第21話 この島を脱出するのよ

 黒栖と町谷を引っ張り出し、五人が再び食堂で一堂に会した。


 美里が遠慮がちに口を開いた。


「実際に殺人が起きてしまうとめっちゃ言いにくいんやけど、美里、アリバイを作ってたんよな」


 彼女は懐から例のデジカメを取り出し、食卓に置いた。その映像は、食堂で黒栖と別れるところから始まっていた。


「四〇分ぐらいあるから二倍速で再生するな」


 映像では、美里が二〇三号室に入り、荷物から折り紙を取り出した。備え付けの長机に座る。そして、一枚の普通の折り紙から何やら折り始めた。


 できあがったのはハリネズミだった。細かい背中のトゲまでリアルに再現されていた。器用なものだ。「ハリネズミを一枚の折り紙で折ってみた!」みたいな見出しをつけてこのまま動画投稿サイトに上げても遜色なさそうな出来だった。


 ちょうどハリネズミができあがったタイミングで、美里は机から立ち上がった。カメラを持ってドアに近づく。ドアを開けると私と恵子が現れた。さっき交わした会話が動画上で流れる。私が町谷の部屋の前に立った直後あたりで、動画は切れた。


「美里ずっと写ってるやろ。つまり美里は犯人ちゃうってことや」


 町谷が拍手した。


「容疑者から完全に外れましたね。犯人に恨まれそうなレベルの完璧さです。ですが、ちょっと待ってください」


「何や。美里のアリバイに文句でもあんのか?」


「いえいえ。私が言いたいのは、私にもアリバイが生まれたのではないかということです」


 何だって……? 町谷にも新たなるアリバイができた? 私は思わず尋ねた。


「どういうことですか?」


「私は和泉さんの隣の部屋でずっと口笛の練習をしていました。動画にその音が入っていたら、私が部屋にいた証拠になりませんか」


「たしかに……そうですね」


 私は頷くしかなかった。美里が思い出したように言った。


「そういえば、隣から口笛聞こえてきてうるさかったな。音は綺麗やけど、ずっと鳴ってるとうっとうしかったわ。折り紙に集中できんかった。あ、動画再生してみる?」


 動画を流してみると、たしかに一分ほどの途切れはいくつかあるものの、口笛が断続的に続いていた。真渕を絞殺するのに一分ではさすがに無理だろう。町谷には真渕を殺すことが不可能だ――いや、ちょっと待った。


「先に口笛を録音しておけばいいんじゃないですか?」


 私の挑戦的な発言に、町谷が面白がるような口調になった。


「ほう。私を疑っているんですか?」


「アリバイとしては不完全ではないかと言いたいだけです。もしも町谷さんが犯人なら、口笛を録音するぐらいいつでもできたでしょう」


 町谷はにやりと笑った。


「よーく思い出してみてください。和泉さんが自撮りしていたことを私は知っていましたか? 私は溝野さんと和泉さんが井口さんの遺体を調べている間に部屋に戻りました。知りっこありませんねぇ」


「和泉さんの自撮りを知らなくても問題ありません。重要なのは、和泉さんに口笛を聞かせることです。動画に残されていなくても、和泉さんが『隣からずっと口笛が聞こえていた』と証言してくれればいいのです。それを目的として録音しておいた可能性は否定できません」


「なかなか細かいところを突いてきますね。ではこんなのはどうです? 私は、和泉さんが隣の部屋になることを知っていたかどうか」


「はい?」


「和泉さんが二〇三号室にすると決めたのは私が決めた後です。私は和泉さんの部屋決めに何も口出ししていません。ですよね、和泉さん」


「それは、せやな。美里が勝手に二〇三号室がいいと思っただけで」


「ということです。残念ですが、私のアリバイも完璧です」


 私は頭を働かせた。


「和泉さんが二〇三号室に入ったのが偶然なら、それより後に録音すればいいのです。井口さんが発見される前、全員自分の部屋にいましたよね。その時に録音することもできたはずです」


「そんなことをしたら隣にいる和泉さんに丸聞こえでしょう」


「小さな音で録音しておいて、流すときに音量を上げればいいだけです。できなくはないですよね」


「机上の空論ですね。そんな可能性を考える前にもっと怪しい人物がいるでしょう。というか、私を無理やり追い詰めようとしている溝野さんの方が怪しく見えますよ」


 私はハッとした。周囲の懐疑の目は、町谷ではなく私に向けられていた。そうだ。無理に理屈をこねくり回したら、自分が怪しまれる側に回るのだ。


「私には……井口さん殺害のときのアリバイがあります」


「それは私も同様ですよ」


 完敗した。町谷が一枚も二枚も上手だった。町谷は勝ち誇った顔で話題を変えた。


「でもね、私も一番怪しいのが溝野さんだなんて思っていません。おっしゃる通り、溝野さんには井口さん殺しのアリバイがありますから。その点で言うと、どちらにもアリバイがない遠藤さんと黒栖さん。あなた方が怪しいのです。特に遠藤さん」


「わ、私じゃないわよ。なんてことを言うの」


 恵子が狼狽した。彼女は美里に向かって言葉をぶつける。


「そのアリバイの作り方、なんで教えてくれなかったの? 言ってくれたら私もやったのに……」


「ごめん。犯人に手の内を見せたくなかったから、言い出せんかった」


 美里は申し訳なさそうに頭を搔いた。恵子は涙目になりながら当たり散らす。


「犯人は黒栖くんよ。私じゃないもの。ほら、私には動機がないでしょう? 黒栖くんは、得体の知れない人を六人も集めて何がしたいの?」


「さあな。答えるつもりはない」


「怪しさMAXじゃない。犯人は黒栖くんよ」


 恵子は耐えかねたように立ち上がった。私はその手を掴んだ。


「どこに行くんですか。単独行動は危険です」


 恵子はため息をついた。


「この島を脱出するのよ。何か方法があるかもしれないでしょう? 何事もやってみなくちゃ分からないわ」


 有無を言わさぬ口調だった。彼女は私の手を振りほどき、ロビーの方へと歩いていった。

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