第4話 青龍の太刀

目の前に立ちはだかるのは、焰災龍アーガス。

その巨体から放たれる熱気が、俺の肌を焼くようにまとわりついていた。


地を踏み鳴らしただけで地面が揺れ、枯れ木の残骸が飛び跳ねる。

森に満ちていた生命の気配は、今や微塵もない。周囲の木々は焼け落ち、地表は灰に覆われていた。

まるで、アーガスの存在そのものが“災厄”だとでも言わんばかりの風景だった。


(……見事なもんだ)


 強大な力を誇示するような威圧感。その場にいるだけで、誰もが膝をつきたくなるほどの重圧がある。

 だけど、俺の呼吸は静かだった。


「……来い。」


 一言。静かに放ったその声に、アーガスが反応する。

 目がぎらりと光り、地を蹴って動き出した。


 大地が砕ける。

 迫るは、灼熱の咆哮。アーガスが大きく口を開いた瞬間、胸の奥から赤黒い光が溜まりはじめる。

 ブレスだ。


 俺の足元の空気が熱を孕み、わずかに震えた。

 この距離で受ければ、普通の人間なら跡形も残らない。


(……さて、どこまでやれる?)


 次の瞬間、怒涛のような轟音と共に、灼熱の炎が放たれた。

 森の残骸ごと焼き払う勢いで、赤黒い火の塊が俺を飲み込もうと襲いかかる。


「《青龍の太刀》——」


 俺は静かに剣を抜いた。


 瞬間、蒼い閃光が空を裂くように奔る。

 剣から放たれたその一閃は、まるで龍が飛翔するかのごとく形を成し、空へ駆け上がる。


 青龍は咆哮を上げることなく、ただ静かに、しかし鋭く、炎の奔流に突っ込んだ。


 ——そして、かき消した。


 灼熱のブレスは、まるで元から存在しなかったかのように霧散し、跡形もなく消え去る。


(効いてるな )


 青龍はそのままアーガスの巨体にまとわりつくように巻きつき、鱗を剥がし、肉を裂いた。

 灼熱の鱗が、ひび割れ、次々と剥がれ落ちていく。


「グオオオオオォッ!!」


 アーガスが悲鳴に近い咆哮を上げ、暴れ始めた。

 地を割るほどの踏み込み、薙ぎ払う尾、空を裂く爪。どれも一撃で人間を粉砕するには十分な破壊力だった。


 けれど、俺はその全てを見切っていた。


 瞬間、アーガスの前脚が唸りを上げて振り下ろされる。


(遅い)


 身体を半歩引き、重心を傾ける。風が俺の髪をなぞって抜けていった。

 爪がすれ違い様に地を抉り、その場に大きな裂け目ができる。


 俺は迷わず、距離を詰めた。


「まだ動けるのか。だが……もう終わりだ。」


 剣に力を込める。今度は、仕留めるための一撃。

 蒼い光が再び剣を包み、その力が圧縮されていく。


 アーガスの目が、俺を睨み返してきた。怒りと恐怖が入り混じったような瞳だった。


「《青龍の太刀・断》」


 閃光が走った。


 青龍がその口を開き、アーガスの胴体をまるごと飲み込むように走り抜けた。

 剣の軌跡が空に残像を描き、遅れて地響きが森に響き渡る。


 アーガスは、そのまま声も上げずに崩れ落ちた。

 ゆっくりと、重く、大地に沈むように倒れ、地面を割って横たわる。


 そして——沈黙。


 剣をゆっくりと鞘に収め、俺は息を吐いた。


「……終了だ。」


 静かな声が、焔災を制した証として森に染み渡っていった。


 風が吹いた。

 灰が舞い上がり、森の奥で見ていた騎士たちの視線が、無言のままこちらに注がれているのがわかった。


(次は……あのもう一体、か)


 戦いは、まだ終わっていない。

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