第25話 犯人の行動は明らかにおかしい

「彼女の事件は、最も謎多き事件とされています。私は寡聞にして知らなかったのですが……」


「ほう……」


 彼女の深刻そうな顔つきに、鴨尾は身構えた。


「こちらの事件は――事件なのか事故なのか自殺なのかも分かりませんが――動機が分からず迷宮入りしました。殺人ではないとの議論も多く、真相は不明のままだそうです」


「どんな事件だ?」


「現場は島根県の小さな駅です。死亡したのは近くに住んでいた会社員、おおともたきさん。駅を通過しようとした特急列車に接触し、亡くなりました。列車の運転手によると、大友さんは誰かに突き飛ばされたようだったということです。駅に人はまばらで、捜査線上に挙がったのが大友さんのそばにいた溝野でした。捜査員が向かった際、彼女はうずくまって泣いていたそうです。しかし、取り調べでは溝野は完全黙秘。なだめてもすかしてもその日の出来事について口を割ろうとしませんでした。さらに、溝野と大友さんの間には関係が全くありませんでした。動機がなかったんです。起訴は見送られました」


「大友さんの自殺、という可能性はないのですか?」


 森が頭の中を整理するように天井を見上げてから尋ねた。勝海は頷く。


「もちろんその可能性も検討されました。ただ、そちらも動機がありませんでした。大友さんは会社での評価もよく、金銭トラブルもなし。人間関係のトラブルも見当たりませんでした。そもそも、溝野は殺人容疑について肯定も否定もせずに黙秘に徹したため、何らかの事情は知っていると思われました。もちろん、黙秘権は被疑者の権利ですから『黙秘したから怪しい』などと言ってはいけませんけれども」


 証拠不十分である以上起訴は見送るしかなかったということか。検察としてはあるべき姿だろう。「疑わしきは罰せず」。いたって正しい姿勢だ。


 だが、鴨尾は納得がいかなかった。遺族の気持ちを考えれば、不起訴など不当もいいところだろう。審理すらされずに事件がなかったことになり、事故で処理されたのなら、気の毒なことだ。


 日本の裁判での有罪率は九九・九%にも上る。この数値は、数多くの「不起訴」の上に立っている。日本の有罪率を守るために不起訴とされ、涙を飲んだ遺族はどれほどいるのだろうか。事件をなかったことにされる悔恨は計り知れない。


 もちろん、溝野が無実である可能性もある。動機も分からないのにやたらめったら起訴するというのが危険なのも理解できる。


 はて、今回の殺人は、起訴に踏み切れなかった検察に対する警告なのだろうか。あるいは……。


「復讐……なのか」


 鴨尾の口をついて出た言葉に、勝海は首を縦には振らなかった。


「それぞれの事件に共通点が見いだせません。起訴されなかった、というくらいしか……。犯人となりそうな決定的な人物がいないんです」


 三須田は強盗。小牧は放火殺人犯。真渕は保険金、和泉は怨恨、井口は金銭トラブル、遠藤はいじめの復讐。それぞれが殺人罪で疑われたが、アリバイがあったため釈放。溝野は動機がなかったため釈放された。


 果たして、釈放された五人は実際に殺人を犯した者なのだろうか。相関性のない七人を島で殺害した真犯人の動機は何なのだろうか。事件は謎が多すぎて混沌としていた。


 動機が見当たらないから、真犯人の正体も見えてこない。それから重要な項目――どうやって犯人は姿を消したのか?


 他にもある。鴨尾は疑問に思った。


「当たり前のことを聞くが、被害者七人の中に犯人はいないよな」


 森が口に手を当ててプッと吹き出した。


「自分の首を切って胴体を消し、自分の頭を串刺しにできる超能力者さえいなければ」


「だよな。ということは、よな」


 森は「うんうん」と頷いた。鴨尾は勢いこんで続けた。


「その時点で理解不能だが、万が一入りこむことが可能だったとしよう。だとしても、犯人の行動は明らかにおかしい」


「ほほう。どこがです?」


「被害者を殺害した後、だ。。島は完全に隔離されているんだから。そうなれば、犯人としては万々歳じゃないか?」


 森が親指を立てた。


「首切り殺人には何か理由がないとおかしいですからね。いい着眼点です」


「さてはずっと前から気づいていたな」


 鴨尾が突っこむと、森は「はて、何のことでしょうか」とかわし、話を変えた。


「現在分かっていることから犯人の動きを想像してみましょう。まず、神々島に被害者たちを集める。自分もどうにかして侵入し、五人を絞殺。二人を出血死させる。全員の首を切断し、胴体を海に捨て、入水自殺する」


 妥当に思えた。が、森の話は終わらなかった。


「――あるいは、なんとかして脱出する。胴体は海に捨てたか持ち出したかは不明」


「まさか」


 首を振ったのは、双眼鏡で前方を見ていた勝海だった。双眼鏡を目から外した。


「そんなこと、絶対にできません。今回の台風は、中心部の最大風速が毎秒六〇メートル近い猛烈な台風です。軍用機でも飛べないでしょう。船だったとしても、巡視船のような特殊な大型船でないと無理です。もしそんなものを使ったら、確実に足がつきます」


「やっぱりそうですよね……」


 森が残念そうに肩を落とした。

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