第11話

 扉から出ると、空にも大地にも、至る所に魔物の姿があった。

 悪魔種、ウルフ種、ゴブリン種、視界に入るだけで二十体は超えている。

 所々、夜遅くまで酒を飲んでいたのであろう、もしかしたら酔い潰れていたのかもしれない、赤ら顔で剣を振るう冒険者の姿があるが、やはり本領発揮とは言えない状態にあるようだ。

 五体ほどの魔物たちは私の姿を見つけてか、私の方へと迫ってくる。


「ファイアウォール」

 火の壁が私と魔物の間に立ち塞がる。

 突如現れた火に怯んだ魔物たち目掛けて、続け様に氷の槍を放つ。

 そして、火の壁は氷の槍が通る瞬間に消してしまう。

 氷の槍は目隠しとなっていた火の壁のあった場所を取り過ぎ、魔物たちに突き刺さる。

 ゴブリン種とウルフ種は頭部、悪魔種は腹部と胸部に槍が突き刺さって絶命していた。


 魔法に反応してか、上空を飛んでいた悪魔種が一斉にこちらを向く。

「けほっ、ダイヤモンドダスト」

 その姿を見て、私は魔法を発動させた。

 空気中に魔力の籠もった小さな氷の粒を大量に発生させる魔法。

 その氷の粒は魔光灯の光を受け、辺り一帯が宝石に似た煌めきに包まれる。


「条件、接敵。氷爆」

 悪魔種がこちらに飛んで来ているを視界に収めながら、追加で魔法を発動させる。

 魔法発動後、飛びかかってきた悪魔種がダイヤモンドダストに触れた瞬間、氷の内部の魔力が爆発し、強烈な冷気を発生させる。

 その冷気によって、一瞬で氷像と化した悪魔種が地に落ち、その衝撃で頭部が砕ける。

 後からやってきたウルフ種やゴブリン種もダイヤモンドダストに触れた瞬間に、氷像と化す。

 このダイヤモンドダストがなくならない限り、これでギルド前の広場は安全だろう。


「げほっ、げほっ」

 爆発によって生じた冷気を吸い込んだ影響か、咳が出る。

 一旦安全地帯ができたところで、背後が騒がしくなってきた。

 直後、私の背後のギルドの扉から、人が続々と出てくる。


「おいおい、なんだこれ」

「これは…、生きてるのか」

「おい、今はそれどころじゃない、いくぞ」

 ギルド前には、落下の衝撃で砕けた悪魔種の氷像と、走った姿のままで固まったウルフ種、武器を構えるゴブリン種がそのままの姿で固まっていた。

 ギルドから見て、左右に伸びる道に向かって冒険者たちは走っていく。


「けほっ、今必要なのは広域の殲滅魔法…。しかも街に被害を出さないもの。または召喚者にだけ魔法を当てること」

 それらの魔法が思いつかず、私はどうしたものかと考えつつ氷像を砕くと、魔物が走ってきたギルドから見て左手の方向へと足を進める。

 私の前には先に駆け出していった冒険者たちの姿があった。

 彼らはギルドに泊まっていたことからして、ランクの低いEランクやDランクの冒険者たちが主だろう。

 しかし、彼らも引くことなく自分たちの武器を手に魔物たちと戦い続けている。

 ウルフ種やゴブリン種は戦い慣れているのだろうか、安定しているが、悪魔種との戦いに苦戦しているように見える。

 空を飛ぶタイプの魔物との戦闘経験が少ないのかもしれない。


 戦闘中だからだろう、幸いにもこちらを見ている魔物は少ない。

「フリーズランサー」

 空を飛ぶ悪魔種のみを狙って、氷の槍を放つ。

 その氷の槍は次々と、十を超える空を飛ぶ悪魔種の腹と胸に突き刺さっていく。


「病弱か、助かった」

 地に落ち、動けなくなった悪魔種の様子を見た冒険者たちは、ウルフ種とゴブリン種を次々と狩っていく。

 私は冒険者たちの後ろで、魔力を循環させて体調を最適化させながら待機する。


 しばらく進むと、分かれ道から別の冒険者が合流した。

「シックスか」

 そこから現れたのは、この街にやってくる時の護衛を務めていたシーカーズのリーダー、シークであった。

 槍の穂先に似た短刀を右手に持ち、周囲の様子を伺いながらこちらに近づいてきた。


「これが召喚によるものだとは分かっているか」

「はい、この先に発生源があるのではないかと思っています」

 私の言葉にシークは頷くと、私の前を先導するかの様に歩く。


「付いてこい。元凶を叩くぞ」

 シークはそう言うと、通路の先にいる魔物へと飛びかかる。

 ウルフ種やゴブシン種はすれ違いざまの一撃で首を切り飛ばし、空から向かってくる悪魔種には腰に下げた短刀を投げて撃墜、走り抜けがてら悪魔種にささった短刀を回収。

 魔光灯の光しかない夜にもかかわらず、攻撃のどれもが魔物の急所を貫いていた。

 その留まることない動きと攻撃の正確さに驚きながらも、私は魔力を循環させながら早足でシークの後に続く。


 シークは息を乱すことなく、魔物たちも障害ですらないかのように先へと進んでいく。

 その密度は進むに連れて上がっていくのだが、それでもシークの歩みは止まらない。

 斬って、投げて、回収して、投げて、斬って、投げて、投げて、斬って、投げる。

 気づけば、シークが投げたはずの短刀がいつの間にか手に戻っている。

 おそらく彼の短刀は魔武器なのだろう。


 目の前にある曲がり角から魔物の密度が急激に上がり、百に上ろうかというウルフ種とゴブリン種の魔物の波が押し寄せる。

「この先が中心地だ。シックス、代われ」

 シークはそう言うと、私の後ろへと下がる。


「はい」

 私は杖を構える。

 体内を循環させていた魔力を解放すると、同時に杖で地を突く。

「フリーズ」

 杖を突いた場所から発生した冷気が大地を走る。

 冷気の波は触れた場所を凍らせて、先へ先へと押し進んでいく。

 それに伴い、通路が、街が、魔物が、氷に覆われ固まっていく。

 その冷気は目の前の通路をひた走り、通路の先にあった広場までも覆い尽くした。


 動かなくなった魔物たちの姿を見て、シークは再度歩き出した。

 パキリ。

 バキッ。

 パキリ。

「歩きにくい」

 シークは少し文句を言いながらも、周囲への注意を逸らすことなく、地面に張った氷を踏み割りつつ、氷像となった魔物を砕いて広場へと進む。


パキリ。

「げほっげほっ、それはどうしようもないですね」

 冷気が肺に刺さる。

 フリーズは、接する物を凍らせる魔法。

 街に被害を出さない魔法で、消費魔力の少ない魔法となると、この魔法が最適と判断したのだ。

 幸いなことに新たに魔物がやってくる気配はない。


 広場に到着すると、そこには、いくつもの氷像と広場の中心に、片手に収まるサイズの小さな鐘が凍りついた状態で置かれていた。

 その鐘をシークが拾い上げる。

 チリンという音が一度なると、目の前にゴブリンが現れる。

 その瞬間、シークは短刀でゴブリンの首をはねた。


「これに魔力を吸われた。どうやらこれが召喚の原因のようだ」

「しかし…」

 私が言葉を紡ごうとすると、シークは頷くと言葉を続ける。

「ああ、これはゴブリンを呼ぶ鐘。つまり、他に二つ。ウルフとデーモンを呼ぶものがある」

 シークはゴブリン種の腰布を切ると、鐘が鳴らないように鐘の中に詰める。

「そして、先ほど音が鳴った際に魔力を吸われたということは、この鐘を使った者とウルフ種の鐘を持つ者が近くにいるということだ」

 シークが鐘を腰に刺すと、火の魔法を上空へ放つ。

 その魔法は上空で弾け、パパンと音を出した。


 すると、少しして様々な方角から、三人の人影がやってくる。

「報告を」

 シークのその一言で、三人の内、一人が話し始める。

 三人はシーカーズのメンバーなのだろう。

「街の魔物は、ギルド長、副長、その他冒険者によって鎮圧傾向にあります。また、悪魔種を呼ぶ笛はギルド長が回収済みですが、犯人は不明です」

 その言葉を聞いて、シークはメンバーに指示を出す。

「近くに二人の召喚者がいて、一人はウルフの笛を持っている。遠くには行っていないはずだ。一帯の捜索を」

 指示を聞いたメンバーは即座に駆け出すと、街の闇の中に消えた。


「さて、掃討の続きだ。行くぞ、シックス」

 そう言うと、シークは先ほど来た道とは、異なる道を選んで進んでいく。

 私はその後に続いた。

 私たちは狩り残しがないか、細い路地を覗き込みながら、時折出会った魔物たちを倒す。

 この作業は街中に兵士が配置されるまでの数時間続けられることになった。

 途中、シーカーズの人たちがやってきたものの、不審人物は周辺にはいなかったらしい。

 余程逃げ足が速い相手だったのだろう。


 騒ぎが鎮静化しつつあると判断した私たちがギルド前の広場に戻ると、そこには戦い終えた冒険者たちと怪我人が集まっていた。

 広場の一角に作られた救護所では治癒魔法が使える神官や薬師、ギルド職員が手分けして、怪我人の重症度に応じた治療を行なっている。

 漏れ聞こえた話では、夜道を歩いていた人や低位の冒険者の中には亡くなってしまった者もいるらしい。

 そして、魔物を召喚した人物は、人とは異なる灰色に近い肌だったという情報も。


 灰色の肌、それは魔族の持つ特徴。

 人間族と敵対する存在がこの街にやってきたということなのだろうか。


 広場にはギルド長のタダンと副ギルド長のサギーの姿があった。

 それぞれが広場に戻ってきた冒険者たちからの報告を聞いているようだ。

 私とシークは報告をするため、タダンの前に立つと、シークは鐘を取り出して見せる。

 一目見てそれが何か分かったのだろう、タダンは「こいつは、お手柄だな」と鐘を受け取り、シークと私を交互に見る。


「なるほど、街中の凍った魔物、そしてこの広場の防御魔法は病弱坊主がしたものだったか」

 私が「そうです」と頷くと、タダンに肩をバシバシと叩かれた。


「やるじゃねえか。流石は賢者の卵。あとは大丈夫だろうから魔法はもういいぞ」

 そう言うと、タダンは親指でギルドの方を指差した。


「シークに後の話は聞いておく。先に病弱坊主は休んでおけ。続きは明日だ」

 シークの方を見ると、シークも「問題ない」と頷いていた。


「それでは、お願いします」

 私は二人に一礼すると、ダイヤモンドダストを消してギルドの中へと入る。

 ギルド内部では、一部のギルド職員が慌しげに駆け回っていたため、その人たちの邪魔にならないようにと階段へと歩む。

 途中、壁際に寄せられていた私が部屋から持ってきた水差しが目に入る。


「けほっ、水を飲んでから寝ようかな…」

 私は水差しを手に取ると、水を汲みにギルドの裏手へと向かった。

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