第60話 ついに来たか
その後も井口、真渕、遠藤、溝野、黒栖と時間を置きながら首を切断していった。遠藤あたりまで来ると、もうすっかり慣れきっていた。頭を固定しなくとも、ものの五分ほどで切断できるようになった。
指紋が付かないように手袋をはめ、次々と首をロビーのテーブルに運んでいく。どれもずしりと重い。
胴体はどうせ館と一緒に海に沈めるので、放置しておくことにした。慎重に扱うべきはやはり首。首だけは捜査員に丹念に調べられてしまう。間違っても自分がいた証拠を残してはならない。
全員の首をテーブルの上に並べた。指紋や毛髪は残さないよう、細心の注意を払うのは言うまでもない。首を運ぶのが終わると、どっと疲れが押し寄せた。
気分転換でもしよう。たしか井口のカバンにトランプが入っていたはずだ。彼の首を切っているときに偶然見つけたのだ。階段を上り、井口にあてがわれていた二一〇号室へと踏み入った。当然ながら、井口の胴体は放置されたままだ。
だが町谷はそちらには目もくれず、部屋の奥へと突き進む。そこには、井口の太った体には不似合いな小さなリュックサックが無造作に置かれていた。中からはアニメキャラがプリントされたトランプが顔を覗かせている。
いい時間潰しになりそうだ。
町谷はトランプを箱ごと抜き取った。ロビーに戻り、ソファに腰かける。テーブルにトランプを左から縦に一枚、二枚、……、七枚となるように並べていった。ソリティアのひとつ、クロンダイクである。
町谷はそばに作った山札に手をつけた。一枚、また一枚とめくり、並べていく。
――一〇分ほど経つと、卓上にはAからKまでのトランプが綺麗に整列していた。カードの移動はことごとくうまく進んだ。
その後も、ピラミッドや四つ葉のクローバーなど、知りうる限りのソリティアを繰り返した。
全てが流れるように完成形へと到達した。失敗するどころか、つまずくことすらなかった。まるで神が導いているかのように。
とはいえ、町谷は運などというものは一切信じていなかった。この世の全ては確率論によって支配されている。そう考えている。
トランプでどんなに運良く事が運んだからといって、次に独立に発生する事象に対して成功確率が影響を受けることはない。――というよりも、それが「独立」の定義なのだから循環論法になっている。
普段ならこんな堂々巡りの議論になどなりやしないのだが……やはり少し疲れているようだ。気を引き締めなおさねば。
そうこうするうちに、台風の目の到達まで残り二〇分を切った。
町谷は自室からカバンを回収し、ロビーへと運びこんだ。ロビーには六つの生首と自分の荷物とが揃った。
自動ドアを通して外を見てみると、まだ暴風が吹き荒れていた。横殴りの雨は、前に見たときよりも一段と強くなっているようだった。
というのも、現在神々島は台風の目のすぐ外側、アイ・ウォールと呼ばれる場所にある。その上、台風を反時計回りに回る風と台風そのものの移動に伴う風とが強め合う、危険半円の中だ。つまり、今いるのは台風の中でもっとも危険な区域だということになる。
神嵐館の防音性は相当高いらしく、ほとんど音は入ってこない。だが、どう見ても外に出られる状況ではなかった。
外の景色を見るのはやめ、町谷はフロントへと回った。たしか、裏に段ボールが置いてあったはず。
――あった。
大きな段ボールが五つほど折り畳まれていた。首を運ぶのに使えるだろう。
そのうちの一つを床に広げ、近くにあったガムテープで底面を作った。
とそのとき、周囲がわずかに明るくなった気がした。顔を玄関のほうへと向けると、自動ドアからまばゆい陽光が差していた。雨風はすっかり収まっている。
――ついに来たか。
町谷はテーブルのところに戻り、段ボールに生首を次々と放りこんだ。そして、段ボールと自分の荷物とを抱えて外へ飛び出す。地面はグショグショだったが、見上げると、空は晴れていた。これまでの暴風雨が嘘のようだ。
分厚い雲に囲まれた青空。その中を一機のビジネスジェットが下降してきているのが視界に入った。
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