第42話 神嵐館には特殊なギミックはなかったように記憶しております
鴨尾は、不可解な謎は一旦脇に置いておいて、先を進めることにした。
「次の質問に移ります。神嵐館の予約が入ってから今に至るまでの経緯を、思い出せる範囲で構いませんから詳しく教えてください」
宇津保はゆっくりと深呼吸してから口を開いた。
「初めにご予約をいただいたのは、ちょうど一週間前です。名義は黒栖隆正様となっていました。他に宿泊予定のお客様はいらっしゃいませんでしたから、その点は問題なかったのですが……。いかんせん超大型の台風がやってくるとの予報が出ていましたから、私としてはお断りしました」
「『お断りした』というのは黒栖隆正に電話したということですか?」
「そこなんですが。予約の際にご記入いただいた電話番号はデタラメだったのか、繋がりませんでした。その代わり、同様にご記入いただいていたメールアドレスに、お断りの旨をメールさせていただきました」
「返事はありました?」
「『台風のことなどもちろん分かっているが、それでも泊めてほしい。無理は承知だ。三〇万は積んでもいい。もっと欲しいならまた考える』と」
うさんくさい話だ。台風の日に島に赴くなど、正気の沙汰とは思えない。宇津保もそんなことは重々分かっていただろうが……。
「承諾してしまったのですか」
宇津保は申し訳なさそうな表情でうつむいた。
「その回はお断りしたのですが、次は『それなら五〇万出す』と言われ、私が折れてしまいました。私の心が弱かったばかりに、脅迫だのなんだのとご迷惑をおかけしました……」
そこで鴨尾ははたと気づく。宇津保はまだ殺人のことを知らないのかもしれないことに。
彼はまだ何者かから脅迫電話を受け、海保に通報したというだけだ。殺人のことなどむしろ知るよしもない。
だが、鴨尾はまだ明かさないことにした。ただでさえ宇津保の顔は真っ青なのに、館が全部崩落して首切り殺人が発生したなどと言ったら、卒倒してしまうかもしれない。まもなくニュースでも報道されるだろうから、いずれ分かることではあるが……。
鴨尾は一旦話を次に進めることにした。
「それで、宿泊を承諾してからは何かありましたか?」
「迎えの船は台風が去ったら向かうことにいたしました。でももう必要ありませんか? 海上保安庁の方々は島のほうへと向かわれたのですよね」
「はい。我々で処理しておきましたので、迎えにいく必要はありません」
「承知いたしました。他には……あ、黒栖様からメールで『ドッジボールサイズのものが入る荷物を入念に検査するように』とのご注文をいただきましたので、船長の岸本に申し付けておきました」
鴨尾は天ノ川と顔を見合わせた。やはり天ノ川の考えに間違いはなさそうだ。
宇津保は続けて口を開く。
「私自身は宿泊されるお客様とは対面しておりませんので、これ以上のことは分かりません」
「分かりました。では次に、海保に通報することになった経緯を教えてくださいますか」
宇津保はゴクリと唾を飲んだ。
「台風に襲われ、島はどうなっているのかとヤキモキしていた最中でございました。日付が変わって今日の深夜一時頃、正体不明の人物から『海上保安庁に、今すぐ神嵐館へ向かうよう要請しろ。さもないと七人の命が失われることになる』という内容の脅迫電話を受けました。とてもくぐもった声で、年齢や性別すら判然としないほどでした。聞き返そうと受話器を握り直したのもつかの間、すでに電話は切れていました」
「たしかそれで、折り返し電話をされたのでしたね?」
「そうです。ですが繋がりませんでした」
「ありがとうございます」
岸本のときと同じく、横では天ノ川がメモを取っている。書き終わったタイミングを見計らい、
「次に移ります。変な質問になりますが、台風に襲われている最中、神々島を出入りすることはできますか? たとえば神嵐館に何らかの仕掛けが施されているとか」
宇津保は怪訝そうな顔をした。当然の反応といえた。しかし、彼は真面目な表情で答えてくれる。
「そのようなことは不可能でしょう。たしかに生前の父はキテレツな建物を多く所有しておりましたが、神嵐館には特殊な仕掛けはなかったように記憶しております。あくまで父から聞いている限りではですが。――こんな感じの答えでよろしいでしょうか」
鴨尾は大きくうなずく。
「ええ。貴重な証言、助かります。その他、気になったこと、不自然に思ったことなど、何かありましたか? どんな些細なことでも構いません」
「今話した以上のことは何も存じ上げません」
「そうですか」
鴨尾はそう言いつつも、宇津保の顔をじっくりと観察した。果たしてクロかシロか。うーん、見定められない。怪しいといわれれば怪しい気がするし、怪しくないといわれれば怪しくない気もする。
隣の天ノ川に目を向ける。彼女は自分で書いたメモ帳をじっと凝視していた。彼女の目には今何が映っているのだろう。
そのとき、宇津保がおそるおそるといった感じで身を乗り出してきた。
「ところで、私の島で何が起こったのか教えていただけませんでしょうか。お客様は全員ご無事だったのですか。私、心配で心配で……」
来た。告げなければならない時が。鴨尾の口からは説明したくなかったが、仕方ない。宇津保はここまで黙って捜査に協力してくれたのだ。こちらも誠意を見せなければならない。
「――聞く覚悟はできていますか」
宇津保は身を引き、深刻な表情になった。
「……はい」
「分かりました。ではひとつひとつ説明していきます――」
鴨尾は、神嵐館が海に崩落していたことや宿泊客が全員殺害されていたことなどを簡単に説明した。話せば話すほど宇津保の顔面は蒼白になっていき、最終的には完全に生気を失っていた。
「そん……な……ことが……」
宇津保は頭を抱える。そりゃそうだ。
所有していた館が全部藻くずと消えてしまったうえ、しぶしぶ泊めた客が全員惨殺されたのだ。自責の念に駆られないほうがおかしい。
鴨尾は宇津保を絶望させてしまったことに罪悪感を覚えつつ、最後の質問を投げることにした。どうしても尋ねておかなければならないことだ。いたって事務的な口調で告げる。
「宇津保さんは、九月一〇日の九時から一八時の間、どこで何をされていましたか?」
宇津保はうなだれたように下を向いていたが、この言葉に肩をピクッと震わせた。
顔を上げてから答えた。
「……ずっとこの家にいました。外は嵐であの有り様でしたから、出るに出られませんでした。賃貸関係の仕事も特に残っておりませんでしたので、テレビを観たりゴロゴロ寝転がったりしておりました」
つまりアリバイはなし、か……。鴨尾の険しい表情を見て取ったのか、宇津保は不安げに言った。
「あの、私は疑われているのでしょうか。もちろん嵐の日に宿泊を認めてしまったのは私の責任ではございますが、殺人などを犯した覚えは一切ございません」
鴨尾は彼を安心させるため、できるだけ柔らかい口調を意識して答えた。
「事件発生時刻の行動については、関係者全員にお尋ねしております。どのような些細な情報でも、いつ役に立つか分かりませんから。どうかその点はご理解ください」
「そういうものなのですね。安心いたしました」
宇津保はホッと胸をなでおろしたようだった。
鴨尾が天ノ川に目配せすると、彼女はうなずき返してきた。宇津保に聞きたいことはもうないということだろう。
二人は宇津保に礼を言い、豪邸を後にした。
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