第34話 底なし闘技場

 翌日、夜――


 または時は戻って『底なし闘技場』、選手控え室……


 こうしてオレこと数原匠十かずはらたくとは、闘技場へと参加する運びとなった。あとはここにいる奴らを全員ぶちのめせば、その赤髪の……星羅せいらかもしれない女に会える。


『さあ、盛り上がりも最高潮と言ったところでッ――! 選手の準備が整ったようです。それではお呼びいたしましょう! 地に堕ちた負け犬どもォォオオ‼ カモォォオォオオォンッッッ‼』


 司会者グランド・コーラーの劈くような声に呼応し、左手奥にある重々しい扉が開いていく。


「ようやく始まるな。へっ! 血が滾るぜ!」


 隣に座っていた髭面の男は席を立つなり、握り締めた拳とその身を震わせる。

 その後も続々と席を立っては、沸き立つ観衆の待つ闘技場へ。オレも後を追おうとするが、一つの疑問が頭をかすめる。


「全員で行くのか?」

「普段はトーナメント方式でやるらしいが、今日は負け犬の人数が多いからな。乱闘方式に変わったんだと。手っ取り早くて助かるぜ」


 問いに答えたのは、変わらず横を歩く髭面の男。そういうもんなのかと周りを見渡すが、血湧き肉躍ってんのは一部の奴らだけ。半分は無理やり連れてこられた所為か、怯え切っているという感じ。


「今宵はこの二十名の負け犬どもで『乱戦闘技』を行なってもらいますッ‼ さあ、観衆の皆々様! 『乱戦闘技』の名物については、ご説明するまでもありませんね? では、早速行っちゃいましょォう‼ ――‼」


 司会者グランド・コーラーの呼びかけに応じ、観衆から投げられたのは――剣、――斧、――首飾り、――指輪、――etc.


「俺が拵えた剣を取れ! そいつで首をたたっ斬るんだ!」

「我が家に代々伝わる首飾りよ! それをつけて血に塗れなさぁ~い!」


 一体どういった趣向の下、こんなのが名物になっているのか全く理解できないが、隣の髭面男曰く『宣伝』らしい。ここで手に取った武器や装飾品を身につけた状態で勝つと、その投げ入れた奴の名も上がるらしい。観衆にとってもここは、栄光を掴み取る場ということか。


「さあ、負け犬どもは各々武器を取って拾って~! その間にたった一人のみが掴み取ることができる、今宵の『賞品』をご紹介いたします!」


 周りの奴らが武器を拾う中、オレの興味は司会者グランド・コーラーの方に。


「フッ……」


 よく見ればその隣には、あのシュヴァイクもいた。王の如く、最奥のド真ん中に踏ん反り返っている。が、今は賞品の……星羅の方が重要と、再び視線を司会者グランド・コーラーの方へ。


「世にも珍しいの少女! 知る人ぞ知る『異端の姫君』ィッ! ――レイラ・ヴェルトヴァンドラーッッッ‼」


 ま、その希望はすぐに打ち砕かれることになるんだがな。


 闘技場内に轟く司会者グランド・コーラーの高声は、嫌でもオレの耳に入ってきた。


「……っ」


 次いで目に入ってきたのは、後ろ手に拘束されたの女が、衛兵らに連れてこられる光景。遠目でも違うと分かる。星羅せいらの髪色はあそこまで深紅ではない。全くの……別人だと。


 まあ、いきなり当たりを引けるなんて思っちゃいないさ。思っちゃいなかったが……期待が外れると、こうもやる気が削がれるか。わざわざこんな闘技場にまで参加したというのに……


「レイラ・ヴェルトヴァンドラーですって……⁉」

「あの……ヴェルドラ国の『異端の姫君』か……?」

「一国の姫が賞品とは……。面白くなってきやがったぜ!」


 しかし、観衆の方はその賞品を前に驚き、そして興味津々といった様子。どうやら有名な奴らしい。まあ、どうでもいいがな。もうそんなの。


「上物とは聞いてたが、まさかあの『異端の姫君』とはな」


 視界の端にいた髭面の男が、知った風な口を利いていたので、


「知ってるのか?」


 一応問うてみる。その『異端の姫君』とやらを見上げながら。


「……っ! ゔ……っ、ぅぅ……っっ!」


 が、何故か返ってくるのは呻き声だけ。何事かと視線を真横へ移すと――


「ハァーッハッハッハッ‼ 先手必勝だァッ‼ 全員ブッ殺してやるよォォオオッッッ‼」


 真後ろに居た全身筋肉ダルマ男が、ご大層な斧で髭面男の脳天をかち割っていた。血が噴水の如くピューピューと吹きだしている。まだゴングは鳴っていなかったような……?


「おやおや、まだ開始の宣言はしていないんですがね~? まあ、いいでしょう! 奏者! 角笛ホルンを!」


 司会者グランド・コーラーの号令に従い、奏者の角笛ホルンが闘技場内に響き渡った。するとそれに呼応して、歓声がそこらかしこに飛び交い始める。


「くそっ……! やるしかねえッ……!」

「なんでわしがこんな目に……っ!」

「嫌だぁ……っ! 死にたくねえ……‼」

「次はどいつだぁ‼ かかってこォォオいッッ‼」


 とはいえ、それは自分の命を賭けない外野のみ。負け犬サイドたるこちらは、まさに阿鼻叫喚だった。

 武器を拾う者、頭を抱える者、逃げ出す者に、雄叫びを上げる者。眼前の世界は一変し、その姿を地獄絵図へと変えていく。


「よっしゃ行けぇぇええぇッッッ‼」

「私の首飾りを! 私の首飾りをつけるのよぉぉお‼」

「そうだ! その斧で何もかもたたっ斬っちまえッ‼」


 周りの観衆どもは相も変わらず、賭け事でもしてるみたいに声を……拳を上げている。


 そんな血沸き肉躍るような展開は、向こうの世界ではあまりなかった。ゆえに『熱』が入らないかと言えば……まあ、嘘になるだろう。心のどこかではもしかしたら、こういったことを望んでいたのかもしれない。


 しかし、星羅の件が空振りとなった今、興が乗らないのもまた事実。そう。オレにとってこの戦は……無用のものとなったのだ。

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