第二の被害者 (神々島パート)

第16話 ま、私が死んだらそれまでです

神嵐館の見取り図↓

https://kakuyomu.jp/users/kouyadoufu999/news/16818622173453505226

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 吹き抜けを渡ることはできないと証明され、生存者六名は食堂に集合した。全員、食卓を囲んでうつむいている。各々が思いにふけっているようだった。


 重たい沈黙を破ったのは、恵子だった。


「昼食……どうするの?」


「食べたいです」


 私はすかさず賛意を示す。実を言うと、死ぬほどお腹が空いていた。殺人に持っていかれて言いそびれていたが、私の胃は空っぽだった。朝ご飯は船酔いで丸ごと吐き出してしまっている。


 もちろんものを食べたい気分ではない。が、だからといって食欲がなくなるわけではない。


 しかし真渕はふんぞり返って言い放った。


「殺人犯かもしれねえ奴の料理なんか誰が食うか。毒が入ってるかもしれねえぞ」


「んなわけないでしょ」


 恵子が反論するが、真渕は聞く耳を持たない。


「俺は自分が犯人じゃないことを一番分かってる。そうなると、あんたか黒栖かが犯人なんだよ。誰がそんな賭けをしてまで昼飯なんか食うか」


「料理に毒が入ってたら私が犯人ってバレバレじゃない。私が犯人ならそんなことしないわ」


「分からねえだろ。同時に皆殺しにするのかもしれねえ。俺としちゃ、念には念を入れて警戒しているだけだ」


「話にならないわね」


「別にあんたにしか毒を盛る機会がなかったわけじゃない。誰かがこっそり冷蔵庫に近づいたのかもしれねえ。本当のところは犯人にしか分かんねえだろ。別に黒栖を名指ししてるわけじゃねえけどよ」


「まあ、たしかに……」


 恵子が押し黙った。とはいえ、ご飯を食べずに最後まで乗り切るのはいくらなんでも無理だろう。どこかで食べなければならないタイミングが来る。


 このままじゃ埒が明かない。そう感じた私の口が動いた。


「じゃ、私が毒見をします。それでよろしいですか?」


「えっ」


 真渕が目を丸くし、恵子も口をあんぐりと開けた。美里が慌てて止めようとする。


「あかんあかん。なんで望実ちゃんがそんな危ないことしなあかんねん。やるにしても男にやってもらわんと」


「でも、したい人いないでしょう? 別にそんなことに男女は関係ありませんし、毒を盛る人なんていないと信じています。そもそも仮に毒が盛られていたとしても、誰が食べるか分からないわけですから、無差別殺人ということになります。井口さんをターゲットに絞殺したのと、釣り合わない気がします」


「理論的にはそうかもしれんけどさ……」


「ま、私が死んだらそれまでです。運命として受け入れましょう」


 私は席を立ち、冷蔵庫の方に歩いていった。今度は、わざわざ止める人はいなかった。みんなも食の安全を確認したいのだろう。お腹が減っているのは同じはずだ。


 冷蔵庫の中には、思いのほか豊富な品々が入っていた。オムライスや焼きそば、ハンバーグ、パスタなど。恵子には料理をしていたアリバイがあるとか言っていたが、これらを短時間で作るのはたしかに無理そうだった。


 とても毒が入っているようには見えない。一番手前のオムライスの甘い香りが鼻孔をくすぐった。私はそれを取り出し、食卓まで運んだ。


「では食べますね」


 周りの注目を集めながら、卓上にあったスプーンを手に取った。大きく深呼吸してから、思いきって口の中にたまごとライスを放りこんだ。もぐもぐ噛む。変な味はしない。ごくりと飲みこんだ。


 一分、二分、三分。


 私は拳を固くしたまま座っていた。――何も起きない。


 周囲には徐々に安堵の表情が広がった。


「大丈夫――そうですか?」


 町谷が心配そうに眉をひそめた。私は両手を広げた。


「なんともありません」


「よかったわ……」


 恵子が胸をなでおろした。もし毒が入っていたら、彼女は多少なりとも責任を感じただろう。そこから来る安心感のように見えた。


 私はもう一度スプーンを伸ばしながら言った。


「オムライスが一番取りやすいところにありました。その中に毒が入っていないということは、他のものにもないと思います。怖ければ食べなくてもいいですが、今のうちに昼食を取っておいた方がいいと思います」


 すると、黒栖が手を挙げた。


「一つだけいいか。この中にアレルギーがある者はいるか? もしもいるなら、話が変わってくる」


「どうしてですか?」


「アレルギーがある人は食べ物を選ぶから、無差別殺人とは言い切れなくなってくるのではないか。たとえば卵アレルギーの者を狙っているなら、オムライスには毒を入れないだろう」


 その可能性は考えていなかった。


 しかし、アレルギーがあると言いだす人はいなかった。黒栖はしばらく待ってから言った。


「いないのなら別に文句はない。俺も腹が減った。軽い腹ごしらえはしておこうと思う。溝野の勇気も生かしてやらないといけない」


「それは、せやな。せっかく望実ちゃんが命を賭けてくれたのに、食べへんなんかもったいないよな」


 美里も自分に言い聞かせるような口調で同意した。町谷も頷いた。


「溝野さんの勇気は認めましょう。私も正直、空腹のせいで吐き気を催していたところです。真渕さんも食べときましょうよ。後悔しても知りませんよ」


 真渕は流れに反して、ケッと嘲笑した。


「てめえら、簡単に騙されてんじゃねえぞ。溝野が犯人だったらどうする。オムライスに毒が入っていないことを最初から知っていたのかもしれねえ。否定する根拠はどこにある?」


「あなたの頭のネジは馬鹿になっているようですね」


「あぁ? 誰が馬鹿だぁ?」


「文字通りの意味ですよ。あなたほど短絡的な人間は初めて見ました。私と溝野さんと和泉さんには完璧なアリバイがあるんです。何よりも強力な、ね」


「いや、だからそれは――」


 町谷は真渕の口を右手で塞いだ。


「もう結構です。あなたは黙っていてください。さあ、こんな天の邪鬼は抜きでお食事会としましょう」


 町谷は立ち上がり、ずかずかと厨房へ歩いていった。他の三人も続いた。

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