水牢

 なぜここにいるのか。

 理由など忘れてしまった。


 ただ、地下牢ちかろうに連れてこられ、ここに繋がれている。


 はじめ、水が入れられた。

 

 私は水におぼれて窒息ちっそくして死ぬのだと思った。

 しかし、予想に反して水は胸まで入れられたところで止まった。


 ここに来て、もう何日が経つのだろう。

 牢屋ろうやかべに貼り付けられて、私は身動きがとれない。


 はじめは寒さに震えた。


 そして、今……。


 身体中の皮膚ひふがふやけて溶けだし、裂けて、身体中から血がにじむ。

 私の身体は、どろどろに溶けて、水とひとつになるのだろう。

 暗くて見えないが、水は真っ赤に染まっているに違いない。


 はやく意識を手放したい。


 しかし、時折、獄卒ごくそつがきては、私をムチうち、水を頭かけ、水を飲ませ、眠る事すら許されない。


「しぶといな」


 獄卒は、そう言って眉をひそめる。


 きっと、獄卒が愚痴ぐちを言いたくなるほど長い間、私はここに繋がれているのだろう。


 そして、長引けば長引くほど、私の苦痛は絶え間なく続く。


『死にたい……』


 いつか叶うはずの望みにすがって、声にならない声を出す。


 あれからどのくらい経ったのか。


 意識が朦朧もうろうとしていると、獄卒は罵声を浴びせながら、冷たい水を私の頭にかけ、水を無理やり飲ませようとする。


 けれど、どんなに責められても、私の意識は遠のいていく。


 ああ、これで望みが叶うのだ。

 

 私の意識はそこで途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編集 汐なぎ(うしおなぎ) @ushionagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ