は家族とかそういう類いではないでしょう?」


「どうしてそう思う?」


「警察も桐生母娘とあなたとの関係は綿密に調べたはずです。それでも関係性が浮かび上がってこないのであれば、あなたとはそこまで近しくない間柄の人物なのではないかと」


 三須田はポケットに手を突っ込んだ。


「ま、当たらずとも遠からずといったところか。あんたに『そこまで近しくない』と言われる筋合いはないがな」


「誰なのです?」


「話すつもりはなかったんだが……。まぁあんたは口が固いだろうから特別に教えてやろう。私の――初恋相手だ」


 町谷は拍子抜けした。それは今の定義上『そこまで近しくない』者に含まれるだろう。


 三須田は酔ったような口調で続けた。


「彼女は小学校のクラスメートだった。小学生の頃、私は彼女に好意を抱いていた。おそらく片想いではなかった。互いに距離感を確かめあいながら過ごす日々が続いた。だが、中学校が別になったのをきっかけに、我々は別れた。あれ以降、私は彼女よりも聡明で溌剌とした女性に会ったことがない。そう思えるほどに彼女は輝いていた。そして――思わぬ再会を果たしたのが銀行爆破の日だった。私がバンに隠れて爆破のタイミングを見計らっていたとき、彼女がすぐ横を通った。私はそのとき、間食を取るために一時的に変装を外していた。彼女がこちらを覗きこんできた」


「それは恐ろしい」


 町谷は途中から聞くのも面倒になってきたが、なんとかこらえて相づちを打った。しかし、三須田は首を振った。


「あんたにはこの気持ちが分からないだろうな。私は素直に嬉しかったよ。彼女と再会できたことが。だが、直後に恥ずかしくなった。彼女は真っ当な人生を送っているだろうに、私はこうして強盗を繰り返して金に替えている。なんと卑劣な人間なのか、とな」


「はあ」


 恥ずかしいなら最初からするなよ、という言葉が喉まで出かかったがかろうじて飲み込む。三須田はこう見えて案外論理立てて行動しているわけではないようだった。町谷は心の底から侮蔑した。


 彼はなおも流れるようにしゃべり続ける。


「だが、私の想像は甘かった。彼女は窓をコンコンと叩いてきた。しかたなく少しだけ開けてやると、彼女は『三須田君、久しぶり。何をしているの?』と聞いてきた。私はごまかそうとしたのだが、彼女は足元に隠していた爆破スイッチを目ざとく見つけてきた。それから『ああ、なるほどね』と。すべてが見通せてしまったのだろうな。聡明な彼女は続けて言った。『殺してほしい人がいるの。手伝ってくれない?』と。思い返してみれば、小学生の頃、彼女にお願いされたことなど一度もなかったように思う。私は決意をもって承諾した。パン屋の窓を双眼鏡で観察しながら、彼女が呼んだターゲット・桐生母娘を爆発に巻き込んだ。彼女がなぜ桐生さんを殺したかったのかは知らない。そんなことは私には関係ないからな」


「……話は終わりましたか」


 町谷は、後半はほとんど聞かずに時計ばかり気にしていた。台風の目が去るまでの時間は限られている。こいつの無駄話に延々と付き合っている暇はないのだ。少々遊ばせすぎた。


「契約ですから私からもお教えしましょう。――段ボール箱には私が殺した六人の生首が入っています」


 三須田が顔を歪めた。町谷はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「そんな顔はしないでください。あなたも今から仲間入りですからね」


 町谷は拳銃を取り出した。最後に何か言い残させたりするつもりはない。時間の無駄だ。


 ズダーン!


 三須田の体躯が後方に吹っ飛んだ。おそらく即死。その後、町谷は大急ぎで首を切断し、七つの生首を針で地面に突き刺していった。


 セッティング完了。改めて眺めると、なかなか絵になる風景だった。


 とはいえ感慨に浸っている時間はない。段ボールやノコギリ、三須田の胴体といった残り物を急いで海に捨てに行く。それが終わったら、町谷は飛行機に乗りこんだ。やり残したことがないのを確認し、離陸した。

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