第6話 紫雷、天を穿つ

 もう一体の焰災龍アーガスが俺を見据えていた。


 先に倒したつがいの片割れとは違う。こいつは明らかに、怒っている。

 体躯は一回り以上大きく、全身から立ちのぼる炎が、周囲の空気を歪ませていた。

 ただ立っているだけで、あたり一帯が灼熱地獄に変わっていく。


 熱風が吹き荒れ、草木が爆ぜるように燃え上がった。

 俺の服の裾が風になびく。だけど、俺の心はまったく揺れてなかった。


「……ご機嫌ななめってやつか。まあ、気持ちはわからんでもないがな」


 俺に向けられるアーガスの殺意は明確だった。

 吼える声が空を割り、地面が震える。獣というより、まるで神の呪いそのものみたいな威圧感だ。


 だが俺は、その場から一歩も動かず、笑みすら浮かべていた。


「さて、今の俺で遊んでくれるなら、ちょうどいい」


 その瞬間、アーガスが動いた。


 地を蹴り、爆発的な速度で俺に突っ込んでくる。

 巨体とは思えないほどの加速。地面を抉り、炎の塊が直線で突撃してくる。


 ——だが遅い。


「《紫雷の一刀》」


 雷撃が一閃。

 紫の光が一直線に走り、突進の真ん中をぶち抜いた。


 爆音とともにアーガスが弾き飛び、森の奥に激突。倒木が吹き飛び、炎が広がる。


「……おっと、これじゃまだ終わらないか」


 灰の向こうから、唸り声が響く。

 炎をまとった尾が地面を裂きながら飛んできた。俺はそれを紙一重で躱し、振り向きざまに切り上げる。


 再び斬撃。雷が爆ぜ、アーガスの腹部に閃光が走った。


「ぐああああああぁっ!!」


 怒りの咆哮。炎の波が四方に放たれる。

 地が焼かれ、木々が瞬時に燃え上がった。


 アーガスは傷つきながらも、むしろ狂暴さを増している。

 その眼には恐怖がない。ただ“俺を殺す”という意思だけが燃えていた。


「……いい目だ」


 俺は剣を持ち直す。雷の力が刃に集まり、ビリビリと空気を裂いていく。

 紫の閃光が、剣を中心に渦を巻いた。


「——でも、残念だな」


 アーガスが再び口を開いた。

 赤黒い光が喉元に溜まり、ブレスの発射を予感させる。


 炎の奔流が、すべてを焼き尽くすように放たれる——!


 ……が。


「それじゃ、俺には届かない」


 笑いながら俺は一歩、前に踏み出す。


「《紫雷の一刀・滅》」


 ——空間が弾けた。


 紫電が咆哮を裂き、逆流するようにブレスを切り裂いていく。

 閃光がアーガスの口内にまで侵入し、次の瞬間、その全身を雷が貫いた。


 ドンッ……!


 音が一瞬遅れて追いつき、衝撃波が周囲をなぎ払う。

 空が白く光り、地面が吹き飛ぶ。


 アーガスの巨体が、そのまま蒸発していった。

 咆哮も、爆音も、何もかも消えた。


 ——ただ、紫の雷だけがそこにあった。


 そして、それすらも風に溶けるように静かに消えていく。


 しばらくして、俺は剣をゆっくりと鞘に納めた。


「終了。……ってとこかな」


 辺りは静まり返っていた。

 風が通り、燃え残った草木が揺れる音だけが、かすかに残っていた。


 振り返ると、森の外で騎士たちが見守っていた。

 誰一人として動けず、ただ俺の立つ場所を見ていた。


 その視線が痛いほどだった。

 でも俺は、いつも通り、涼しい顔をして立っていた。


(ふぅ……これで一区切り、か)


 あとは、あの馬車の中にいるであろう何者かと話さないとな。


 ——それは、次の話だ。

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