第43話 神々島への侵入方法が分かりました
鳥羽海上保安部に戻る道中。
「黒栖隆正と町谷英世というのは何者なんだろうな」
鴨尾はボソッと呟いた。
謎が多すぎてどこから手をつけたらいいのかすら分からない。ここはひとつ、目の前の問題から着手してみよう。そういう魂胆だった。
意外なことに、天ノ川も首をひねった。
「今一度整理してみます。島に上陸した宿泊者と発見された被害者で食い違っているのは、黒栖隆正・町谷英世と三須田清・小牧秀俊ですね。名前が異なっている点は特に不自然ではありません。なぜなら、三須田と小牧は逃亡中の身なので偽名を使わなければ捕まってしまうからです。一方、溝野望実や遠藤恵子といった他の宿泊者は本名を隠す必要がありません」
「それはそうなんだが、では黒栖と町谷は三須田と小牧のどちらかに一対一対応していると考えているわけか?」
「その可能性もあるという話です。もしそうなら、我々の捜査の手が全く及んでいない第三者が島で暴れていたことになりますが。そうなるとかなり厄介ですね」
「だが、宿泊者でもない第三者が狭い島内で殺人を繰り返すなど、可能なんだろうか?」
すると、天ノ川は鴨尾の口を指差した。
「まさにそこが問題です。被害者の多くは絞殺されていました。宿泊者として認識されていない人間がそんなことを実行できるのかは怪しいところです。かといって、黒栖と町谷のどちらかが犯人だとすれば、三須田と小牧のどちらかは突如島に現れたことになります。死亡推定時刻や荷物検査の問題から、死体にして運び入れるのも不可能ですし……」
天ノ川は口ごもった。鴨尾も頭を巡らせる。何かを見落としているんじゃないか……。
天ノ川は続けて言った。
「島にいた八人目は、いったいどこに潜んでいたのか。これが重要となるでしょう」
「館の外……なわけないか」
「猛烈な台風の暴風域です。外で長時間過ごすのは極めて危険でしょう」
「となると館の中に隠れていたことになるが……。あるいは最初から宿泊者全員に認知された状態で、八人で泊まっていたか」
「そういうことになりますね。ん? 最初から……。最初から……?」
ハッとしたように天ノ川の目に光が宿った。
「どうした?」
「たった今、神々島への侵入方法が分かりました」
「……何だと」
天ノ川は一切躊躇することなく言った。
「八人目は、最初から神嵐館に忍びこんでいたのです。宿泊者たちが到着するよりもさらに前から」
鴨尾は頭をハンマーで殴られた心地がした。天ノ川は悔しそうに歯噛みする。
「思えば単純な論理でした。神々島は一種の密室の様相を呈しています。密室を犯人が出入りした場合、必然的に何らかの“穴”があったことになります。その穴は空間的なものと時間的なものの二つに大別されるでしょう」
天ノ川は密室に関する分析を始めた。彼女にミステリを読む趣味はないはずだ。ミステリ好きの森からいろいろ聞かされているうちに構築されたのだろう。
「空間的なものとは、神々島に抜け道があったり、船で行き来する方法があったりといったトリックです。時間的なものとは、台風が来ている期間を避けて出入りするトリックです」
「天ノ川が考えたのは時間的なほうというわけだな?」
「そうです。時間的に避けるのであれば、台風の前か後に出入りすることになりますが……」
プルルル……プルルル……。
そのとき、鴨尾のスマホが突然鳴りだした。
「ちょっとすまん」
天ノ川に断りを入れてからスマホを開く。佐山からだった。通話ボタンを押す。
「もしもし。鴨尾です」
「佐山だ。そっちの調子はどうだい?」
「宿泊者を島に届けた岸本、神嵐館の経営者である宇津保への事情聴取を完了しました」
「手際がいいなあ。あとで詳細を教えてくれ。こちらからは伝えたいことが3つある」
「何でしょうか」
「1つめは、三須田を警察署から逃がした白石警部補のことだ。彼女が自供したらしい。正体不明の人物から100万円を前払いで受け取ってしまったうえ、『三須田に変装用具を渡したらさらに成功報酬を払う』と進言されたそうだ」
天ノ川の読み通り、白石警部補は神嵐館の殺人の実行犯ではなかったらしい。その“正体不明の人物”とやらが犯人の可能性が高いか。
「2つめは、神嵐館からの脱出に巡視船を利用したのではないかというアレだ。巡視船『いせしま』の中を徹底的に捜索したが、犯人らしき人物は見当たらなかった。保安官の人数も合っていたから、犯人が変装して侵入したとも考えにくい」
「巡視船が鳥羽港に接岸してから犯人が逃げだしたという可能性はありませんか?」
「接岸時に入念に確認していた。可能性は低いだろう」
「そうですか」
「最後に3つめ。あの有名なプログラマー、時嶋空から話を聞けそうだ」
「時嶋ってあの1ヶ月天気予報の……?」
「そうだ。今回の殺人はとても計画性が高い。しかも台風に襲われることを前提に行われている。時嶋の天気予報が利用されたのは疑いの余地がない」
「しかし、時嶋に接触することなど可能なのですか? めったに表舞台に姿を現さないと聞きますが」
時嶋空は謎に包まれた存在だ。年齢、性別、顔のすべてが非公開だという。
佐山は少し興奮の混じった声音になった。
「それが、なんとかなりそうなんだよ。今、時嶋の研究所と交渉しているところだ。時嶋自身は了承しているらしい」
「なんと……」
「まあそういうわけだから、早く戻ってきてくれ」
「承知しました」
電話を切った。天ノ川のほうへと向かう。
「航海長からの電話だった。話を中断してすまない。台風の来ている時間を避けるためにどうするかという話だったな」
天ノ川は考える素振りを見せてから、
「先に佐山さんのお話からお伺いしても?」
「あ、そっち?」
鴨尾は今の佐山の話を説明した。白石警部補の自白、巡視船での犯人の不在、時嶋空との接触。
天ノ川は静かに聞いていた。鴨尾の話が終わると、口を開く。
「ありがとうございます。その話を踏まえたうえで、私の話に戻します。時間的に台風を避けるのであれば、台風の前か後に出入りすることになります。『前』というのがまさに先ほどお話しした、台風が来るより前に侵入しておくというトリックです。ただそれだけのことです」
なんとも単純な話だった。
「逆に『後』というのは、巡視船『いせしま』に隠れるか、台風が過ぎ去ってから逃げることです。しかし今の佐山さんのお話で前者は否定されましたね」
「後者もないな。俺たちが首を発見した直後に鑑識指定船が神々島に向かった。台風がいなくなる前に鑑識に見つかってしまうだろう」
「その通りです」
だが、鴨尾はなおも首をひねってしまう。
「もし台風より先に犯人が侵入していたなら、脱出のほうはどうしたんだ?」
途端に天ノ川が苦しげな顔をした。
「脱出のほうは全く考えがまとまっていません。本当は犯人は殺し屋でも何でもなく、海に飛び込んで自殺してしまったのだという可能性も……」
「いつになく弱気だな」
鴨尾がつつくと、天ノ川は頬を膨らませた。彼女はごまかすように早口になる。
「とにかく保安部に急ぎましょう。解決しなければならない問題が山積みです」
「そうだな」
二人は足を速めた。
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