ストロングスカウト

渡貫とゐち

狙撃の女王



「――どうしてこんなことをしたんだッ!!」




 ――ばんッ、と力強く机が叩かれる。

 今の衝撃で机から跳ねた黒い物体に目が吸い寄せられた――


 拳銃だ。


 弾は入っていない。

 全て撃ち出されている……そう、わたしが撃ったからだ。


 たぶん。

 ――撃った、らしいのだ。


 覚えていなかった。ううん、覚えてはいるんだけど、その……実感がない。

 黒い囲いがあるような、映画を見ているような感覚だった。


 自分のことなのに他人のことのように思えてしまっている。つまり他人事だった。

 わたしに関係なくない? でも、事実はわたしが当事者なのだった……。


 関係ないだなんてことを言ってしまえば、目の前のベテラン刑事さんはきっと、もっと切れてしまうだろう。だから黙っていることしかできなかった……、だって認めるのは論外だし。

 でも、黙っていることがおじさ――刑事さんを怒らせてしまっているらしい。


 どうすればいいのだろう??



 実感がありません、と言ってみる? いや、でもねえ……。


 自然と体が動いて相手の眉間に銃口を押し付けていました――

 入っていた弾数分(なぜ分かったんだろう?)引き金を引きました、と言ったら?

 信じてもらえるのだろうか。


 危険人物として確保されてもおかしくなかった。

 というか今がそうなのでは?


 ――取調室でふたりきり……、部屋の外には数人の警察官がいるのでちゃんとしたふたりきりではないのだけど、今のところ、明るい部屋で机を挟んで向かい合っているのは、わたしとおじさんだけだった……ああいや、刑事さんだけだった。


 部屋の中ではふたりきりって、怖ぁ。


 おじさんなら、セーラー服のわたしを襲うかもしれないけど、おじさんでも刑事さんだから万が一にもないと思うけどね……まあ、もしも襲われたらわたしの手で――あ。


 今、自然と考えてしまっていた。


 この拳銃ではないけど、感じる……拳銃の息遣いを辿ってそれを手に入れられたなら、いつでもどこでも撃ち殺せるのだと、心の余裕を持った。


 ……すると、おじさんにそれを悟られた。


「……なにを笑っている」


「いいえ、なんでもありません」


 ……はあ、なんでこんなことに。

 これでもわたしは高校受験を控えている身なんだけどなあ……。



 おじさんは分かりやすく頭を抱えながら、


「……結果的に、多くの人を救えたとして、だ」


「はい」


 強面だけど顔をくしゃくしゃにすればだいぶマシになるね、と考えた。

 いま考えることではなかったね。


「お前のおかげで強盗被害はゼロだった。怪我人もいない……それは確かに、良い結果だと言えるだろう……、だがな」


 おじさんがわたしを睨んでくる。つい、さっと逸らしてしまったけど、印象は良くなかっただろう。印象なんて元から――、なので今更だった。


「だが、犯人は死亡、しかも殺害をしたのは現役の女子中学生ときた――監視カメラを確認したが、あれを正当防衛とはとてもじゃないが言えないな」


 ――過剰防衛だ、とおじさん。


 詳しくは覚えていないけど、あの時のわたしの動きはプロよりも洗練されていた、のだろう。見た人が口を揃えてそう言ったのだ。

 俊敏、ぷらす――アクロバティック。体育の成績が2のわたしとは思えない動きだ。スカートなのに股を大きく開いたりしていた。

 あれが世間に公表――SNSで拡散されたりすることを思うと、最悪だった。


 がっつり顔も映っているのだから……もう外を歩けないじゃん。

 いや、わたしはこれから刑務所に入るのだろうか?


 事件を解決しても、やっぱりそうなのかな……。

 人生、終わった――――

 と、目の前のことから目を逸らし続けていると、怒声がやってくる。



「――おい! 聞いているのか赤刃(あかば)明花(めいか)!!」



 また、ばんッ!! と机が叩かれた。

 さっきよりは慣れてきた……二度目だからだ。


 昔から、わたしは一度目はボロボロでも二度目はできてしまう。

 二回目にはもう克服している(できる範囲でね)――そういう体質だった。


 つまり初見には弱いってことなんだけどね。


「はい、聞いています」


「はーっ、まったく……お前は自分がなにをしたのか分かっているのか?」


 分かっていますよ――人を殺したんです。


 強盗犯ですけど……相手は人間でした。

 でも、殺人であることには変わりなかった。


 質問に頷くわたし。

 呆れるおじさんだった。


 ぐう、とお腹が鳴った……わたしのお腹はのん気なものだった。

 取り調べだから……かつ丼とか出ないかなー、と思っていると、目の前でいきなりおじさんが倒れた。……え?


 記憶がないけどわたし、なにかした!?


 椅子も倒れず、音もなく、ゆっくりと崩れ落ちたので扉の前の警察官が部屋の中に入ってくることはなかった。まだ気づかれていないけど、でも、これヤバイよね……?


 おじさんを覗き見る。

 後頭部には指の第一関節くらいの弾痕があった。


 ぷしゅ、と血が噴き出る瞬間――――



 わたしの前に落ちてきた足が、おじさんの頭を踏んづけた。


 一応、それで出血が抑えられているらしい。



「…………え?」


 見上げると、密室のはずなのに三人目がそこにいた。

 のっぺらぼうの仮面を被った、性別不詳の人間。


 細身だけど、男性とも女性とも取れる……。

 声は――、



「はじめまして。赤刃明花さん――ようこそ”ミナヅキ”一族へ!!」



 と、やや高い――少年? のような声が響いた。

 ちょっと! そんな大声を出したら外の警察官に…………あれ?


 聞こえていないみたいに、反応がなかった。


「そう警戒しないでよ、僕は味方なんだからさ――その拳銃を下ろして」

「え? ……あ、あれ?」


 気づいたら拳銃を握っていた。

 弾が出るわけないのに、と思えば、ずっしりとした重さがあった。

 いつの間に、わたしは弾丸を込めたのだろう……いつ、どこで、だれが?


「いま、ここで、きみが、だね」

「……うそだ」


「嘘じゃない。それがきみの力だし、ミナヅキ一族の証明だよ」


 彼――で合ってる? 彼が自分の拳銃を取り出しわたしの眼前へ。

 すると、体が勝手に動いた。


 わたしの手が相手の腕を取って――蛇のように絡んでから拳銃へ。

 無駄のない動きで弾を全て抜いていた。

 拳銃はあっという間に使えなくなり、わたしの拳銃だけが必殺の武器としてこの空間に君臨している――――初めて、見た。


 わたしが、わたしの意思を無視して動いているところを。


「…………」

「ありゃ、やられちゃったか」


 彼は拳銃を捨てた。そこで安心してしまったのが、たぶん隙。


 咄嗟にわたしの体が動いたけど、彼の最小の武器がわたしの首に突きつけられていた。


 爪の隙間。

 そこには小さな、銃が……。


「よく気づいたね、だけどもう避けられない。この距離……、そして頸動脈を撃ち抜くことくらいはできるよ――いくら天才肌のきみでもこれは回避できない。分解することもできないだろうね」


 かもね。

 だけどわたしは動いた。


 肉を切ってでも骨を断つ――今回だけは、わたしと体の意思が一致した。


 頸動脈さえ避ければなんとかなる……はず!

 信じて反撃するしかない。


「おっと……ふうん、やるね」


 彼は爪に仕込まれた銃を使う気はなかったらしい、既に別の手段でわたしを狙っていた。


 椅子を蹴り上げた。

 視線が一瞬だけ、そっちへ向いた瞬間に彼の姿が消え――斜め下!


 拳銃の重さが、わたしの体勢移動を僅かに遅らせた。

 そのせいで彼の回し蹴りが顎に直撃する――ぐっ!?


 両足が浮いて壁に激突する。ずるずる、とそのまま尻もちをついた。

 それでも拳銃は、握り締めたままだった。


「さすがミナヅキ……、命を落としても拳銃を離さない一族だね」

「だ、れ……なん、なの……?」


「僕もミナヅキさ。ただ、きみほど拳銃に愛されたわけでもないけどね……」

「…………」



「――かつて、特殊な力を与えるために、人間の中に”空間”を作ろうとした研究者がいた。ミナヅキ一族はそういう人たちの血を受け継いでいる、とされているんだ。

 人間ってのは必要なものを与えられて、既にぱんぱんな状態だ。もう別のものを入れる隙間なんてないんだけど、あえて空き――そう、”欠陥”を作ってそこに特殊な力を埋め込むことで、定着させる、なんて実験があったんだよ。大昔のことだけどね……。

 でも、受け継がれた血や個人のDNAは当時を覚えて――思い出し、今世代の人間にもちゃんとしっかり、受け継がれているわけだ――ミナヅキ」


 もしくはチシブキ――

 もしくはモウクラカイダン――

 もしくはリョウノメ――と。


 彼は楽しそうに話してくれる。


「世の中にはたくさんいるんだ……欠陥を埋めた特殊能力者がね。昔は個性が出ていたみたいだけど、今ではある技能に分類されている――そう、ミナヅキは『飛び道具を巧みに操る』一族なんだ。一族と言っても僕らに血の繋がりはないよ……、あるのは技術の繋がりだけだ」


 一族、と言ったけど流派なんだ、と彼は教えてくれた。

 だから――なんなの?


 わたしが……どうしたって?

 目的は、なんなのよ。


「勧誘だよ」

「……かんゆ、……?」


「僕についてきてくれるかな、赤刃明花。まあ断ってもいいけど、きみのその、欠陥を埋めたけどやっぱりこの世界では欠点となる特殊能力――いいや、特殊技能。

 社会から弾かれることは目に見えているはずだよ。その上で、元の世界に戻るかい? それとも、僕と一緒にくるかい?」


「…………」


「まあ、この場で死んでいる刑事を見た周りが、きみをどう扱うのか、想像できないわけじゃないと思うけどね――」


 嫌な人ね、と思った。


 この手を、わたしは取るしかないじゃない。


「悪いようにはしないよ」

「良くしてくれるの?」


「……おっと、銃口を離してくれるかな? 銃士として、きみには敵わないんだからね――」

「それは良いことを聞いたかも」


「悪いようにはしないから、本当に」

「……信じていいの?」


 彼は、もちろん、と言った。


「なら、仮面を外して。礼儀でしょ。それとも外せない理由でもあるの?」


 ……彼は動きを止めた。

 ゆっくりと仮面に手を伸ばし――かぱ、と外した。



 ……え?



 そこにいたのは、わたしだった。




「もちろん整形だよ。きみそっくりにしただけで――……あー、うん、理由は、その、聞かないでくれると嬉しいんだけど……」


「言って、理由」

「う……」


「なんでわたしの顔、そっくりに整形したの?」


 聞かないといけないことだろう。

 姉妹みたいにそっくり(ただし彼は男だけど……男だよね?)で……。いいや、姉妹よりそっくりだ。瓜二つだった。

 双子……と間違われるだろう。

 あなた……この顔で変なことしてないでしょうね、と詰め寄るべきよね?


「なんで?」

「…………好き、だったから……」

「は?」


「好きだから同じ顔になりたかった……ダメなのかな!?」

「…………ダメ……じゃあ、ないのかな……?」


 分からない。

 良し悪しは分からない、けど、ただ……気持ち悪いのは確かね。


 それを彼に言うと拳銃で自死しそうだったので言わなかったけど。

 わたしだって空気を読むことくらいあるのだ。

 気遣いだってできるのよ。


「……不快だよね、ごめんね……」

「いいけど……、うん、いいよ、もう……。好かれてるのは嬉しいし」


 思わず言うと、彼がわたしの手をぎゅっと掴んできた――あ。


「ありがとうッ、これからもよろし、」


 そこで声が途切れたのは、わたしの体が勝手に動いたからだ――銃声。


 わたしの片手が彼を撃っていた。

 器用に彼は避けていたけど、引き金を引いた時点でわたしの体はマジだったらしいね……、容赦なく、撃ち殺そうとしていた。


「あ、ごめん」

「あはは……いいよ大丈夫……、き、気を付けるから……」


「うん、そうしてくれるとあなたは助かるかもね」


 頭では許していても体はまだダメらしい。

 ミナヅキの才能――銃士の技術――これは欠陥を埋めた欠点なのかな。


 頭と体がまだ分離している感覚だった……。

 この感覚を制御するためには、彼についていくことが正解なのだろう。


 じゃないと、わたしは大切な人まで撃ち殺してしまいそうだった。


「……分かったわ、あなたについていく」

「ほんと? ありがと――赤刃ちゃん」


「あ、手が滑った」

「赤刃さん!! その銃を下ろして!!」


 今のは頭と体が繋がった気がした。

 ちゃん付けするな、照れるから。



 ――その時、僅かに聞こえた足音があった。


 外――さっきの銃声を聞いて、警察官がここへ向かっている足音だろうね……。

 えっと、……これはマズイのでは? どうするの?


「制圧しようか」

「どうやって?」


「僕たちは、さて、なんだったかな?」

「……ミナヅキ」


「だね。だから――――

 遠慮なくこの力で制圧しよう。それができる実力が、僕たちにはあるんだから」



 そして、わたしたちは拳銃片手に外の世界へ飛び出した。


 欠陥を埋めたつもりがこの世界では欠点となる戦闘の才能。


 わたしは銃士のミナヅキだった――



 らしい。

 まだ納得はいっていないけど、でも体が勝手に動く内は信じるしかなかった。


 引き金を引く。


 とても軽い。


 手に馴染む。


 まるでわたしの一部みたいに――



「赤刃さんこっち!」

「…………」


 手がぎゅっと握られていた。


 わたしは、自然と片手の拳銃を彼の後頭部へ向けていて――――



「守るから」


「…………」


「きみを、もうひとりにはさせない」



 …………手を下ろす。


 彼の手を、握り返した。



「赤刃さん?」


「よろしくね」


「? うんっ、表では欠点でも裏では財産だ。きみが生きる世界は、こっちなんだから!!」



 そして、わたしは彼の手に引かれるまま――、ありふれた日常生活から飛び出した。


 わたしはミナヅキ一族の――銃士の赤刃明花。



 狙撃の女王と、後に名乗ることになる女なの。





 …おわり

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