今日もキャンディを描いて

Peridot(pixiv:マツシマ)

第1話 勝浦 慎二

 勝浦は舌を巻いた。サヴァンだとは聞いていたが、こんなに描き込めるものなのか。

 目の前でスケッチブックを広げる5歳の幼児が、言われなければ「大人が描いた」と信じてしまいそうなほどの画力を持つことは、芸術面に疎い勝浦にもよく理解できた。

-「天才絵描き少年 市原 淳くん」と銘打って、取材記事を組むことが決まり、勝浦は市原家を訪れたのだった。彼が務める雑誌社は、心理学系の書誌を販売しており、そこで「サヴァン症候群」を持つ子どもたちをテーマに特集している。新人編集者の勝浦自身に心理学の知識はなかったが、「いわゆる『一般人』の感性が欲しい」ということで担当を任された。

 自閉症スペクトラムを持つ淳くんは、「こだわり」傾向が強く人見知りがちである。また、年齢的にも完全な文章を話すことは難しいことから、インタビューは母親の曜子さんを交え、三者面談式で行われた。

勝浦:こんにちは淳くん。ちょっとお話してもいいかな?

淳くん:(無言)

勝浦:(スケッチブックを指差す)これは何かな。

淳くん:キャンディ。

勝浦:キャンディなんだね。なんのキャンディなの?

淳くん:(無言。母親の顔を見る)

曜子さん:すみません、「なんの」とはどういう意味でしょうか?

勝浦:ああ、分かりづらかったですかね。ええと、何味なのかな。

曜子さん:味は…この子、分からないと思います。

勝浦:え?


 曜子さんに事情を聞くと、曜子さんはこういうお菓子類を買い与えた覚えはないという。

「その、この子こだわりが強いので。食べ物も、食べ慣れないものは嫌がるんです。」

したがって、おやつは全て自宅で手作り。それも、淳くんに材料が全て見えるよう、目の前で作って用意するのだという。

「だから、この子キャンディを食べたことはありません。私も、どこでこの子がキャンディを見たのかわからないんですよね。」

「幼稚園でそういうものが配られたり?」

「いえ、たぶん無いと思います。最近は、アレルギーの問題とかあるじゃないですか。いつもプリントで、『今月の間食はこういうものがでます』って周知されるんです。」

 曜子さんに頼み、勝浦は「今週のおやつ献立表」という題字の踊るプリントを見せてもらった。そこには、確かに週ごとに細かく決められたメニューが載っている。その内容も、果物やふかし芋、蒸しパンなど、なるべく市販品を避けたらしいものが並んでいた。

「変更があったら、当日の朝に園から保護者あてに連絡が来ますし。私も、先生に確認したんですけど…」

そもそも、おやつは持参させているから、他に持ち込んだ子供でもいない限り淳くんがキャンディに触れる機会は殆どないはず、というのが曜子さんの答えだった。

「なるほど…。そうなると、淳くんがキャンディを好きかどうかも分からないですよね?どうして、この絵を書いたんでしょうか?」

 勝浦の目の前には、いわゆるペロペロキャンディと思しき絵が広げられている。独身の勝浦に子育ての経験はないが、(そういえば、確か棒付きキャンディは危ないって聞いたな…)という記憶が蘇る。棒付きキャンディを咥えたまま幼児が走ってしまい、転んだ拍子に喉に棒が刺さってしまう…という事故があると聞いたことがあった。それが本当なら、幼い子供に気を遣う家庭や、幼稚園といった現場では確かにこうした菓子類は与えにくいだろう。

「さあ…。どこかで見かけて、綺麗だと思った、とかでしょうか…。」

曜子さんは自信なさげに答える。

(いや、不安、なのか…)

 母親にしてみれば、家庭で与えていないものに我が子が興味を持っているのだ。それも、その対象は彼が普段口にしたこともなく、また食べようとすら思わなかったもの、しかも一定以上の年齢でなければ摂食にリスクがあるものだ。5才児の大切にしているスケッチブックは、いくつものキャンディでカラフルに彩られている。


 『淳くんの作品は、テーマはキャンディという子供らしい感性ながらも、その完成度は非常に高い。飴の光沢や映り込みまで、クレヨンで描いたとは思えないほど細かく、丁寧に描写されている。一説には、通常、ものの記憶は健常者の脳内で処理されるときにはむしろ詳細を省かれて記憶されるが、サヴァンでは殆どすべての情報が残されるために、こうしたディテールを余すところなく描けるという…』

 勝浦は困っていた。結論部分をどうやって結べばよいか、思いつかなかったからだ。

 上司の熊谷に進捗状況をメールで送ったあと、少しでもヒントを得ようと、いくつかコピーさせてもらった作品を眺めた。おおよそ、一枚に一つの絵が描かれており、それだけですでに作品集として出せそうなほどまとまっていた。

(おれが子供の頃、何描いていたっけな…)

おぼろげな記憶の糸を辿る。かろうじて覚えているのは、当時飼っていた犬の「クッキー」をたくさん描いたことだった。

 市原淳の絵は、勝浦が想像する、「子供の絵」とは異質なように思えた。それは、単なる巧拙の問題だけではなく、その構図の取り方もプロや美術を学んだものに近かったからだ。

 たとえば、一般的な子供に画用紙とクレヨンを持たせてキャンディを描かせると、「キャンディを持っている」や、「の羅列にキャンディが含まれる」など「キャンディ以外のものを要素として持つ」絵が出来上がる事が多い。もちろん、あえて指示すれば子供は「キャンディだけ」描くことも出来るが、それは大抵の場合キャンディを正面から見た図に限られる。指示なしの状態で淳のように連続してキャンディばかり、それも様々な角度から描くことは珍しい。

 そして、バリエーションが豊富なことにも驚かされる。取材時には棒付きキャンディの絵を見せてもらったが、インタビューのあとに改めてスケッチブックを貸してもらうと、棒付きだけでも何種類かあり、それに加えて飴玉、ボール状のガムなど様々な種類の菓子が描かれていた。これも、「異質さ」の一つだった。子供は、強く印象に残ったものを繰り返し描くことがある。例えば勝浦自身は、愛犬をなんども繰り返し描いた。まして、淳のようにこだわり傾向があるタイプなら、「棒付きキャンディ」でも「オレンジの棒付きキャンディだけ」を繰り返し描く、という現象があってもおかしくない。しかし、実際の作品にはそのようなこだわりはなく、むしろ特定の対象への執着は殆ど感じられなかった。まるで、「それを絵に描いたらもう終わり」とでもいうように、繰り返しのパターンはなかったからである。

 こうした「異質さ」をすべて「サヴァンだから」でまとめてしまうのは、いささか乱暴すぎる結論のような気がして、勝浦は困った。

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