第23話 刑事課だって必要な仕事ですよ

「そんなの――わがままです」


 鴨尾は耳を疑った。追い打ちをかけてどうする。だが、天ノ川は気にする素振りなく「詳しく聞かせてください」というように上目遣いに森を見た。森は煮えたぎる怒りを抑えるような口調で続けた。


「刑事課だって必要な仕事ですよ。再犯を防いだり、被害者を救済したりする役目です。治安を守るのは、個人というより社会にとって必要な仕事です。天ノ川さんにはそれが見えていないのです」


「辛辣だな」


 思わず鴨尾は口を挟んでいた。森はハッと我に返り、いつもの穏やかな口調に戻った。


「すみません、天ノ川さんの意思を否定しているわけではありません。天ノ川さんと会えたのも、『いせしま』に来てくれたからですしね。ただ、刑事課の捜査が必要ないという考えは違うと思います。鑑識の存在意義まで否定された気分です」


「そんなつもりは……」


 天ノ川は森の話を聞いて再び黙りこんでしまった。鴨尾は「鑑識」というワードを聞いて思い出したことがあった。


「そういえば、森はどうしてここに来たんだ? 左遷されたとか言っていたが。お前には鑑識が合っていそうなものだ」


 森はいたずらっぽく尋ね返してきた。


「僕は航海科には合っていませんか? まだなじめていませんかねえ」


 鴨尾は慌てて否定した。


「そういう意味じゃない。鑑識をやめる理由はなかったんじゃないかってことだよ」


「まあ、ね。力量の問題ではないですよ。人事は僕のことが気持ち悪かったんだと思います」


「どういうことだ?」


「僕が左遷された原因も、例の密室殺人なんですよ」


 衝撃だった。そういえば、森がやってきた直後に天ノ川が入ってきた。二人とも同じ理由で『いせしま』に回ってきたらしい。


「僕、推理小説愛で言えば誰にも負けない自信があります。でもそのせいで密室殺人って聞いて興奮しちゃって……。しかもその事件に鑑識として回されたんですよ。もう大喜びです。実際に密室殺人が起こるなんて思わないじゃないですか」


「まさか事件現場でも大喜びしたんじゃないだろうな」


「アハハ。全くその通りです。不謹慎極まりないですね」


「……否定はしないな。俺が人事なら飛ばしたくなるかも」


「でしょうね。もちろん飛ばしたくなる気持ちは分かります。でもですよ、本当に飛ばすのは違いませんか。別に職務を怠ったわけじゃないんですよ。ちょっとひどいと思います。まあ『いせしま』ならいろいろ語りまくっても怒られないので、僕の居場所はここだと思ってますけど。鑑識だった頃は、無駄なストレスがたくさん溜まっていました。今は皆さん優しくて居心地がいいです」


 そんな風に思ってくれているとは思わなかった。実際はみんな、森の言うことは話半分に聞き流しているが、教えないでおこう。知らぬが仏というやつだ。


「お二人ともその密室殺人に思うところがあったんですね。なんだか新鮮でした」


 勝海が心底驚いたというように言った。新鮮だというのは同感だった。


 勝海と佐山とは三年ほどの付き合いがある。しかし、天ノ川と森は来てから一か月も経っていないので、よく知らなかった。このタイミングで聞けてよかった。鴨尾は会社でいえば一応上司のような立場だ。部下のことを知るに越したことはない。


 成り行きを見守りながら舵を切っていた佐山が、前を指さした。


「見通しが悪いがあれが本土だな。もうすぐ着くよ」


 目を凝らすと小さな街並みが見えた。鴨尾は佐山に尋ねた。


「本土に着いたらどういう動きになるんでしょう? 出動要請を受けた先の島上の殺人なんて経験がないもので……」


「さあ。俺に聞かれてもな」


 佐山としても初めてで勝手が分からないのだろう。森が人差し指を立てた。


「検視したとき、僕らで捜査していいみたいなことを芦原さん言ってませんでしたか。海上保安庁にも事件の捜査権限が与えられていますからね」


「となると、まず宇津保愛吾から話を聞くのが先決だな」


 目撃者などいるはずもない。が、宇津保愛吾なら何か情報を持っていそうに思えた。森も頷いた。


「そうですね。宿泊者リストを手に入れなければ話は始まりません。あ、そういえば」


 森はポケットから写真を取り出した。


「宿泊者で思い出しました。芦原さんから受け取った死体の写真です。勝海さんなら何か分かるかもしれません。物知りですからね」


 勝海に手渡した。勝海は唐突に渡されたグロテスクな生首の画像にたじろいだ。彼女は初めて見るのだから当然だ。


 だがすぐに持ち直し、「これが三須田で、これが小牧ですね」と言いながら二枚を引き抜いた。一目見て分かるあたりさすがである。鴨尾は三須田の顔さえあやふやだったのに。


 勝海は五枚の写真を近づけたり遠ざけたりしながら観察した。台風のせいで顔がかなり損壊していて、判別するのは難しいだろう。


 だが、一枚の写真を見て勝海は驚愕したような表情になった。彼女は慌てて他の写真も観察した。しばらくそうしてから、


「居室にパソコンがあるのですが、持ってきても構いませんか?」


 と佐山に尋ねた。佐山がゴーサインを出したので、勝海は操舵室から駆け出た。


「何か気づいたのかな?」


 佐山が誰にともなくつぶやいたが、鴨尾は「さあ」と首を傾げるしかなかった。森も興味ありげだったが、何も言わなかった。天ノ川は相変わらず無関心そうにレーダーを眺めている。


 勝海が戻ってきた。すぐにパソコンを開き、何やら操作し始めた。情報リテラシーのない鴨尾には何をしているのかさっぱり分からない。ただ、パソコンで画像検索にかけているように見えた。


 勝海はハッとしたように目を見開いた。次の瞬間、すべての写真を床に落としていた。


「どうした。大丈夫か?」


 勝海は唖然としたまま固まっていた。鴨尾が顔の前で手を振ると、ようやく我に返った。勝海がおそるおそるといった様子で言った。


「……もしかしたら全員殺人犯かもしれません」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る