ミスターXの雪密室 (海保パート)
第46話 非常に興味深い発想です
まもなく、鳥羽海上保安部の建物が見えてきた。鴨尾が目を凝らすと、保安部の周りに人だかりができているのに気づいた。皆、マイクやカメラを持っている。……マスコミの連中か。
天ノ川も顔をしかめている。が、あそこを通らないと中には入れない。
鴨尾は意を決した。ズカズカと歩いてゆく。後ろから渋々と天ノ川もついてくる。
「失礼します。通してください」
鴨尾がそう言って突っ切ろうとすると、群衆から好奇の目を向けられた。その中の一人がマイクを押しつけてきた。明らかに新米と思われる記者だった。
「こちらの鳥羽海上保安部の関係者の方ですか?」
鴨尾はめんどくさくなった。まともに相手をしたら時間を奪われるだけだろう。適当にあしらうことにする。
「急いでいるのです。そこをどいてください」
「……そうですか。失礼しました」
その記者は、思いのほかあっさりと引き下がった。鴨尾は絶対に話しかけるなという圧を背中から放ちながら突き進んだ。
なんとか入り口までたどり着き、中に入ると森が駆け寄ってきた。
「鴨尾さんに、天ノ川さん! 僕、犯人の労したトリックが分かりました! 聞いてください!」
トリックが分かった? 天ノ川がたどり着いたトリックと同じものなのだろうか。
「どんなものだ?」
森は嬉々として胸を張った。
「驚かないでくださいよー! まず犯人は、プライベートジェットに七人のターゲットと一緒に搭乗します。次に、機上で七人を殺害して生首に針を貫き、台風の上に飛んでいきます。そこから神々島の地面に突き刺さるように調整し、七つの生首を落下させたのです!」
鴨尾は脱力した。
「そんなことをしたら、台風の中で首がむちゃくちゃな方向に飛んでいくじゃないか」
森は待ってましたとばかりに口角を上げた。
「だから、時嶋氏のプログラムを使ったのです。時嶋氏のプログラムは乱流モデルを解決し、シミュレーションすることを可能にしました。台風の乱流の計算もどんとこいでしょう」
そう来たか。しかし……シミュレーションでそこまでのことが可能なのか?
と、天ノ川が真剣な表情で横から口を挟んだ。
「非常に興味深い発想です。落とすものが生首ではなく金属の塊なら、絶対に不可能とは言いきれないかもしれません」
意味深な言い方をしてから続けた。
「ですが、今回島に刺さっていたのは人間の生首です。その方法では、首が原形を留めていられるはずがありません。台風の中では小さな水の粒子が大量に飛び交っています。その中に放り込んだら生首が傷だらけになり、地面につく頃にはぐちゃぐちゃになってしまっているでしょう」
「うっ……」
森が意気消沈したように下を向いた。
「たしかにそうですね……」
しかし次の瞬間には、森は元のケロッとした表情に戻っていた。顔を近づけてくる。
「お二人、宇津保愛吾さんのところに行ったというのは本当ですか? 僕も行きたかったです」
「近かったからついでにな。勝手に実行したのは申し訳ないが、聞き込み捜査に三人以上もいらないし」
「それは一理あります」
分かりが早くて助かる。ここで鴨尾は気になっていたことを尋ねる。
「時嶋空への事情聴取はどうなってる?」
すると、森が奥の扉を指差した。
「会議室で航海長と業務管理官が交渉しています。時嶋氏の研究所は北海道にあるらしくて、研究員とリモートで行っています。交渉は順調みたいです」
「分かった。ありがとう」
天ノ川とは離れ、鴨尾は自分のデスクについた。彼の席からは外がよく見える。今もマスコミがうじゃうじゃ集まっていた。その数はさっきよりも増えているように見えた。
どこまで嗅ぎつけているのだろうか?
鴨尾は少し調べてみることにした。パソコンを開く。「神々島 事件」検索、と……。
おびただしい量の記事が出ていた。今の話題はこの事件で持ちきりらしい。
たしかにショッキングさでいえば群を抜いている。犯人の残忍さもそうだし、解決しなければならない謎もあまりにも多い。
記事を流し見した感じ、事件の概要はほとんど流出しているらしかった。
事件に関する考察をみんなで集めてみようみたいな投稿――スレッドというのか――も上がっている。無責任な投稿がたくさん見受けられた。なぜか一人称には全員「ワイ」を使っていた。
〈ワイ、脱出トリック分かったで。島の地下に秘密の部屋を作っといて、海保が来る直前に隠れるんや。で、台風が通りすぎるのを待ってから逃げたんや〉
無理だ。台風が通りすぎる前に鑑識指定船が捜査に向かった。犯人がずっと隠れていられるはずはない。
〈神嵐館全体が巡視船みたいになってて、犯人は館ごと逃げたんとちゃうか〉
〈お前らこんなんに振り回されてたらあかんで。全部マスコミが裏で繋がってて、共同でついてるジョークなんや〉
〈犯人天才やな。心の底から崇め奉るわ〉
鴨尾はため息をついた。こんなことを好き好きに言っている人間が、今も何事もなかったかのように出勤しているのか。冷たい怒りが腹の中に沸き起こった。
時間の無駄だと思い、鴨尾はタブを閉じた。
そのとき、後ろからバタンと音がした。目を向けると、佐山がドアを開けて立っていた。彼はキョロキョロと周りを見回したかと思うと、一番近くにいた鴨尾のほうに寄ってきた。
「時嶋さんとの調整がついた。来られるかい?」
「行けます」
鴨尾が答えると佐山は離れていき、天ノ川と森にも声を掛けていった。だが戻ってきたのは佐山だけだった。
「今回は鴨尾に補助を担当してもらうことにした。メモ等を頼む」
「分かりました」
鴨尾はペンとメモ帳がポケットに入っていることを確認し、立ち上がった。
佐山とともに会議室に入ると、長机に芦原が一人で座っていた。彼の前には一枚のタブレットが置かれている。
芦原がこちらを向いた。
「来たか、鴨尾。さあこっちへ来い」
鴨尾は芦原の隣に座った。芦原を真ん中にして反対側に佐山が座る。
画面には四〇代くらいの男性が映っていた。彼が頭を下げながら第一声を発した。
「当研究所の研究員を務めております
鴨尾も礼をして応じる。
「海上保安庁の鴨尾です。こちらこそよろしくお願いいたします」
中条が深呼吸した。さらに唇を舐めてから言った。
「時嶋とご対面いただく前に注意事項がございます。皆様よくお聞きください」
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