第21話 アルヴィーとポポ

 

 アルが目を覚ましたのは、太陽が空高く昇ってからのことだった。ふと自身の耳に違和感を覚え、耳のあたりをなでると、冷たい金属の感触があった。上体を起こしてあたりを見回すと、自分以外にもう1人患者がいることが分かった。あの侵入者である。右手右足を手錠でベッドにつながれ、見るからに厳重に管理されていた。当の侵入者本人はすっかり目覚めていたようで、天井をじっと見つめていた。


「おう、起きたか。」


上からくぐもったブレイブの声がした。いつの間にかベッドの隣にブレイブが立っていた。アルは目をこすりながら口を開いた。


「ここは?」

「集中治療室、この病院内じゃいちばんましな部屋だ。お前、2日は寝てたんだぞ。」

「2日!?」


あまりに衝撃的な数字に、アルは飛び上がりそうなほど驚いた。


「その間病院は?治療は?大丈夫だったんですか?」

「安心しろ、不思議なことに向こうからの攻撃がやんだ。ここ数日は平和さ。それより…耳だ。この環境だ。傷がふさがる前に細菌が入ってしまってな、やむなく切り落としたんだ。」


ブレイブは唇をかみ、深々と頭を下げた。


「すまない、命を救ってもらったのにもかかわらず、俺たちの力不足で。」


アルは慌てて首を横に振り、元気であることを表現するために、精一杯の笑顔を作った。

「いえ、むしろ命を助けてくださりありがとうございます…しかしどうして急に攻撃が…」

「俺が返ってこねえからだな。」


不意に男の声が聞こえた。隣のベッド、あの侵入者だ。どこに隠していたのか、酒の小瓶を取り出してちまちまと中身を飲んでいる。ブレイブは彼をキッとにらみつけた。


「起きていたか…永遠に寝てくれていてもよかったんだが。」

「あいにく頑丈なもんでな、あんたが寝かしつけてくれたって良かったんだぜ?」

「悪いが正規の軍隊は捕虜だとしても丁寧に扱わなきゃならんのだよ。傭兵とかにゃ縁がない話かもしれんがな。」

「これがその丁寧な扱いってやつか?」


侵入者は外した手錠を見せつけた。


「!貴様、どうやって!」

「世界一の大国にしちゃ、ずいぶんぼろいもん使ってんだな。簡単に外れたぞ?」

「言わせておけばこいつ…!」


だんだんと怒りが強まるブレイブと、さらに煽り立てる侵入者。本来ならばブレイブをどうにかなだめようと試行錯誤するものなのだろうが、アルの心はこの時、別の場所にあった。アルは改めて侵入者の姿を見たとき、違和感を覚えた。体のどこにも包帯や治療跡がないのだ。それに彼の動きはまるでけがなどしていないように軽やかだ。アルの中に、彼への興味が湧き始めた。


「あの…」

「どうした?どこか痛むか?」

「いえあの、席を外していただいてもよろしいですか?彼にいくつか聞きたいことがあって。」

「正気かおまえ!相手のことわかってんのか!?」

「わからないからこそ聞いてみたいのです。興味が湧いてきました。」


ブレイブは苦虫をかみつぶしたような顔になり、数秒間うんうんとうなった。


「…いいだろう、今回はお前に助けられた恩もあるしな。」

「ありがとうございます。」

「だが何かあれば声を出して知らせろ!それだけは約束だ。」

「もちろん。」


ブレイブが部屋を出て行ったあと、アルは侵入者のほうへ向いた。


「君、名前は?」

「名乗るようなもんは持ってないんでな、好きに呼びな。」

「…わかった。じゃあ出身は?」

「さあ?昔のことは覚えてない。」

「じゃあ年齢は?職業は?」

「質問1つにつき酒1つだ。それがなきゃ答えねえよ。」

「フフ…アハハ!」


アルは思わず笑いだしてしまった。このぶっきらぼうに質問をあしらう姿が、初対面のエルにどこか似ていておかしくてしょうがなかったのだ。


「何がおかしい?」

「いや失礼、昔のことを思い出していたもので…」

「へえ、笑える過去って事かい。どうやら恵まれた人生を送ってきたらしいな。」

「…さあ、どうだろうね。」


アルは侵入者から目線を外し、ドアのほうを見つめた。


「簡単に言えば厄介払いさ。家族にとって必要なかったから、こんなところに送り込まれたんだ。」

「…へえ、じゃあ俺たち意外に似た者同士かもな。」

「君もそうなのかい?」

「じゃなきゃ敵陣に単独突撃なんて命じられるかよ。今となっちゃどうでもいいがな。」

「そうか…」


アルは顎に手を当て深く考え込むと、急に侵入者のほうを向いていった。


「そういえば君、ずいぶん強いみたいじゃないか。たった君1人にかなり手を焼いた。どこかで訓練してたのかい?」

「そんな立派なもんじゃねえよ。」


侵入者はグイッと酒を飲み干し、ベッドに横たわって天井を見つめた。


「…俺は異形だ。聞いたことあるだろ?俺の力がたまたま喧嘩で役に立ってるだけで、俺自身はそうたいしたものじゃない。むしろ厄介払いの経緯を考えりゃ、こんな力ないほうがありがたいかもな。」

「なるほどね。」


アルはにやつきながら話を聞いていた。


「…何にやついてんだ?」

「いや、最初に比べてずいぶん素直に話してくれるなと思ってね。うれしくてつい。」

「…なんだそりゃ。」


侵入者は照れ臭そうに頭を掻きながら、上体を起こしてアルのほうを向いた。


「俺の話は終わり。次はあんたの番だ。」

「私かい?」

「そうだ。あんたいいとこの生まれだろ、所作でわかる。男っぽい格好してるけど女だ。年も若い、どう考えてもこの場にいるべきタイプの人間じゃねえ。なんでこんなところにいるのか、聞かせてもらおうじゃねえか。」

「…驚いた、見ただけでそんなにわかるものなのか。」


アルは呼吸を整え、自分の身の上話を始めた。パーカー家のこと、父と母のこと、エルのこと、家を追い出されたこと…嘘偽りなく、おおざっぱではあるがすべて話した。侵入者は最初こそ適当に聞き流していたが、最後のほうには身を乗り出して聞き入っていた。


「という経緯だ。これでいいかな?」

「…ああ、十分だ。ありがとうな。」


侵入者は再びベッドに横たわった。


「お互い、苦労してるみてえだな。」

「ああ、似た者同士さ。」

「似た者同士、か…」


侵入者は大きく息を吐いて目を閉じた。目尻からうっすらと涙が流れていた。アルは顎に手を当てて少し考えこんだ後、侵入者のほうを向いた。


「君、この戦争が終わってからのことは考えてるのか?」

「大方このまま処刑されて終わりだろ。考える価値もない。」

「いや、君の襲撃による犠牲者数と、君のこれからの捕虜生活の態度次第ではそのまま釈放だってあり得る。それに先ほどの彼、ブレイブっていうんだが、ああ見えてかなり義理堅いまじめな男でね。流れ弾に見せかけて捕虜を処刑するとか、そういった卑劣な真似はしないはずさ。」

「ほんとかねえ…じゃあ決まってねえな、また適当に仕事探すか。」


アルはぴょんとベッドから飛び降り、侵入者の近くに寄った。


「君さえよければ、私と来ないか?」

「…本気か?結果生きてるとはいえ、俺はあんたたちを殺そうとした相手だぞ?耳だって俺のせいで失ったようなもんじゃないか。」

「今更そんなこと気にしないさ。私たちだって君たちを殺そうとしてたんだ。私は君の腹を撃ちぬいたんだぞ?耳は味方の流れ弾だし。」


アルはベッドに座り込み、侵入者のほうへと顔を近づけた。


「それに、君はほんとはいい人だ。」

「…へえ、そりゃまたどうしてそう思うんだ?」

「覚えてるぞ。銃の反動で倒れた私を支えてくれたの、君だろ?」

「さあね、どうだろうな?」


口では知らないふりを貫いていたが、侵入者は先ほどと同じように頭を照れ臭そうに搔いていた。アルもその反応を見て確信したのか、満足げにうなずいた。侵入者は少し考えこんだ後、ふぅとため息をついた。


「まったく、あんた相当な変人だな。いいだろう、しばらく付き合ってやるよ。」

「ありがとう、ところで君、何て呼ばれたい?」

「好きにしな。名前にこだわりはない。」

「…じゃあ、ポポ!」

「ポポ!?」

「そう、ポポ。昔読んだ絵本でかぼちゃの妖精だかがそういう名前だったんだ。オレンジの髪が君にそっくりだと思ってね。どう?いい響きだろ?」

「かぼちゃって…いや、まあ…まあいいか、じゃあ俺はポポだ。よろしく。あんたの名前は?」

「名前…そうだな。」


アルは少し考えこんだ後、ポポに向き直った。


「アルヴィーだ。そう呼んでくれ。」

「アルヴィーか。よし、覚えた。」

「これからよろしく、ポポ。」

「おう、よろしく、アルヴィー。」


2人は右手で硬い握手をした。


(これが、彼の言っていた流れというものなのだろうか。)

「何ニヤついてんだ?」

「いや、気にしないでくれ。」


のちに、この2人は会社を興し、大きな戦いの流れに身を投じることとなる。この時の2人は、まだそれを知る由もない。

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異形 のっさん @NOSSAN214

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