夢
「夢に終わりなんてありませんよ」
青年に青年実業家が言った。
ここはホテルのホール。青年の知合いの女性が、人脈を駆使して、色んな業種の人を集めた合コンの真っ最中だ。
実業家に医者に弁護士に。その場にいた女たちは、職業につられて、人格も見ずに群がっている。青年はその状況に嫉妬し「夢なんて、叶えてしまえば終わりなんだから、面白くないだろ?」と言った。その答えが、さっきの実業家の言葉だ。
「叶っても、また次、また次と夢は続いていくんです。だから、例え叶えてたとしても、なくなる事なんてありませんよ」
青年の嫌味に、実業家は爽やかな笑みで答える。
「へえ……」
青年が、生返事をすると「だから、夢は楽しいんです」と実業家が続ける。その言葉に、青年は曖昧に相づちを打った。
青年にも、夢はたくさんあった。小さい頃には戦隊モノのヒーローになりたかったし、またパイロットになりたかった頃もあった。しかし、大きくなれば夢に近づくと思っていたが、現実は厳しく、自分の限界に気付かされ、どんどん遠いものになっていく。そうして、いつからか、夢のない大人になっていた。
しかし、目の前の実業家は「夢」をまっすぐな目をして話す。
「夢はただ見ているだけじゃダメなんです。叶えるものなんですよ」
青年はいたたまれなくなって、トイレを口実に席を立った。
用を足して、青年は少し気持ちが落ち着いた。先程まで、気になっていた実業家の事もどうでもよくなっている。恐らく、酔いが回って変に絡んでしまったのだろうと、そう思うことにした。
手を洗ってトイレから出ると、ちょうど、彼女がトイレから出てきたところだった。青年が気まずくなって、足早に去ろうとすると、彼女が腕を掴んで止める。
「ねえ。楽しめてる?」
「ああ。ありがとう」
青年は、苦笑して答える。
「本当?」
「ああ」
彼女は青年の初恋の相手だ。初めて会ったのは高校の時。彼女の細やかな気遣いの出来る優しさを好きになった。青年は、自分の気持ちを伝える事が出来ないでいたが、あの時から、ずっと彼女の事だけを思い続けている。
『夢と言うなら、彼女と付き合えたら何もいらないな』
そんな事を考えていると、青年の脳裏に、先ほどの実業家が言った「夢は叶えるもの」という言葉が思い出される。
その場から立ち去ろうとする彼女を青年は呼び止める。
「ちょっと待って。話したい事があるんだ」
まだ、合コンは始まったばかりで、時間はある。もう少し、遅くに言ったほうがいいかと思ったが、今言わなければ、一生言えない気がした。
「ずっと、好きだったんだ」
いきなりの告白に、彼女も驚いて目を見開く。
「え?」
『振られたな』
青年はそう思った。「ごめん」と言いながら、その場を立ち去ろうとすると、彼女が青年の腕を掴んだ。
「私も! 私も好きだった!」
彼女は、一度、小さなキーホルダーを学校の何処かで落とし、一人で泣きそうになりながら探していた事があった。一緒に探してくれていた友人も、塾に行かねばならない時間になった。サボると言ってくれたのだが、流石に申し訳ないので、先に帰ってもらった。その時「見つからなくても適当に諦めて帰るよ」と言っていたのだが、諦めるつもりなどなかった。そのキーホルダーは、亡き母が旅先で買ってくれた思い出の品なのだ。
そこにやってきて、彼女に声をかけたのが青年だった。日が暮れても、警備の目を避けながら探した。暗くなり、辺りが見えなくなったが、さいわい、近くに百均があったので、そこで懐中電灯を二つ購入した。
二人で探して、二十時を回ったくらいの頃、教室の窓の桟に落ちているのを青年が見つけた。嬉しさのあまり、二人は抱き合って喜んだ。その時から、彼女は青年のことが好きになった。
合コンの二次会が終わると、二人は二十四時間営業の飲食店で、始発の時間まで話し込んだ。
付き合う夢が叶った後は、結婚したいと思い。結婚したら、幸せな家庭が築きたいと思う。そして、子供に、マイホームに、孫に……。実業家の言ったように、青年の夢が終わる事はなかった。
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