第50話 これは大きな進歩です

 ガタンゴトン……ガタンゴトン……。


 人のまばらな電車内。鴨尾と天ノ川は横並びに座った。


 天ノ川がポツリとつぶやいた。


「犯人は宿泊客たちが来る前から島に潜んでいた。そのようにも考えましたが、もし違うとすれば……」


「違うとすれば?」


「犯人が、私の推測通りの殺し屋だとします。本土にいる依頼人たちへ向けて『自殺願望者などに頼んだのではなく、確かに自分が殺したのだ』と証明しようとした。そのために首を切ったのだと考えましたね。しかしその場合、犯人は『犯人が宿泊客が来るより前に島に潜んでいた』という可能性は潰しにいきそうに思えます」


 鴨尾は今天ノ川が言ったことを脳内で反芻した。


「……たしかにな。宿泊客が来るより前に自殺願望者である実行犯が潜んでいたという可能性が残されていたら、依頼人に対する証明としては不十分だ」


「その通りです。ですので、ちょっと確かめてみようと思います」


「――何を?」


 天ノ川がスマホを取り出して何やら操作し始めた。開いたのは、神嵐館のホームページのようだ。


「……ああ、やはり」


 彼女が画面をこちらに向けた。そこには、


『宿泊される前には徹底的に清掃いたします。安心してお越しください』


 と小さな文字で書かれていた。近くの席に別の乗客が座ったので、天ノ川は声を潜めた。


「清掃係が宿泊の直前に島を清掃したのなら、話は変わってきますね。島や館に誰も潜んでいなかったことを確認したかもしれません」


 確かめてみる価値がある。直接宇津保に聞いてみよう。


 乗客が少ないとはいえ、車内で電話をかけるのはためらわれる。一度駅に下りてから確認することにした。次の駅に到着するのを待ち、降り立った。


 宇津保に電話をかけると、すぐに繋がった。


「はい、宇津保です」


「昨日お邪魔した鴨尾です。突然のお電話すみません。ちょっと確認したいことができまして」


「私に分かることでしたら何でも」


「七名の宿泊客を神嵐館に泊める直前、清掃は行いましたか?」


 宇津保は即答した。


「もちろん行いました。別の者に委託していますが」


「清掃したタイミングは分かりますか?」


「いつも、お客様をお届けする船が到着する直前まで行っております」


 鴨尾は頭を抱えたくなるのをなんとかこらえた。


「なるほど。その清掃を担当している方ですが、島で誰かを見たということはないでしょうか?」


「……どういった意味でしょうか? 誰かが侵入した形跡があったかということでしたら、何も伺っていません」


「宿泊客が七人到着するまで、誰も島にはいなかったわけですね?」


「ええ。そのように把握しております。侵入者等が発見されたら、ただちに連絡をよこしてくれるはずです」


「確認ですが、清掃の方は神嵐館を隅々まで掃除されるのですか?」


「はい。神嵐館にお客様がお泊まりになる頻度はそれほど高くないので、毎回全部屋を掃除するよう頼んでいます」


「……分かりました。ありがとうございました」


 鴨尾は通話を切った。


 犯人は宿泊客到着までには侵入していなかったらしい。鴨尾は頭を掻きむしる。その様子を見て、天ノ川は状況を察したようだった。


「犯人は潜んでいなかったのですね。これは大きな進歩です」


 鴨尾は耳を疑った。


「……俺の考えは真逆だぞ? 話は進歩するどころか振り出しに戻されたんだから」


 すると天ノ川はかぶりを振った。


「ひとつの可能性が消える。これは推理においては大きなジャンプ台となります。もし可能性が消えていなかったら、私たちは真実とは違う方向に突き進んでいたかもしれないですから。犯人に一歩近づけたということです」


 前向きだなぁと感心する。でもたしかに、絶望するのはまだ早いかもしれない。そう思い直すことにした。


 次に来た電車に再び乗り込んだ。


 二人で電車に揺られていると、鴨尾のスマホが突然震えた。メールの着信があったようだ。送り主は勝海だった。


〈天ノ川さんのおかげで〝裏切り者〟であった白石警部補が逮捕され、現在非難囂々となっています。その一方で、宮浜警部補への風当たりは収まったようです。私の手柄ではないんですけど、なんだかすごく感謝されてしまいました。で、「感謝のしるしに」と彼が情報を提供してくれました。ミスターXが実行したとされる未解決事件。いわゆる『ミスターXの雪密室』。宮浜警部補が三年前に捜査を担当したそうです。以下にその内容を添付します〉


 『ミスターXの雪密室』。


 今回の事件との関連はあるのだろうか。いまひとつ掴めない。スマホ画面を天ノ川にも見せる。意外なことに、彼女は興味を示した。


「情報は多ければ多いほど良いです。事件解決に必要かどうかは、一度読んでみてから判断すれば良いでしょう」


「そうだな」


 鴨尾はうなずき、勝海からのメールを下にスクロールした。宮浜警部補の一人称で綴られた長文が表示された。

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