第8話 交差する名と思い①

「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね」

セレス様が微笑み、ふわりと銀の髪が揺れた。


「——私は、アルフォード王国の第一王女、セレス・フォン・アルフォードと申します。ただの“通りすがりさん”、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」


くすり、と上品に笑って、俺の方をじっと見つめてくる。


……なんというか、視線が真っ直ぐすぎて、ちょっと居心地が悪い。


俺は少しだけ迷った。

正直に「異世界から来ました」なんて言っても信じてもらえるわけないし、なによりこの世界の創造神から「正体は悟られるな」と言われている。

不用意に話せば、魔神に情報が漏れる危険だってある。


「……俺はリョウマ。ちょっと遠いところから来ててな。訳あって、この森を見て回ってたんだ」


できるだけ自然に言葉を選び、嘘でもなく本当でもない、曖昧な答えを返した。


「リョウマ様……ふふ、素敵なお名前ですね。重ね重ねになりますが、本当に助けていただきありがとうございます」

「礼はもういいさ。怪我人も助けたし、それで十分だろ?」

「ふふっ……確かに、ですね」


セレスがまた笑う。

よく笑う人だ。気品があるのに、どこか親しみやすい。

そして何より——その笑顔は、見た者を自然に惹きつける。


……まいったな。


「それより、どうして王女様がこんな“死の森”に?」

「そうですね。本当は、もう少し森の様子を見たかったのですが……一度王都に戻りましょう。その間、馬車の中でお話ししましょう。あ、あと——」


 彼女は俺をじっと見て、少しだけ目を細めた。


「王女様ではなく、“セレス”でいいですよ」

「いやいや、流石にそれは……」

「セ・レ・ス、で?」

「……わかったよ、セレス」


謎の圧に押されるように、俺はそう答えた。


呼び捨てはどうにも慣れないが、本人がいいと言うのだから、きっとそのほうが彼女らしいのだろう。


それに……地図も持ってない俺としては、王都という場所に向かえるのは正直ありがたい。調べたいこともあるし、今はそれがベストだ。


俺はセレスと共に、馬車へと乗り込んだ。


* * *


「なんでこの森にいたか、でしたね」


セレスは静かに話し始めた。


「リョウマ様もご存じの通り、魔神がこの地に現れてからというもの、魔物たちが活性化し始めました。それに対抗するために、創造神から力を授かった勇者や冒険者が、各地で魔物と戦っています」

「ふむ……」

「今回私たちがこの森を訪れたのは、ある“伝承”を確かめるためです。

 この死の森には、かつて魔神や悪魔を幾度も斬り伏せたとされる聖剣リヴァイスが眠っている、という古い記録があるのです。もしそれが本当なら、魔神討伐の鍵になるかもしれないと——」

「なるほどな。道理で、命懸けで来る理由があるわけだ」


少しずつ、この世界の輪郭が見えてきた。

けど、それでも疑問は残る。


「……ただ、それでも王族が来るのは異例だろ。もっと他に人を出せばよかったんじゃないのか?」


率直な疑問だった。いくら重要な調査でも、第一王女がわざわざ出てくるのはリスクが高すぎる。


「本当は、別の方が来る予定だったのですが……魔物の氾濫が起きて、皆そちらへ向かってしまって。急遽、私が代わりに出ることになったのです」

「そうは言っても、セレスは華奢だし……護衛的にも、もう少し後の方が良かったんじゃ……?」

「むぅ……私が、弱そうだと?」


セレスが頬をふくらませ、小さく腕を上げて“力こぶ”らしきものを作って見せる。


——全然できてなかったけど。


「これでも学園では首席なんです。魔法も剣技も、それなりにできますよ?」


言いながら、ちらっとこちらを見る。その視線が、なんというか……ほんの少しだけ、照れてるようにも見えた。


この人、強がりつつも、ちゃんと“誰かに見ていてほしい”んだな。


「へぇ。じゃあちょっとだけ見直したかも」

「ちょっとだけ、ですか?」

「“まだ”ちょっとだけな。今後に期待、ってやつだな」


 そう答えると、セレスはほんの少しだけ口をとがらせた。


 けど——その顔もまた、笑っていた。

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