第24話 人間のクズだな

「……もしかしたら全員殺人犯かもしれません」


 今度は鴨尾が唖然とする番だった。そんなわけ――。


 佐山が首を傾げた。


「殺人犯がなぜ刑務所ではなく島で殺されているんだ? 皆、三須田みたいに脱走したということかい?」


 勝海はかぶりを振った。


「語弊があったかもしれません。正確に言うと、人を殺した疑いをかけられたものの、アリバイがあったなどの理由で起訴されなかった人物たちです。三須田と小牧以外は」


 全員が殺人の容疑者だった。だが逮捕されずに生きている……。なんだか既視感があった。どこだっただろうか。


 森が深刻そうに眉根を寄せた。さすがの彼も興奮したりはしていなかった。


「『そして誰もいなくなった』みたいですね」


 それだ。鴨尾は推理小説に特別詳しいわけではないが、読んだことがあった。たしか、過去に殺人を犯した人物たちが孤島に集められ、一人ひとり殺されていく。そして、全員が死亡する物語。被害者は様々な理由で、殺人罪として裁かれることがなかった者たちだ。


 あまりにも状況が似すぎている。鴨尾の背筋に冷たいものが走った。佐山が舵を切りながら勝海に向かって言った。


「詳しく聞かせてくれないかな」


 勝海は「分かりました」と言って深呼吸した。パソコンを前に語り始める。


「まず、小牧秀俊の放火殺人事件からお話ししましょう。複雑な事件ではありません。被害者は向かいの家に住んでいた老人、さちゆきさん。小牧は事件当時は不良で、家の前で爆竹を使って遊んでいました。火田さんがそれを注意したところ、カッとなった小牧は火田さんにガソリンを撒き、爆竹を放りこみました。直後に大爆発。火田さんは死亡しました」


「人間のクズだな」


 鴨尾は怒りに体が震えた。


「それはいつごろの事件なんだ?」


「半年ほど前のようです。割と最近の事件ですね。でも、最近はショッキングな事件が多いのであまり話題にはなりませんでしたね」


「そうだな。俺は知らなかった。小牧は指名手配犯なんだよな。今の今まで逃げおおせていたのか?」


「はい。何らかの偽名を使っていたのでしょうね。おそらく神嵐館でも」


「面倒なことだな……」


 これでは、宿泊者リストを入手できてもどれが小牧か分からないだろう。宿泊登録にも当然偽名を使っていると思われるからだ。


「どんどん行こう。他の人物たちの過去を洗いざらい話してくれ」


 勝海は神妙な面持ちで頷いた。彼女は一枚の写真を掲げた。写っているのは、強面ではあるが、実践で強そうには見えないほっそりした顔の男だった。


「こちらが真渕智也です。神奈川県在住、二九歳。保険金殺人の容疑がかけられた過去があります。彼が妻であったさんに生命保険をかけた直後、里予さんは自宅の風呂で溺死しました。当然、真渕に殺人容疑がかかりました。しかし、事件当時真渕にはアリバイがありました。警察はアリバイを解くことができず謎のまま。動機以外の証拠がなく、事件は迷宮入りしました」


 本当に真渕が犯人なら、こちらも正真正銘のクズである。金のために妻を殺すとはどういう神経をしているのだろうか。というか、保険金殺人を企てるような人間は相手を妻だとは思っていないのかもしれない。つくづく恐ろしいものである。


 勝海が二枚目の写真を掲げた。生首なので気味悪さが勝ってしまうが、生前は誰にでも好かれただろうと想像できる女性だった。


「こちらは和泉美里です。大阪府在住、二五歳。こちらは小さなトラブルが原因とされている事件です。被害者は女友達であったかゆかわさん。彼女は和泉と他の何人かの友達と一緒に遊園地に行ったのですが、その際、みんなの前で和泉のことを『デブ』と言ってしまったようです。数日後、粥川さんは刺殺体で発見されました」


「えぇ……。デブと言っただけで?」


「はい。和泉にとっては嫌だったのでしょうね」


 それから、勝海は声を落として言う。


「ただ、和泉にもアリバイがありました。粥川さんが殺されたころ、別の友達とコンサートを見に行っていたというんです。でも、和泉が犯人なのは間違いないと思われました」


 鴨尾は首をかしげた。


「なぜだ? 今の話を聞いただけでは和泉さんが犯人とは到底思えないぞ。『デブ』と言われたから動機があるとするのは短絡的すぎる」


「たしかに動機は薄いのですが……被害者の近くに血文字のダイイングメッセージが残されていたんです。はっきり『みさとにさされた』と。筆跡も被害者のものと推定されました」


 そういうことか。でも、警察としてはアリバイがある和泉を犯人として扱うことはできなかった。結果、犯人とされながら普通に生きている。もし本当に犯人なのだとしたら、許しがたいことだ。


 勝海は次の写真に移った。まるまると太った顔の男だった。


「次に、井口弘です。岐阜県在住、三六歳。被害者は同僚だったなるかめさん。殺害方法は殴殺。大きなハンマーのようなもので殴られたようです。井口は成瀬さんに借金をしていたらしく、その辺のトラブルで殺害に至ったと思われました。ただ、井口には同じ時刻に駅にいたという証言があって、アリバイが成立してしまいました。他に動機を持っていそうな人物がおらず、結果迷宮入り」


 佐山が舵から片手を外し、顎に当てた。


「ふむ……。未解決の殺人事件というのも結構あるものなんだな」


「どう頑張ってもゼロにはできませんしねぇ」


 森が腕を組んで言った。勝海は井口の写真を抜いた。残りは二枚。


 勝海はそのうちの片方を掲げた。写っていたのは、ショートヘアでテキパキ働いていそうな引き締まった顔立ちの女性だった。


「こちらは遠藤恵子です。広島県在住、二五歳。和泉美里と同い年みたいですね。被害者は高校の同級生であったくまがいさん。高校時代に熊谷さんからいじめを受けていたようです。ですが、遠藤にもアリバイがありました。職場の同僚によると、犯行推定時刻にはリモートで繋がりながら残業していたというのです。ただ、事件前日、熊谷さんが友人に『明日、久しぶりに遠藤と会う』と話していたらしく、遠藤が犯人である可能性が濃厚です」


「全員アリバイで不起訴になった人物とは……。偶然のはずがないな」


 そう言ってから、ふと鴨尾は疑問に思った。


「勝海はこのこと、全部知っていたのか? まさか全未解決事件を把握しているわけではないだろう? なんで気づいたんだ?」


 勝海は何か怪しまれたと思ったのか、言い訳するように答えた。


「私、未解決事件が結構好きなんです。ミステリアスな感じがして。でも、もちろん全部知っていたわけではないですよ? 保険金殺人の真渕と、ダイイングメッセージの和泉が印象に残っていたんです。それで、もしかしたら全員同じように殺人犯の嫌疑をかけられた人物なのではと思い立っただけです」


「勝海が未解決事件なんかに興味があるとは意外だったな……」


 彼女はいつも仕事をテキパキとこなす。純然な海上保安官としてしか見ていなかった。彼女のプライベートや趣味についてはよく知らない。新たな一面を見たような気がした。あまり踏みこみすぎるのも良くないが。


 勝海は最後の写真を手に取った。写っていたのは、いかにも力強そうな女性だった。顔の肉が引き締まっている。鴨尾は武道家を連想した。


 勝海は険しい顔で深呼吸した。


「最後は、溝野望実です」

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