第3話 去るという選択

結局、特に病気のことについての話はあまりしなかった。連れ出しておいて話した内容は特に中身が無く、楽屋でも話せたことばかり。

それでも、活動は続けることとまだ発表するつもりはないということ。そして、初めて話したのは俺だということだけは分かった。


「メンバーにも話してないの?なにかあったらどうすんの」


「その時は有明くんが助けてください」


「は?」


「冗談ですからそんな怖い顔しないでくださいよー」


眉をひそめ、目を尖らせて奏斗を睨むと、奏斗は頬をひきつらせて焦ったように目の前で手を振った。


「ちゃんと話しますよ」


「活動続けること、受け入れてくれんの?」


「そこは押し通します!」


胸の前にガッツポーズをつくり、なんの邪気もなく、単純さしか感じない笑顔で言った。

こいつ自分が押せばいけると思ってんな。メンバーが自分に対して甘いということは自覚してるからタチが悪い。




芸能界で、余命宣告された者が普段通りに生きていくのはとても厳しい。ただでさえストレスと疲れがたまる仕事なのに、そこに病気まで加わるのだから、最良の選択としては芸能界を引退して静かに暮らすことだろう。

それを選ばないのは、奏斗が天性のアイドルだからか、単に性にあわないのか。


俺がもし同じ立場だったらすぐに引退するだろうな。別に思い入れが無いわけではないが、俺からしたら少しでも長く、安らかに生きる事の方が重要だし。多分、ファンの人たちもそう願っている人が多いだろう。




「有明くんは俺に辞めろとは言わないんですね」


「あんたが俺の意見聞いた事あんの?」


「流石にありますよー」


「いやないだろ」


軽口をたたきながら、楽屋へ戻る。もうすぐ撮影の時間だからと、中に入ることはなくそのまま奏斗はスタジオの方へ向かった。

中に入ると、既に準備をしていたメンバーがニヤニヤと俺の方を見る。


「なんだよ」


「今日こそ告ったの?」


「はぁ?!告るわけないでしょ」


思わず顔が赤くなったのが分かる。そんな俺を見て酔いが醒めたという顔で文句を言うメンバーたち。軽くあしらいながら準備を進め、マネージャーが呼びに来るのを待った。

無視をしているにも関わらず、未だに意気地無しなどと言ってくるメンバーに空のペットボトルを投げつけると、見事命中したのか、うわっ!と叫んだ後は何も言わなくなった。





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