被害者の過去 (海保パート)
第22話 裏切り者は◯◯です
「〝裏切り者〟は休憩室でタバコを吸っていた白石警部補です」
天ノ川が何でもないことのように言った。
「以上です」
「いや待て待て。なぜ白石警部補と分かる?」
鴨尾は慌てて止めた。天ノ川は目をぱちくりさせた。
「そこが大事ですか?」
「そりゃ大事だよ。気になるだろ」
天ノ川が深呼吸してから言った。
「ポイントは扇風機です」
鴨尾には何の話をしているのか分からなかった。表情から察したらしく、説明を付け加えてくれた。
「取調室にあった扇風機です。宮浜警部補が三須田の取り調べをしていた時点では、背中から風が当たっていました。なのに三須田脱走後、花園警部に呼ばれたときに扇風機の首を寄せなければなりませんでした。扇風機に首振り機能はないのに」
鴨尾は開いた口がふさがらなくなった。そんな単純なことかい。
「宮浜警部補本人のお話ですから、この事実は信憑性が高いでしょう。宮浜警部補が取調室を出ている間に誰かが扇風機に触ったことになります」
「それで?」
「すなわち、取調室に入ってきた誰かが扇風機にぶつかった、ということになります。取調室で扇風機に触る必要があったとは考えにくいので、偶然ということになると思います」
そういうからくりか。言われてみれば簡単なことだった。鴨尾は納得したが、森がすかさず突っこんだ。
「待ってください。三須田が脱出するときにぶつかったという可能性もあるんじゃないですか?」
天ノ川は首を振った。
「宮浜警部補は扇風機の首を左手で後ろ手に寄せました。すなわち、扇風機の首は向かって右向きに傾いていたことになります。また、出入口は中から見て左側にあります。ということは、ぶつかり方としては外から入ってきた人が、扇風機の向かって左側面にぶつかるしかありません」
森が「ほう……」と感心したようにつぶやいた。
「白石警部補しか取調室に入れないから、彼女が〝裏切り者〟というわけですね」
「そうです。これで納得ですか?」
天ノ川が聞いてきたので、鴨尾は頷いた。聞いてみれば、何ということはない推理だ。だが、天ノ川は話を聞いた瞬間にこれに気づいたわけだ。彼女にとっては片手間なのかもしれないが、鴨尾は素直に感心した。
天ノ川は最後に付け足した。
「でも先ほど申し上げた通り、白石警部補は今回の殺人の真犯人ではないと思います。真犯人は、扇風機に体をぶつけて放置するようなドジではありません。断言してもいいです。白石警部補は金で買われたか脅迫されたか、その辺りでしょう。以上です」
捜査資料を読み上げたかのように締めくくった。森が目をキラキラさせた。
「すごいですね! 天ノ川さんがいれば今回の殺人事件もきっと解決ですね!」
褒められても、天ノ川は口をつぐんだままだった。森はなおも前のめりになる。
「事件について、何か考えていることがあるんでしょう? 目を見たら分かりますよ」
天ノ川はギクリとしたようだったが、黙ったままだった。森はじれったそうに天ノ川の背中を叩いた。
「天ノ川さんももっと素直になりましょうよ。口を真一文字に結んでないで。真結だけに」
面白くもない洒落をかまされ、天ノ川は頬を膨らませた。
「そんなんじゃないです」
小さな関西弁が混ざった。天ノ川は京都出身だったはずだ。普段は標準語だが、動揺したときなど、時々関西弁が紛れこむ。
森が言葉を重ねる。
「じゃあどうしてそんなに消極的なんですか? 刑事課での噂はかねがね聞いていましたよ。鑑識でも有名でした。船上で発生した密室殺人を解決したのも天ノ川さんだとか」
それを聞いて、天ノ川はなぜか唇を噛んだ。
「私がなぜ刑事課をやめたのか、ご存じですか?」
「えっと……というか、自分からやめたんですか? 初耳です」
森は目を泳がせた。
「鑑識官で証拠集めに徹していた僕にとって、天ノ川さんはあこがれの存在でした。やめる理由なんて全く……」
「原因はその船上の密室殺人です。私は犯人が分かったし、トリックも分かりました。犯人は私が解いた時点では全く疑われていない人物でした。逮捕に動き出した我々は、犯人がある崖の上にいると突き止め、捕まえようとしました。すべては私の進言で極秘裏に行った捜査でした。そうしたら、どうなったと思います?」
鴨尾は戦慄した。森も唾を飲みこんだ。
「なんとなく察しがつきました」
「お察しの通りでしょう。犯人は我々に嗅ぎつけられたことに気づいた途端、投身自殺しました。被疑者死亡であっけなく事件は幕を閉じた。そのことで私は刑事課幹部からは厳重注意を受けました。しかしその段階では、反省はしていたものの、次の事件でこの経験を生かせればよいと考えていました。注意を受けた翌日、私は密室殺人の被害者遺族と面会しました。謝罪の弁を申し上げたうえで、『真相は私が論理的に暴きますのでお任せください』といったことを口走りました。すると遺族の方は何とおっしゃったか想像がつきますか?」
誰も答えようとしなかった。
「『あんたの机上の論理なんかより、犯人からの一言のほうが我々には価値がある。あんたが殺したせいでそれは永遠に叶わない。被害者の気持ちも分からないのなら、犯罪には関わるな』と。それ以降は、何を話したのか、どう話が終わったのか、よく覚えていません。それから、刑事課の捜査というのは全て事後処理にすぎないのではないか。そんなことをするくらいなら、助けを求めている命を一人でも多く救う方がよいのではないかと考えるようになりました。だからここに移ってきたわけです。人事に異動を命じられた体になってはいますが、私は自分の意志でここにやってきたと考えていただいて差し支えありません」
天ノ川は一気に吐き出すように言ってから視線を落とした。
「すみません。私事に付き合わせてしまって」
ここまで感情的になった天ノ川は初めて見た。相当骨身にこたえた出来事だったのだろう。
鴨尾は慰めの言葉を掛けようとした。しかし、肩をわなわなと震わせた森に遮られた。
「そんなの――わがままです」
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