第六・第七の被害者 (神々島パート)
第58話 思えばヒントはそこかしこに転がっていたんだ
「悪く思わないでくれ――」
黒栖の言葉が暗い廊下に響いてきた。
町谷は廊下の奥で待っていた。まだ安心はできない。最後まで気を抜いてはならない――。
「始末は済みましたか? 呼吸を確認してください」
「どうせもう死んでいる」
黒栖が吐き捨てるように返してきた。町谷は嫌味ったらしい口調を意識して言葉をぶつける。
「そういうところが甘いのですよ。そんなだから、指名手配されている身でありながら私に見つかったわけでしょう、小牧秀俊さん」
「……その名前で呼ばれるのは久しぶりだな」
「感傷に浸っている場合ではありません。さあ早くロープを返してください」
黒栖は押しつけるように無言で手渡してくる。遠藤恵子以外の全員を死に至らしめた因縁の凶器。黒栖はあまり触っていたくなかったようだ。
彼はぶっきらぼうに言い放った。
「リレー殺人……だったんだろう?」
町谷はうんともすんとも答えなかった。その代わり、今度は余裕綽々の表情で笑って見せる。実際、痛くも痒くもなかった。
しかしどう解釈したのか、町谷が言葉を返さなかったことで黒栖は確信したらしい。
「やっぱりそうなんだな。だっておかしいじゃないか。誰も通報しようとしないなんて。皆俺と同じように殺人を依頼されていたとしか考えられない。溝野も無警戒だったしな」
「よく分かりましたね。思考が柔軟でいらっしゃるようです」
「馬鹿にしやがって。思えばヒントはそこかしこに転がっていたんだ。たとえば、井口が殺された直後、最大の容疑者であった真渕が殺害された。次に怪しかった遠藤もその直後に殺害された。『怪しい容疑者に罪をなすりつければいいものを、なぜ犯人は殺してしまったのか』。そんな話が出ていたが、簡単なことだった。怪しい容疑者というのが実際に犯人だったんだから」
「おっしゃる通りです」
「殺害方法に絞殺を選んだのも、殺されるときに被害者が声を上げないようにするためだろう? 『なんで私が殺されるの。私は町谷と共犯なのに』などと死に際に言い出されでもしたら、お前の計画は破綻するからな」
町谷は感心する。案外頭が回るらしいな、と。もう少し遊んでもいいかもしれない。
「ほほう。でも遠藤さんはアイスピックで刺殺されていましたよ。あれはなぜなのです?」
黒栖は顔を歪めた。
「分かりきったことを説明させやがるな。遠藤は背中だけでなく声帯も一突きにされていた。和泉にそうするよう頼んでいたんだろう?」
「ほう。よくお分かりで」
「それに、真渕が『絶対にドアは開けねえ』とか言って部屋にこもったのに殺害されたのも、結局は自分だけは殺されないという自信があったからだろうな」
「愚かなことです」
「……あんたには人の心を愚弄した自覚がないのか? 反省の欠片もないようだな」
「フッ……何の罪もないおじいさんに放火したあなたに言われる筋合いはありませんが」
「俺は心を入れ替えて生きている。指名手配という重荷も背負っている」
「行動で示していただかないと説得力がありませんね。そこまで言うなら自首してみてはいかがです?」
「……クッ」
「それに、今から反省するぐらいなら最初からこんなことはしていませんよ」
反省などするはずもない。すべては金のため。人生を投げうち、今日というこの日を迎えるために生きてきたのだから。
重病を治す医療費が必要だとか、貧困な家庭に寄付したいだとか、そんな高尚な理由ではない。ただ金が欲しかったにすぎない。
一般的には、人殺しを商売にするのは割に合わないとされているそうだ。逮捕された場合のリスクが大きいからだろう。だから皆粛々と庶民生活を送っている。
だが、期待値というのは何もリスクのみに依存するものではない。リスクをも凌駕する計画で完全犯罪にしてしまえばいい。その可能性を上げる努力をすればいい。それだけの話だ。
町谷は、警戒心丸出しでこちらを睨んでいる男に目を向ける。警戒心があろうが、体格では向こうが勝っていようが、相手は丸腰だ。
「そろそろあなたともお別れです」
町谷は懐から拳銃を取り出した。黒栖は目を見開き、ロビーのほうへと逃げようとした。が、逃れられるはずもない。
町谷は発砲した。
黒栖の胸を弾丸が貫いた。彼は衝撃で吹っ飛び、倒れこんだ。町谷はゆっくりとした足取りで近づき、うつ伏せになった彼の背中を踏みつける。
「悪く思わないでくださいね」
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