第55話 アリバイトリックを私は完全に見抜きました

「なるほど! 台風の目ですか!」


 森が叫んだ。天ノ川は相づちを打つ。


「はい。逆にこれ以外のタイミングで神々島を出入りするのは不可能でしょう。時嶋氏の正確無比な天気予報を利用して初めて計画に組み込めるトリックですね。ここまで分かってしまえば、あとは船だろうが航空機だろうが、今回のような不可能状況を作ることは可能です」


 すると芦原が敏感に反応した。


「航空機……。もしやここで『ミスターXの雪密室』とやらが関わってくるわけか?」


 天ノ川は満足げに首肯した。


「その通りです。台風の目を利用したトリックにおいて、ミスターXの存在は不可欠なファクターですので。というのも、森さんの見立てによると最後に殺害されたのがミスターXとみられるためです」


「……どういうことだ?」


 芦原は首をかしげる。


「ここで重要になるのは、七名が島に上陸したにも関わらず、七名が首だけになって発見されたことです。犯人が全員を殺害し、台風の目から逃げただけなら、首の数は六個のはずです」


「それはそうだろう」


「さらに、上陸直前まで島の清掃が行われていたことから、台風上陸前には誰も潜んでいなかったというのも確認した通りです。ということは、犯人が台風の目と同じタイミングで脱出するというトリックの性質上、八人目の人間も台風の目と同じタイミングで島に現れたとしか考えられないのです。これは言い換えれば、ということを示しています。逆にそうすれば、犯人は殺人を遂行している間、雨風激しい島に乗り物を放置しておく必要はありません。また、航空機などを島に置いておけば殺人のターゲットたちに勘ぐられる可能性がありますが、その心配もありません」


「しかし実際は七人の死体が残されていたということは……その迎えにきた八人目も殺されてしまったのですね」


 勝海が身震いした。天ノ川は重々しい口調になった。


「そういうことになるでしょうね。森さんの検視によると、ミスターXは七名のうちの最後に殺害されていました。それも、他の被害者からは少し離れた時間帯だったようですね。すなわち、犯人は館での殺人を完遂してからしばらく待ち、台風の目と一緒に現れたミスターXをその場で殺害したのです。そして彼の首を切断して他の被害者と一緒に串刺しにしてから、犯人自身はミスターXが乗ってきた乗り物で脱出した。ミスターXが雪密室において航空機を操縦する技術を持っていたことを考慮すると、今回も航空機が用いられたのではないかと推測されます。航空機が台風の上を飛行できるのは皆さんご存じの通りです。森さんが台風の上から首を投げ落とすトリックを話してくださったとき、私は『落とすものが首ではなく金属の塊だったら不可能とは言いきれない』みたいなことを答えたように記憶していますが、その言葉にも表れています」


 勝海が合点がいったように手をパチンと叩いた。


「そういえば神々島には木などもほとんど生えていませんし、細長い楕円形に道が一本走っているだけですもんね。航空機を着陸させるのにもってこいです」


 一方、森は難しい顔で唸っていた。彼は珍しくぶつぶつと不満げに言う。


「黒栖という名字。僕は『黒栖』から『クロス』と連想し、これすなわちミスターXの『X』を示しているのではとひそかに踏んでいたのですが……。的はずれだったようですね。黒栖隆正は宿泊客の一人ですから、台風の目から滑り込んだミスターXとは別人なのですね」


 天ノ川は「着眼点は面白いですが」と前置きしてから続ける。


「もしかしたら犯人も我々を誤誘導するために『黒栖』などという変な偽名を名乗った――あるいは名乗らせた――のかもしれませんね。実際、ミスターXが黒栖隆正であると勘違いしてしまうと、このトリックは解けなくなりますから」


 とここで大沼が確認を取った。


「天ノ川君の推理によれば、真の犯人はミスターXではなく宿泊客の中にいる。さらに言えば、町谷英世か黒栖隆正のどちらかであるということなのだな?」


「はい。どちらかが指名手配中の小牧秀俊で、どちらかが真犯人でしょう。我々としてはどちらがどちらの名前を名乗ったのかを見抜く術はありませんが」


「……ふむ。非常に興味深い話だった」


 大沼が席を立とうとした。天ノ川はそれを制した。


「話はまだ終わっていません。次は真犯人が島の殺人の際に作っていたと思われるアリバイの話に移りたいと思います。犯人が労していたであろうアリバイトリックを


「どんなアリバイかも分からないのに!?」


 森がすっとんきょうな声を上げた。天ノ川はいたって冷静な表情で顎を引いた。大沼はもう少し彼女の話を聞くことに決めたらしい。再び椅子に腰を下ろした。

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