第26話 なぜ被害者たちは通報しなかったのだろう
鴨尾は話を切り替えた。
「ギョーカンや航海長が使っていた通り、神々島では電話を使えた。なのになぜ被害者たちは通報しなかったのだろう。死因は絞殺が多いから、全員同時に殺害されたとは考えにくい。通報する時間は十分にあったはずだ」
「過去の殺人を掘り返したくなかった、とか?」
佐山が思いついたように呟いた。鴨尾もそれは真っ先に考えた。ありうる話ではある。だが、個人的にはどうにも腑に落ちない。自分が殺されるかもしれない極限状況で、いくら人を殺したことがあっても、通報せずに放置するものだろうか。
殺人を犯したが運良く逃げられて、その後にまた殺人に巻きこまれる。そんな現実離れした状況に鴨尾は直面したことがないから、本当のところは分からない。が、鴨尾なら迷わず助けを呼ぶだろう。逃亡中の三須田と小牧はともかくとして、それ以外の五人は、殺人を犯したのだとしても検察が証拠不十分と判断したのだ。すでに勝ったようなものじゃないか。
それとも、助けなどどうせ来ないと諦めていたのだろうか。しかしそれにしても、誰にも相談せずに死を待つというのは引っかかる。連絡を試みるくらいするだろう。
鴨尾は知恵を絞った。何か別の理由――。
たとえば、通報したら自分の過去のアリバイトリックが警察にバレる、とか。じゃあそれはどんなトリックなんだと問われても分からないが……。
それとも。鴨尾は思いつきをしゃべる。
「あるいは、電話を使える状況になかったのかも。犯人に取り上げられていたとか。もしかしたら誰も島に携帯を持っていかなかったという可能性も――いや、不自然か」
森が頷いた。
「いえ、そのあたりが一番有力でしょう。次々と人が殺害されていくのに通報しないのはかなり異様です。しかし、携帯を取り上げられていたとすれば、取り上げた人が犯人に決まっています。なぜ被害者たちは身を守れなかったのでしょうか」
森が助けを求めるように天ノ川の方を見た。天ノ川は視線を感じたのか、「ん? 私?」というように上目遣いに森を見た。が、すぐにレーダーに目を戻してしまった。本気で興味がないらしい。
鴨尾は耐えかねて言った。
「少しくらい聞いたらどうだ。捜査は事後処理だとか言っていたが、今回の場合、次の被害者が出てもおかしくない。人を守ることにも繋がる」
天ノ川はレーダーから目を離そうとしない。聞こえていないはずはなかった。よく見ると、唇を噛んで何かを堪えているようだった。
しばらく待ってから鴨尾がもう一度繰り返そうとすると、天ノ川が手のひらをこちらに向けた。
「分かりました。協力しましょう。ですが、刑事課には私の手柄を報告しないでください」
手柄を挙げる前提で言っているらしいが、鴨尾は安心した。重要な関門を突破した。この堅物は、協力させるだけで難しいのだ。
「よかった。勝海の話は聞いていたな?」
「まあ、少しは」
たぶん天ノ川のことだから、寸分の漏れもなく聞いていたに違いない。
「何か考えはあるか? 犯人の動機、犯人の正体、被害者の過去について、被害者が通報しなかった理由、あとは犯人がなぜ首を切ったのかとか。何でもいい」
鴨尾が言い終わる前から、天ノ川はかぶりを振っていた。
「情報が不足しすぎていて憶測を立てることすらできません。あと、さっきから動機で犯人を探ろうとしていますが、真犯人に迫るにはもう少し論理立てた方針が有効だと思います」
「というと?」
「犯行動機なんて、極論すれば殺人に快楽を覚えるただの殺人鬼のしわざかもしれません。――今回に関しては、動機を持つ知能犯だとは思いますが。とにかく、動機から詰めるのは、現段階では悪手です。重要なのはあくまで論理性です。犯人はいつどこから来たのか。今どこにいるのか」
森が身を乗り出した。
「そうこなくっちゃ。ロジックこそが世界を制するんですからね」
天ノ川は小首をかしげてから、ぎこちなく頷いた。
「まず犯人がいつどこから来たのかから考えます。経営者の宇津保愛吾さんが海保に通報した際、『島の入り口の解錠記録はない』と言っていたんですよね」
宇津保愛吾が通報してきた時の話を持ちこんだ佐山が答える。
「そうだ」
「そこで確認事項ですが、当然ながら被害者は全員他殺されています。すなわち、八人目の犯人がいることになります。そこで明らかにすべきことは、船から島に乗りこんだのが本当に七人か、ということです。八人いたのなら残った一人が犯人でしょう。これは船で送迎した操縦士に確認すべき極めて重要な点です。あとで聞き込みに行かなければなりません」
自然と方針が固まっていく。天ノ川は元刑事課というだけあって手際がいい。
「問題は、上陸したのが本当に七人だった場合です。その場合、犯人は別ルートから侵入したことになります。いや、あるいはもう一つの仮説も立てられますが……」
「もう一つの仮説?」
「犯人が先に殺害しておいた生首を荷物に忍ばせておくのです。そうすれば、見かけ上は七人でも八人が島に上陸したことになります。ただ、森さんの鑑定によると死亡推定時刻は台風が来てからということでしたね?」
「そうです。あとの解剖でも分かると思いますが、間違いありません。僕の目に狂いはありません」
「となると、生首を荷物に忍ばせておくことはできませんね。そうするには、台風が来るより先に殺しておく必要がありますから」
鴨尾は唸った。論理で攻めるとはこういうことを言うのか。改めて天ノ川の顔を見る。その顔は涼しげで、当たり前のことを淡々と述べているという感じだった。誇らしげな印象は微塵もない。
そうだ。これが本来の天ノ川のあるべき姿なんだ。彼女は肩の力を抜いた。
「……まあすべては仮定の話にすぎません。行きの船に八人以上乗っていたなら問題なく済む話ですから」
すると、佐山が手を顎に当てた。
「しかし、経営者の宇津保愛吾は、客は七人だと言っていたはずだ。船に八人以上乗せるのはおかしい気がするよな」
「そうですね。私も引っかかります。これは操縦士の方に聞きに行くのが早いでしょう。もうすぐ港に着きますね」
天ノ川が操舵室の正面の窓に視線を移した。陸地が近づいてきていた。雨は降っているものの、波の荒々しさは鳴りを潜めていた。ここで事故を起こしては元も子もない。佐山が真剣な表情で告げた。
「気を取り直して着岸だ。一旦事件のことは忘れて、目の前のことに集中するように」
「はい!」
森が敬礼し、前のめりになりながら前方を注視した。鴨尾も舵を手に取り、意識を集中させる。余計なことは考えるな。事件の謎が頭の中をぐるぐると駆け巡っていたが、彼は必死で見ないふりをした。
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