第20話 自分の身は自分で守らんとな
https://kakuyomu.jp/users/kouyadoufu999/news/16818622173453505226
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ドン、ドン、ドン。ドン、ドン、ドン。
私は飛び起きた。背中は汗びっしょりだった。布団は乱れ、枕は湿っていた。血にまみれた夢が脳裏によみがえる。なんという悪夢だ。
「溝野ちゃーん」
「ヒッ」
喉の奥から出したことのない声が漏れた。ドアが何度も叩かれる。どうやらノックは現実のものらしい。
「はい、私はここにいます」
ドア越しに聞こえるよう、声を張り上げた。
「よかった。ちょっと出てきてくれない? もし怖かったら、武器になるようなものを構えていてもいいわ」
声の主は恵子だった。私はドアに近づき、チェーンを掛けたまま開けた。恵子がこちらを覗き返した。彼女は両手の手のひらを私に向け、何も持っていないことを示した。
「私は遠藤さんを信用しています。武器を向けるなんてできません」
私はチェーンを外し、ドアを開けた。すると恵子が襲いかかって――くることはない。廊下にいたのは恵子だけだった。こんな時間にどうしたのだろう。というか、
「今、何時ですか?」
「一五時よ」
三〇分ほどしか寝ていないらしい。まあ昼寝にはちょうどいいだろう。
「どうされたんですか? 何か問題が発生しましたか?」
「そういうわけじゃないんだけれど……。溝野ちゃんは心配にならないの? 一人で部屋で過ごしていると周りの情報が遮断されるじゃない? だから時間に取り残されてる感じがするというか何というか……」
「分からなくもないです。でも、私は何も知りませんよ」
「溝野ちゃんが生きてることが分かったからひとまずOKよ。要は、誰か殺されていたりしたら怖いなって」
「連続殺人だなんて誰も言ってませんから、大丈夫ですよ。たまたま井口さんに恨みがあったから殺した。そういう解釈が一番自然だと思います」
「何だか気になっちゃって……。溝野ちゃん、他の四人の生存確認に付き合ってくれない?」
「いいですよ。全員生きてるに決まってますけど」
私はあくびを噛み殺しながら言った。眠気がまだ少し残っていた。
「もしかして寝てた? ごめん、起こしちゃったみたいね」
「いえいえ。気になさらなくて大丈夫です」
まず、美里と町谷のところに行くことにした。階段を上って左に曲がる。二〇三号室の前に立ち、恵子がドアをノックすると、
「……誰?」
美里から返事があった。その声は敵意に満ちていて、まるで別人のように低かった。
恵子は明るい声で言った。
「私と溝野ちゃんよ。生きてるならいいの」
すると、ドアが少しだけ開いた。美里が顔を覗かせた。彼女はなぜかデジカメで自撮りしていた。恵子も不思議に思ったようだった。
「そのカメラは何かしら?」
「もし次に誰か殺されたら、疑われたくないやん。だからアリバイを作っておこうと思ってさ。ずっとカメラ回してんねん」
「賢いわね。たしかにそうすれば疑われないものね」
「せやろ。自分の身は自分で守らんとな。で、恵子ちゃんたちは何やってんの? みんなが生きてるか確認して回ってるん? なら美里も付き合ってあげるわ。隣の部屋には町谷がおるはずやで」
美里が指さした。私はいち早く二〇四号室に近づいた。すると、中から綺麗な音色の音楽が聞こえてきた。笛のような音だった。私がドアを叩くと、その音がピタリと止んだ。チェーンを掛けたままドアが開いた。町谷が不快そうな表情で言った。
「何ですか。まさかおやつの時間とか言わないでしょうね」
私は首を振った。
「生きてらっしゃるかどうか確認に回っているだけです。何も問題はありませんか?」
「私が死んでいるとでも?」
「一応の確認です。問題なければ問題ありません。笛吹いてるところ邪魔してすみませんでした」
「笛というか口笛ですよ」
町谷は口笛で「ホーホケキョ」とウグイスの鳴きまねをした。恐ろしく上手かった。町谷は部屋にいたいと言うので、私たちは三人で黒栖と真渕の部屋へと向かった。
階段を降り、ロビーを通りすぎてまた階段を上る。上り階段に差し掛かったところで、私はぼやいた。
「めんどくさいですね。この建物の構造」
「ほんまやで。デザインがいいんか知らんけど、建てた人は何考えてたんやろな」
神嵐館を建てた人――。私はここに来る前に前情報として調べていた。噂はかねがねの宇津保和良氏である。筋金入りの変人不動産屋だったと聞く。
おそらく神嵐館の構造は圧倒的に普通の部類だ。宇津保和良氏は、たしか渦巻みたいなものとかバイオリンみたいな形の建物も所有していたはずだ。住んでみたいとは全く思わない。
階段を上りきると、すぐ異変に気がついた。
真渕がいるはずの二一七号室の扉が開け放たれていたのだ。殺人犯を一番警戒していた真渕のことだ。無防備に部屋を開放しているはずがない。黒栖への確認は保留し、三人は二一七号室を覗きこんだ。
そこには、生気を失った真渕がうつ伏せに倒れていた。私はひざから崩れ落ちた。
「なんで、なんで……」
私はひざまずいたまま、拳を廊下に叩きつけた。恵子が呆然とした表情のまま、そっと背中をさすってくれる。
美里が拳を握った。
「まだ息があるかもしれんやろ。確かめてみるまでは分からんねんから」
そう言いながら、美里は真渕に近づいていった。彼女は真渕の手首を取り、親指を押しあてる。やがて、首を振った。
「あかん……。脈がないわ。首のところにロープの跡がついてる。絞め殺されたみたいやな」
私は座りこんだまま、真渕の周囲を軽く見回した。不自然な点は見当たらなかった。凶器らしきものは残されていない。井口のときと同じく、証拠を残すようなことはせずにただ淡々と殺したのだろう。本物の殺人鬼だ。
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