第3話 焔災龍との遭遇
森の空気は、まるで皮膚に貼りつくように重たかった。
湿った風が背中を撫でるたび、どこか生ぬるい。魔力に濁った空気は、呼吸するたびに肺にざらついた感覚を残す。
(これが“死の森”か……)
名前の通り、ここには生が根を下ろしていない。
ただ、死と獣の気配だけが息づいている。
歩みを進めると、足元を黒い何かがすり抜けた。
一瞬で姿を消したが、魔物であることは間違いない。気配が濃すぎる。
「……見てきてるな」
俺の動きをじっと伺っている。だが、それがどうした。
むしろ、好都合だ。向こうが仕掛ける前に、こちらから斬り伏せればいい。
と、そのとき。
——ガンッ!
剣と金属がぶつかる鋭い音が、森の奥から響いてきた。
続いて、誰かの怒鳴り声、獣の唸り。これは間違いない。戦ってる。
俺はすぐに音の方向へと走り出す。音が近づくにつれて、血の匂いが濃くなるのを感じた。
視界が開けた先。金細工の施された高級な馬車が森の中に立ちすくんでいた。
その周囲には、数人の騎士たち。盾を構え、剣を振るい、血に染まりながらも必死に戦っている。
「……っ、この馬車だけは守り抜け!」
怒鳴る声に振り向くと、騎士の一人が仲間をかばいながら炎に包まれて倒れた。
悲鳴も上げずに崩れ落ちる姿に、俺は息を飲んだ。
その前方にいたのは——
二体の巨大な龍。
黒い鱗は赤熱し、ところどころから炎が漏れ出ている。
呼吸のたびに地面が揺れ、空気が焼けていくようだった。
片方が馬車に向かって咆哮し、もう一体は翼を広げて空を睨む。
獲物を逃がさないという意思が、全身から滲み出ていた。
(……これは、確かに厄介だな)
ただの魔物じゃない。
動きに無駄がない。状況を読み、敵の配置を把握して、効率よく殺すための動きをしている。
知性を持ってる。つまり、“狩る”という行為を理解してる。
騎士たちはすでに限界だった。片膝をついて息を整える者、肩で血を流しながら剣を構える者。
それでも立っているのは、意地と覚悟のなせる業だろう。
俺はゆっくりと歩み出る。草を踏む音がやけに響いた。
騎士たちがこちらに気づく。
「君、なにをしている! 下がれ、ここは——!」
一人の騎士が叫ぶ。その声は、焦りと恐怖に満ちていた。
「君には無理だ! あれはSランク、焰災龍アーガス! 我々でも歯が立たない……君じゃ、ただの犠牲になるだけだ!」
俺は彼を一瞥し、目の前の龍に視線を戻した。
「……なるほど。あれがアーガスか。ちょうどいい。」
腰の剣に手をかける。
その瞬間、空気が張り詰めた。周囲の風が止まり、アーガスの一体がゆっくりと首を向ける。
赤黒く光る眼が、俺を見据えた。
(こっちに気づいたか)
いいだろう。
「少し……試させてもらおうか。」
静かに、剣を抜いた。
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