第3話 競技場で


 そんな激動な2週間を経てからの数日後、1月22日㈪、僕は走りたい衝動に駆られたので、沖先生と佐山さんに相談してみる。二人共とても驚いていたが、先生と佐山さんの2人が付き添う条件で何とか病院の許可を取ってくれた。


 実は目覚めてから、病院内の職員専用トレーニングルームを使わせてもらい、沖先生または佐山さんの付き添い(一緒にトレーニング)で毎日3時間ほど、ランニングに必要な筋トレをしていた。それに依って、ある程度ではあるが、ランニングに必要な筋力低下は防げていた。


 しかし、筋トレやトレッドミル(ランニングマシン)だけでは、心肺機能やスピードや走る為の脚筋力を向上させるには限界がある。やはり外でしっかりと走り込まなければ走力は低下してしまうのである。

走る事以外に何の取り柄もない自分としては、3週間以上も走れてないのは、とても許せないのだ!


 沖先生と佐山さんとは、一緒にトレーニングをする内に、互いに打ち解けて話せる仲にまで距離が縮まったので、僕は元いた世界線の事を詳しく話した。


 二人共とても興味深く聞いてくれたのだが、2人にとっては、男女比が同等で貞操観念もこちらとは真逆な世界なんて、小説や漫画の世界にしかなく信じられないのだろうか? なんとも言えない不思議そうな表情をしていた。

それもわかる気がする、何せ僕も今居るこの世界自体がありえないのだからな。


 2人に案内された病院の前には丁度総合運動公園があり、その中には陸上競技場もあった。競技場は青色タータンコースでナイター設備も完備されている立派な造りである。ウインドブレーカーにTシャツに短パンとシューズと靴下とGPS時計は、全て沖先生と佐山さんが用意してくれた。


ここに至るまでの事を2人にしっかりとお礼を言うと、涙目になっていた。

(先生と佐山さんにはお世話になりっぱなしだな)


 時刻は18時過ぎ頃、暗くなりナイターの照明が明るく照らされた競技場内には既に大学生らと思わしき女性ら20人程が、グループ分けでペース走をしていた。

トラック外では監督らしき女性1名とマネージャーらしき女性2名がタイム計測をしながら練習を見ていた。走っている選手は全て女性ばかりであり、男性は見かけない。


 久々の競技場に僕のテンションは爆上がり。いつもしていたルーティンを行う。一礼してから競技場に入り、両膝を付いてから両手を付き、土下座する様な姿勢で一礼し、最後に唇を競技場につける。僕的には競技場への敬意と感謝の気持ちを表してるのである。


 僕のルーティンを見ていたのか、女性監督は目を丸くして驚いていた。やはり男性がここに来るのは大変珍しい様だ。走っている者達もチラチラと僕を見ている。

先生と佐山さんと共に20分程かけてストレッチをする。そして僕のみが8レーンを使用してアップ走をし始める。


 1月下旬の冬の夜間ではあるが、気温もそれほど低くなくラン日和びより。久々のランは解放感があってとても気持ちが良い!

トラックを10周回の長めのアップ走をした後に、ランドリルで全身をほぐし、200mWS(ウインドスプリント)を3本実施後、仕上げに200mを30秒でダッシュをしてみる。


 息苦しさは全く無く、全身の気怠さも脚の重さも強張りも無い良い状態に仕上がった。

気分は上々!体も軽くて調子が良いので、今日は試しに10000m走をしてみる事にした。


 水分補給後にウインドブレーカーを脱ぐ。用意して下さったウエアは、上下黒色で、上は丈が短い袖無しヘソ出しのランシャツに下はショートタイツである。

僕的には男性のセパレートタイプなんて……と思うのだが、貞操観念が逆転した世界ではこれが常識なのだろうな。と……自身に言い聞かせて着用する事にした次第である。ヘソ出しでも走りやすいので自分的にはアリかな。

 

 いつの間にか学生らは走り終えていて、皆僕の走りに注目していた。

何だか皆の視線は僕に釘付けの様で、中には緩んだ表情をしている者もいる! 小声で「エロっ!」っとか聞こえてるんですけど!


「沖先生、佐山さん、行って来ますね」


計測をしてくれる2人に合図する。


 僕のしているGPS時計のラップ設定は1km毎にし、ゴール地点で計測してくれている佐山さんには各周回毎(400m)のラップタイムを僕に聞こえる様に読み上げてもらう事にした。


「無理はしないでくれよ」


「頑張って~!」

沖先生は赤面しつつもクールに、佐山さんは目をキラキラさせて、それぞれ声援を送ってくれた。


2人の美女に見送られ最高の気分でスタート!


 僕の10000mのPB(※.1)は27分40秒ではあるが、ここ3週間も走り込めてないので、27分台のペースで走るのは無理であろう。なので設定ペースは30分を切るタイム(2分59秒/kmペース)をベースに走ってみるとした。

但し余裕があればペースを上げて追い込む事にするというマイルールも設定した。

(※1.パーソナルベスト、自己ベストのこと)


 最初のトラック1周目(400m)で1分07秒と、目標のタイムを少し上回る入り(走り始め)となった。気持ちを抑え、設定ペースをキープすることに専念した。

2周目は1分10秒……入り1㎞は2分52秒!心身共に絶好調!このまま行けそうだ。


 周回ごとに、佐山さんがラップタイムを読み上げてくれ、沖先生も応援の声をかけてくれた。競技場内にいる女性たちも、最初は興味を示していたが、次第に僕の走りに驚きの表情をする。

 

 3周目のラップが1分10秒、4周目も1分10秒とペースが安定する。特に息苦しさや倦怠感もなく、脚の筋肉も張り詰まることなく、このペースを維持することに決めた。


 2kmのラップは2分55秒/kmと、このままで行けば29分は切れそうだ。久々のトラック走はとても気持ち良く気分爽快! 腕の振りと足の捌きも良いし、極端な息切れやフォームの乱れもない。


 僕はフォアフット(つま先接地)走法なので、地面からの反発力もしっかりと推進力へと変換も出来ている。ストライド(歩幅)もいい感じで大きく取れてるし、テンポ良く走れている。脚の調子は良く心肺も順調だった。


 その後も寸分の狂いなく、1分10秒の周回ラップと、2分55秒/㎞のラップでペースを維持。5kmの中間ラップは14分32秒と中々のタイム。8kmで23分17秒!ラスト5周、後2kmのところで僕は更にスピードを上げ、全力を出した。競技場内の女性たちはいつの間にか僕に声援を送るようになっていた。


腕の振りを大きくしギヤを一段上げて加速させる。


21周目のラップは1分08秒!

(よし!!行ける!このまま押し切る!!)

自身の時計を見る余裕はなく、そのままのペースで走る!


 22周目以降も1分08秒のペースを維持し、キツかったが、失速せずに25周回10000mを走り切った。ゴール地点で沖先生と佐山さんが笑顔で迎えてくれ、感慨深い瞬間となった。

タイムは28分57秒と!3週間もまともに走ってなかった割には、許容のタイムである。

 

 ゴール後は、息も絶え絶えな状態となり、トラック外側に出て座り込んでしまう。PBには1分以上も遅く、全く余裕がなかったが、現在の目標である29分切りをクリアしたので良しとしよう。それに走力も、それほど落ちていなかった事にも安堵する。


「すごいわ、甲斐田君!」


沖先生は目を見開き驚愕する。


「本当に素晴らしい走りです!」


佐山さんは目をキラキラと輝かせながら僕を見つめた。

2人の美女に囲まれて、僕は達成感に満ちた笑顔を浮かべた。


近くで見ていた大学の監督らしき女性が、かなり驚いた表情で近付いて来た。


「こっ……こんにちわ。あっ!……あの~! 大変失礼を承知でお尋ね致しますが……あなたは男性ですよね?」


20代半ばくらいであろうか、とても美人な白人系ハーフの女性が恐る恐る質問してきた。


「はい。何か?」


僕は淡々と応える。先生と佐山さんが間に入ろうとするが、僕は二人を手で制止して監督らしき女性と立ち上がって話をする。


「あっ! 申し遅れました! 初めまして、私は東相とうそう大学陸上部の監督をしております“大舘おおだち クリス”と申します。失礼ながらタイムを計測させていただいたのですが……世界記録を20秒も更新してましたわ!! しかも男性がっ!!」


挨拶は控えめであるが、興奮気味に話を続けた。

(それにしても綺麗な人だな~)

因みにこちらの世界での10000m走の世界記録は29分17秒だ。


「あなた様はいったい―――」


「――それ以上は個人情報になりますので詮索はやめて下さい!」


沖先生が僕の前に出て、毅然とした態度で遮ってくれた。説明のしようがないので大変助かった。


「!!……大変失礼致しました。余りにも素晴らしい走りでしたので……つい興奮してしまって……大変申し訳ありませんでした」


大舘監督は深々と頭を下げる。


「気にしてないので大丈夫ですよ。僕は甲斐田天馬です。宜しくお願い致します」


僕は笑顔で右手を差し出す。大舘監督は驚いた表情をしたが、僕の右手を握り握手した。


遠目で見ている学生らも僕の走りに驚いたのか、ざわついていた。


 アップ走をしながら学生らの走りをちょっと見ていたのだが、息が上がって苦しくなる頃にフォームの乱れが著しいのが散見されたのである。皆セパレートタイプのユニフォームを着ていて、お腹周りが見えているのだが、腹筋のカット割れがなく、エロさが…もとい筋力が足りてない印象であった。


僕は思わず口にしてしまう。


「学生の皆さんはお腹周りの筋力が足りてない感じがするのですが、何か筋トレとかしてますか?」


「いえ特に何も」


大舘監督は驚いた表情で僕の話を聞く。

(えっ!筋トレしてないの?補強筋トレくらいはしようよ~)


「えっ!してないんですか~成る程~」


僕は納得した口調でつい口に出してしまった。

その後は大舘監督と立ち話ではあるが、話し込んでしまった。

 

 大舘さんは年齢27歳で日本人(父親)と米国人(母親)のハーフで、身長は170㎝くらいで引き締まった体に、白人特有のクイっと上がった丸いお尻がとてもセクシーで見入ってしまう。肩まである金髪を一纏めにしていて、とても美しく色気も半端なく魅了されてしまいそうになる。元の世界基準ではセクシー女優の様である。


 大舘さんは、マラソンの元選手であり、日本代表にも選出された実績があるとの事。ケガが原因で現役を引退し、その後は大学の研究員を務めながら、同大学陸上部の監督をしているそうだ。大学陸上部にはさまざまな競技があり、それぞれの競技に監督やコーチがいるが、大舘さんは長距離と駅伝の監督兼コーチを務めているとの事。


 その後は、大舘さんとマラソンについて色々と話し込んでしまい、気づけば1時間以上も時間が経っていた。ランニングについて話すのはとても楽しいので、楽しい時間だった。大舘監督は僕の話しにとても驚き、興味津々でした。


 東相大学とうそうだいがくの競技場は改修工事中であるので、総合運動公園の陸上競技場を使用しているとの事であった。僕は入院中の身であるので、病院から許可が出次第、一緒に練習をする約束をして病院に戻った。


 帰る際には、学生らにも笑顔で手を振ったら、皆驚きつつも喜んでくれた。まるでアイドルの様に手を振られて、ちょっと嬉しい気持ちになる。


◆◆◆


 病院に戻ってから、男性保護庁の北川さんが僕に話したいことがあるとの事だそうで、急遽病院に訪れて来て下さり待合所で待っていた。僕は北川さんを病室に案内してから、沖先生と佐山さんを立ち会わせた上で、お互いソファーに腰掛けてから北川さんの話しに耳を傾けた。


 まず、新居先が決まった事と、新居には一週間後(1月28日㈰)に転居する予定になるとの事と、こちらで生活していく上での『稀人まれびと』専用の支援プログラムがあること、そして、こちらの世界での女性たちとのコミュニケーションの取り方など詳細に説明してくれた。

 

 そして、とても興味深い事なのだが、国から護衛が提供されることになった。

今後は僕に常時2名の護衛が24時間体制で付くとの事で、合計20名の警護員が3交替制のシフトで付くとの事である。当然の事ではあるが、警護員は全員女性である。全員の写真付きプロフィールのファイルも渡された。室内には入ることはないものの、外出する際には必ず2名の護衛が付くとの事だそうである。


僕の誘拐や拉致や性暴力などを未然に防ぐために国が用意したものである。『稀人まれびと』たる自分は、この世界に於て、とても希少価値が高い男性であると聞かされていたので、それを守る上で護衛は仕方ないのであろうと理解する。


「それと……」


北川さんは少し言葉を詰まらせた。


「甲斐田さん、先日も申し上げましたが、こちらの世界では男性は一定の年齢までに婚姻を結ばなければなりません。これは法律で定められてる義務です」


僕は驚いた。そうであった! こちらの世界では “それ” が義務であったな。突然の結婚話に心の準備ができていなかったのだ。


「僕にはまだ……心の整理がついてないのですが…」


「しかし、こればかりは避けて通れない現実なのです。ご理解下さい」


北川さんの言葉は重かった。彼女もまた、この世界の厳しい現実を知っているのだ。


「わかりました。でも、誰かを愛せるかどうか……」


北川さんは驚きながらも蕩けた表情を見せる。


「愛せる?……ですか!! (男性から…そんな言葉が聞けるなんて…) 無理に急がせるつもりはありません、ただ、この世界では愛情の形も違います。女性は男性へ奉仕することに生き甲斐を感じてますし、男性への奉仕に飢えてます。女性が男性を養いますし、国から毎月生活に必要な保護費も支給されますので、生活面に問題はありません。それに……甲斐田さんは…とても魅力的ですし、引く手数多でしょう。余り深く考えず軽い気持ちでいいかと存じます」


 元いた世界線の価値観を持つ僕としては、違和感はあるものの、北川さんの優しい言葉に少し救われた気がした。


 新しい生活を始める上で、この世界のルールや常識に慣れていくしかないな。僕はこの世界で生きていく覚悟を決めるしか選択の余地はなかった。元の世界に戻ることは叶わないかもしれないが、この世界で新しい人生を築くこともまた、一つの選択肢だと感じるようになった。

 

 話しを聞いていた沖先生と佐山さんが僕に熱い視線を送って来た。そして佐山さんが赤面しながら僕に話しかける。


「甲斐田様~ あの~ その~ 私はどうでしょうか? いつも私の胸を見て下さるし……せめて…種付け……だけでも…今夜とか―――」


いつの間にか佐山さんは僕の隣りに座り、腕を絡めてから、その見事な胸部装甲を押しつけてきた。


「――こらっ! それ以上はセクハラだぞ!」


沖先生が佐山さんの頭を叩いた!


「――先生~ 痛いですよ~! 先生だって~『甲斐田君が私の脚をまたチラ見してくれた』って―――」


沖先生が真っ赤な顔をして恥ずかしそうに佐山さんに今度はゲンコツを見舞う。


「痛っ! 甲斐田様~ 先生は甲斐田様に気に入られようと、いつもミニのタイトスカートを履いてい――んぐぐっ――」


「—―それ以上は言うな~~!!!―」


沖先生は更に顔を赤く染め、後ろから佐山さんの口を押さえてそれ以上話せない様にする。

(二人共気付いてたか!沖先生の美脚は最高~だし、佐山さんの…あの胸部装甲は…もう反則だよ!)


そのやり取りを見ていた北川さんは、ニヤついた表情で僕らに話しかける。


「甲斐田さん、そちらのお二人なんか、よろしいのではないでしょうか?」


「「「えっ!!!」」」


僕と沖先生と佐山さんの三人が見事にシンクロした。沖先生はいつの間にか僕の隣りに座っていて腕を絡めていた。


北川さんが鞄より婚姻届けを取り出して、更に追い打ちをかけるかの如く話しを続ける。


「丸で囲ってる部分に記入とサインをして頂ければ、後はこちらで提出致します。甲斐田さん、先ほども申し上げましたが、こちらの世界では愛の価値観も違います。女性は男性から”愛される”ですか? それがなくても、男性への奉仕に生き甲斐を感じてるのです。余り深く考えないで下さい」


うーーーん……何て用意がいいんだか…。この世界線で生きていく覚悟を決めた以上、 “郷に入っては郷に従え” か! それに沖先生と佐山さんは、僕にとっては、この世界線で最も信頼出来る女性でもある。これから二人を本気で愛せばいいか!!


僕は覚悟を決めた!!!


ソファーから外れて沖先生と佐山さんに向き合ってから両手を差し出して、二人に頭を下げてプロポーズした。


「沖さん……いえ!奈月さん、朱里さん、僕と結婚して下さい」


数十秒程時間が経ったが全く返答がないので、如何したのかと二人を見上げると、二人ともフリーズしていた。それだけでなく、北川さんもフリーズしていたのである。


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あべこべ世界でのランナー ~マラソン日本記録保持者が女性過多で貞操観念も逆転した世界線に転移し無双する~ アサノ 霞 @fuji2430jp

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