第7話 静かなる眼差し

振り返ると、森の入り口から騎士たちがこちらを見つめていた。

誰もが動けず、ただ黙っていた。俺の力に驚いたというより、何が起きたのか理解できていない、そんな顔だった。


しばらくして、その中の一人が震える声で叫ぶ。


「お、王女殿下……!」


その声に、皆の視線が一斉に馬車へと向いた。

立ち尽くしていた騎士たちが、はっとしたように我に返る。


きぃ、と馬車の扉が静かに開いた。


そこから現れたのは——まるで月の光が人の姿を取ったかのような少女だった。


銀色の髪を丁寧にハーフアップにまとめ、肩までの毛先が淡く揺れている。

その瞳は澄んだサファイアのように美しく、それでいてどこか憂いを帯びていた。

背は小柄で、155cmあるかないかというほど。だが、その佇まいには一切の弱さがなかった。


静かに一歩、馬車の階段を下りた彼女は、俺に視線を向けて……そして、微笑んだ。


「……皆さん、ご苦労さまでした。そして……あなたが、助けてくださったのですね?」


その声は、お淑やかで優しげだった。けれど、芯の強さを秘めた、透き通った響きだった。


俺は少しだけ頷いた。


「通りがかっただけだ。手を出すタイミングがあっただけさ。」


彼女はその答えに目を細め、小さく首を振った。


「通りすがりにしては……お強すぎますわ」


その言葉に、騎士たちが思わず吹き出しそうになりながらも、必死に表情を抑えているのがわかった。


俺は肩をすくめる。

確かに、“ただ通りすがり”って言うにはやりすぎかもしれない。


「……まあ。困ってる奴がいたら助ける。それだけだよ。」


王女は、すこしだけ頬を緩めて——そっと、俺に向かって頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます。……あなたがいなければ、私たちはきっと……」


その言葉の先は続かなかったが、十分だった。

俺は軽く手を振って、言葉を遮る。


「もう終わったことだ。気にするな。怪我人は、無事か?」

「はい。多少の負傷者はおりますが、命に別状はありません。……あなたのおかげです」


その時だった。

俺が視線を向けると、彼女はわずかに顔をそらした。

けれど、その頬がほんの少しだけ紅くなっていたのを、俺は見逃さなかった。


(……気のせいか?)


まあ、深く考えることじゃない。

俺は手をかざし、静かに呟いた。


「《慈愛の光》」


淡く、温かい光が広がっていく。

癒しの魔力がゆっくりと騎士たちに降り注ぎ、その体を包み込んだ。


剥き出しの傷がふさがり、裂けた鎧の下で血が止まる。

腕を失った者の肌が再び繋がり、片目を失った者の視線が戻っていく。


まるで、神の奇跡でも見ているかのように——騎士たちは、ただ見つめていた。


「!? これは……皆さんの傷が……全て……!」


「ここまでしてくれるとは、何から何まで本当にありがとうございます!」


何人もの騎士が頭を下げ、感謝を繰り返した。


そのとき。

ふと視線を向けると、王女がこちらを見ていた。

そのサファイアのような瞳が、少しだけ潤んでいた。


「……あなたは、本当に……人間、なのですか?」


小さく呟いたその声は、俺に届いた。

けれど俺は、あえて答えなかった。ただ、静かに微笑むだけだ。


(さて)


これで、当初の目的は果たした。

けれど、この王女には何かがある。


彼女の気配は、どこか“ただ者じゃない”。

銀の髪にサファイアの瞳。

優しさと覚悟、その両方をその身に宿すような佇まい。


この世界で、何が起きているのか。

なぜ俺が呼ばれたのか。

——そして、この王女は何を背負っているのか。


今はまだ、その答えはわからない。

けれど、俺の中に浮かんでいた疑問は、確信へと変わりつつあった。


(——この王女は、俺がここに来た意味と……きっと、関わってる)


もう一度彼女を見ると、彼女もまた視線を返してくる。

そのまなざしは、柔らかく、静かで——けれど、ほんのわずかに揺れていた。


その揺れが、心のどこかに触れた気がした。

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