第12話

 翌日、昼のギルド内。

 ギルド内の掲示板には、この時間としては珍しく、依頼書が多く貼られている。

 夜間に襲撃があったからか、今日は依頼を受ける冒険者が少ない様だ。

 ギルド内に聞こえる声もいつもの活気はなく、夕方の仕事帰りを彷彿とさせるような疲労感を帯びた声ばかりが漏れ聞こえる。

 昨晩は五日間寝つづけていた上に、食事を摂らないままのエネルギー不足の体で戦ってきた。

 昨晩、軽食を食べたものの、今日の体は労働の反動か酷く重たく怠い。こんな日はできるだけ体を休めるべきだ。

 今日は何もしないと決意した私はギルドの階段を降り、掲示板を横目に見ながらギルドカウンターへと向かう。 


「けほっ、預けている報酬の受け取りをお願いします」

 私が倒れてしまった日。メディが代わりに達成報告をした依頼の報酬の受け取りをカウンターにいるギルド職員、レセに依頼する。

「報酬の受け取りですね。依頼の報酬と持ち込み品の報酬を合わせて、銀貨五枚と銅貨二枚です」

「では、銀貨一枚受け取りで、けほっ、残りはギルド預かりでお願いします」

 私は村へ帰るための費用として、報酬の一部をギルドに預金している。また、私が休んでいる間の宿泊費などもそこから差し引いてもらうようにしている。


「そして、ごめんなさい。食事を後で部屋までお願いします」

 今の私の体は消化に悪いものを受け付けない。

 ギルド職員の方々には申し訳ないけれども、消化に良い食べ物を依頼する。


「分かりました。伝えておきます。その後で構わないのですが、ギルドマスターから声がかかっています。後ほどギルド長室を訪ねてください」


「分かりました」

 昨晩のことを聞きたいのだろうか。

 私はそんな疑問を抱きながら、レセに返事をして部屋へと戻る。


 しばらくして、ギルド職員の方が持ってきてくれた暖かい麦粥を食べ終えた私は、食器を返し、その足でギルド長室へと向かった。

 ギルド長室の扉をノックし、名前を告げると「入れ」という声が聞こえてきた。

「失礼します」

 私が中に入ると、書類作業をしていたのであろうタダンが、書類を置いてこちらを見る。

 筋骨隆々のタダンが書類作業をしている姿には何だか違和感があるが、ギルド長になると色々とあるのだろう。


「おう来たか。そこにかけてくれ」

 私が示されるまま、ソファに腰掛けると、タダンも書類を引き出しにしまい、何かを取り出して私の向かい側に座る。


「まずは、昨晩はよくやったな。病み上がり…上がってんのか分からないが、助かった」

 タダンの視線は真っ直ぐこちらの目を見ているが、その目の輝きに何かためらっているような光が見えたような気がした。

 私がそのことを疑問に思っていると、タダンは言葉を続ける。


「ギルドとして、お前にこれをやる」

 タダンが渡してきたのは、ギルドカードと置いたときに金属の音が鳴る小袋であった。そこには、今まで使っていたギルドカードとは異なり、大きく「C」という文字が書かれてあった。


「ランク昇格だ。ワーベア特異種の実績、と昨日の成果でCランクに充分足ると判断した。そしてこっちは、報酬だ。ワーベア特異種の分の代金と、昨晩の報酬で銀貨二百枚入っている。特異種の査定だったから、普通よりも時間がかかったが、受け取れ」

 村に帰るまでに必要な金額は銀貨三百枚。

 今までの依頼で少しずつ貯めていた金額と合わせて、銀貨二百二十枚くらいになっただろうか。

 今まで少しずつしか貯まらなかった村に帰るまでの費用が一気に増えた。

 それにランクが上がったことで、今までよりも報酬が高い依頼を受けることができるようになる。

 絶望的であった村に帰るまでの目処がたったような気がした。

 すぐにメディに伝えたい。

 地に足がつかなくなりつつある私に「そして、もう一つ大事な話がある」とタダンは鋭い視線を向け、釘を刺す。


 話をしようとするタダンの表情は先ほどまでとは違い、真剣そのものであった。

「ランクがC以上になると、ギルドから指名で強制依頼が出されることがある。そして、それはシックス、お前も例外ではない」

 そこまで言うと、タダンは一息ついて言葉を続ける。


「そして数日中に、ギルドのCランク以上の冒険者全員に強制依頼が出るだろう」

 言葉を発すると共にタダンから漂う殺伐とした異様な気配に、私は先ほどまでの浮かれていた気持ちもどこへやら、静かに息を飲む。

 タダンから発せられる雰囲気は、異常事態を伝えるものであったからだ。


「依頼内容は…。そうだな、魔族関係とだけは伝えておこう。詳細はまた後日、全体にまとめて伝えるが、村に帰るのはしばらく先になると心しておけ」

 魔族。

 昨晩の騒動の元凶である可能性がある、その魔族との関係と言われると、昨晩の騒動が何か大きな騒動に繋がっているように感じてならない。

 だけど、村に帰るための光明が見えたと思った矢先にそのような話題が来るとは…、と内心考えつつ「分かりました」と返事をすると、タダンは椅子の背もたれに体重を預け、腕を組む。


「お前には、その強制依頼の先発隊として王都に行ってもらう。もちろんお前一人だけではない。お前の連れの薬師の嬢ちゃんも連れて行っていいし、お前も知っているホワイトキャップの面々にも一緒に行ってもらう」

強制依頼に対して他の人の力を借りられるのは有り難いが、ふと疑問が浮かぶ。


「どうして私が先発隊に…」

 私の言葉に、タダンは一つ大きなため息をつきながら答える。


「そりゃあ、お前、体調崩して行けませんでした、なんてことにならないようにするためだ。強制依頼に参加しないとなると、ギルドでの活動はできなくなるからな。早めに出れば道中で体調を崩しても時間的には問題ないだろうし、お前のことを知っている面々と一緒の方がお前にとっても勝手がいいだろう」

 その言葉を聞いて、私に対する正しい理解に何も言えなくなるのと同時に、申し訳なくなり、少し気持ちが沈みながらも「分かりました」と答えるしかなかった。


この強制依頼の話がギルド全体にあったのは、これから二日後。

私の体調も回復した頃のことであった。


先発隊はその日の中に出立することになり、大荷物のメディ、そしてリーダーのグリスが率いるホワイトキャップの面々とギルド前で合流した。


「おう!シックス、体調は大丈夫か!」

そう声をかけてくるのはホワイトキャップの軽戦士ケーシー。

彼は相変わらずの快活さで、依頼に対する不安を感じさせない。


「ええ、皆さんもお変わりないようで」

メディも一緒に行くことになり、自身の体の不安とメディの安全の不安、そんな様々な不安を抱えていた今の私には、ケーシーの明るさが有り難かった。


「今回も宜しくお願いします」

メディがホワイトキャップの面々に頭を下げると、グリスが「こちらこそ宜しくお願いします」と礼を返す。

そして、メディに荷物を持っていない右手を伸ばす。

「荷物、重たいでしょう。馬車まで運びますよ」

メディは「申し訳ないですし、大丈夫です!」と話していたが最終的にはグリスの好意に甘えることにしたようだ。


馬車乗り場への道すがら、グリスはガチャガチャ音を鳴らすメディの荷物を出来るだけ揺らさないようにしながら、全体に確認する。


「王都へは馬車で向かいます。恐らく五日ほどの旅になるでしょう。魔物の襲撃も予想されますが、その際は基本的にホワイトキャップで対応します。シックスさんは馬車の近くでサポートを、メディさんは決して馬車から出ないように」

メンバーの中で最もギルドランクがBと高いグリスの指示に了承の意を示すと、私はふと疑問に思ったことを口にする。


「そういえば、他の先発隊の方々はもう向かわれたのですか」

グリスは「ええ」と肯定する。


「特に戦力となりうるギルドランクがAの方々は支給された荷物を持って真っ先に。Bランク以下、後発組は基本的に補給隊と共に王都に向かいます。大人数の移動となると、統率する者が必要ですし、食料等補給の課題は尽きませんからね。今回の場合、長期戦になることが考えられますので、特別な事情がない限りはあまり慌てる必要はないのですよ」

その特別な理由である私は苦笑するしかなく、教えてくれたグリスに感謝の言葉を述べる。

そうしている内に馬車乗り場へ到着した私たちは、王都に向けての旅を始めたのだった。

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病弱魔法使い〜オーバーワーク〜 水降 恵来 @K_Suiko

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