第18話 殺人犯と一緒にはいたくない

https://kakuyomu.jp/users/kouyadoufu999/news/16818622173453505226

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 部屋では、井口が発見されたときと同じ状態で仰向けに倒れていた。苦悶の表情が死んだときのまま残っていて、まともに目を向けられない。


 周辺を観察する。部屋の構造は私の一〇二号室と同じだ。長机が右側に、ベッドが左側にある。奥には小さな窓。井口の荷物はベッドの横に置かれていた。物色されている形跡はない。中を軽く探ると、財布が出てきた。


「何やってんの?」


 美里が横から覗きこんでいる。証人という立場なので、私の行動を見ておかないと意味がないからだろう。


「お金を盗んだわけではないみたいですね」


「さすがになぁ。こんな場所で金盗ったってしゃーないわな。しかも人を殺してまで」


 私は首肯し、井口の遺体の方に体を向けた。フラッシュバックが起こらないか少し怖かったが、覚悟ができていたので大丈夫だった。


「首に索条痕があるとか言ってましたけど……あ、これか」


 私は首元にロープの跡のようなものを見つけた。よく見ると、近くに引っかき傷も見て取れた。井口がロープを外そうとしたときにできた傷だろう。その数は二〇個以上に及んだ。必死に生き延びようとしたのだろう。何もできない自分にもどかしさを覚えた。


 井口の顎をそっと触ってみる。わずかに硬くなっていた。死後硬直が始まっているようだ。


「どう?」


 美里が静かに尋ねてきた。私は「犯人に関する収穫はなしですね」と口を尖らせて答えた。美里は残念そうな表情を作った。


「悔しいけど、そんなもんやろ。犯人は部屋に入って、井口を絞め殺して出ていっただけやろうからな。証拠が残る方が不思議や」


「その通りですね。指紋採取もDNA鑑定もできない素人には、犯人特定は無理でしょうね」


 しかたない。所詮そういうものということだろう。


「納得できました。お騒がせしてすみません。食堂に戻りましょう」


「騒いだってほどでもないで。死体を確認しておきたいってのはある意味普通の反応やと思う。一緒に犯人見つけよな」


 美里が拳を差し出してきたので、私も合わせた。


 食堂に行くと、食卓に座っているのは黒栖と真渕だけになっていた。二人とも考え事をしているようだった。美里が黒栖に尋ねた。


「恵子ちゃんと町谷はどこ行ったん?」


「遠藤は『殺人犯と一緒にはいたくない』とか言って一〇七号室に帰った。町谷もそれに続いて二〇四号室に戻った」


「美里も部屋に戻ろっかな。望実ちゃんは?」


「そうですね。私も戻ります。しっかり鍵を掛けておきます。あ、そういえばマスターキーはどうしたんですか? あれがあったら誰かに入ってこられそうで怖いです」


「マスターキーは町谷が持っていった。アリバイがあるからな」


 黒栖は納得しているようだったが、真渕は舌打ちした。


「あんなクズに持たせたらろくなことにならねえって言ったのによ」


「お前が持つよりはよほどマシだろう」


「あん? やんのかオラ」


 口ではそう言っているが、攻撃する気はなさそうだった。たぶん真渕と黒栖が丸腰で戦ったら真渕に勝ち目はない。体格やパワーは明らかに黒栖が勝っている。


 黒栖は盛大に無視した。


「俺も部屋に戻ろうと思う。殺人犯と一緒にいるのが嫌だというのは遠藤と同じだ」


 真渕は無視されて不機嫌そうだったが、


「その点は俺も同感だ。誰が来ても、鍵は絶対に開けねえ。こんなところで殺されてたまるか。もし犯人っぽい奴が来たら、大声で叫んでやるぜ」


 と言いながら立ち上がった。こうしてお食事会はお開きとなった。


 私は一〇二号室に戻った。小さな窓から外の景色が見えた。昼とも夜ともつかない薄暗い空間が広がっている。今は何時なのだろう。ベッドの横にデジタル時計が置かれていた。一四時半を示していた。


 窓に近寄って視線を下げた。海はどす黒い獣と化していた。波が荒れ狂い、こちら側の崖にも絶え間なく押し寄せている。時間とともに崖が削り取られているのだと思うと、地盤は大丈夫なのかと心配になる。最悪の場合、地面が崩壊して館ごと海に飲みこまれるのではないかとさえ思ってしまう。


 ネガティブな想像ばかり膨らんだ。精神的にかなり疲弊しているようだ。私は窓から目をそらした。ようやく得られたプライベートの時間。疲れを取らない手はない。


 昼寝にはもってこいの時間帯である。ドアの鍵がかかっているかもう一度確認してから、私は白い枕を抱いて眠りに落ちた。

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