第33話 光明を得る者、得たい者

 数原匠十かずはらたくととシュヴァイクの邂逅後、バッドダウ王城 執務室――


「クソォッッ‼ あのガキィ……! 絶対、タダじゃ置かねえ……ッ!」


 と、酒瓶片手にテーブルを蹴り飛ばすは、どこの誰とも知らないガキに負け、左腕を失った男――ブルーノ。ソファに踏ん反り返る彼は帰ってきてからというもの、酔いに酔い、そして荒れていた。


「ブルーノさん……もうそのへんで……」


 その対面、少し離れた場所で宥めるのは部下である衛兵。距離を取っているのは、せめて被害を受けぬようにという心の表れか。


「っるせぇッ‼ テメエみてえな雑魚に分かんのか⁉ エリートであるこの俺のプライドが、ズタズタに引き裂かれた気持ちがよォ⁉」


 だが、その危機管理も徒労に終わる。酒瓶を投げつけられたことによって。


 とはいえ、衛兵がそれを拾うことはない。何故なら床に転がるは酒瓶だけにあらず。部屋にある調度品やら何やらももう既に、見るも無残な姿に変えられていたからだ。


「す、すみません……。でも、本当にあのガキ、『底なし』に参加するんですかね? 負け犬と言えど、出場者はどいつもこいつも一癖ある奴らばかり。少しでも噂を耳にしてれば、出ようなんて気にはならないような……?」

「けっ! そんだけ田舎モンってことなんだろ。あぁぁあッ――‼ イラつくぜッ! もし優勝なんてした日には、あいつが隊長の座に……⁉ ふざけやがって! クソッ!」


 蹴る、蹴る、蹴る。テーブルの、角を、必要以上に。


 目の前に立つ部下からすれば、いつ自分に飛び火するかと……というか、もうほぼしているようなものだが、兎にも角にも気が休まらない。どうにかして話題を変えねば……。そう思考を巡らせた結果、ある話を思い出す。


「そう言えば他の奴から聞いたんですが、あのガキ……武器屋やってるわたり――」

「そうだ! 優勝させなきゃいいんだよ! あいつはあの女を庇おうとしてた。それなら……」


 ブルーノは何か閃いたのか、人が変わったように立ち上がると、ぶつぶつと一人の世界に。次第にその横顔は、悪魔が如き形相へと姿を変えていく。誰がどう見ても『何かを企んでる』顔だった。


「……まあ、いっか」


 とはいえ、衛兵からすれば棚から牡丹餅。こうなったらもう周りのことなんて見ていないだろうと、衛兵は気配を消しながら執務室を後にした。



 同時刻、バッドダウ王城 地下牢――


 ここはこの町の中でも最下層……堕ちに堕ちた者しか足を踏み入れない負け犬の巣窟、バッドダウの暗黒地下牢。


 その名の通り、光はほぼ無い。唯一の光源は壁にかけてある松明くらいだろうか。とはいえ、それも申し訳程度。堕ちた者に、慈悲はない。


 しかし、そんな暗黒空間を一筋の……いや、大きな光が包み込んだ。だが、彼女にとってそれは本当の意味の光ではなく――


「おい、こいつだろ? ちょっと前に取っ捕まったって女は?」


 圧倒的な闇。自身を捕らえたバッドダウの衛兵だった。


 その衛兵は鉄格子を挟み、後ろ手に囚われた彼女を顎で指し示す。手にはランタンを握っており、それが皮肉にも一番大きな光だった。


「ああ。上物とは聞いてたが、まさかここまでとはなぁ。ちょいと味見を……」


 隣にはもう一人の衛兵がいた。彼女を上から下まで、舐め回すように見ている。


 確かに彼女の容姿は上物と言えるものだった。睨め上げるそのブラウンの眼差しは幾分か鋭いものだったが、顔立ちは非常に整っていると言えよう。間違いなく美人の部類。


 服装はドレスと騎士装備の融合。白を基調とし、所々に金のラインが入っていて、どことなく高貴な香りを漂わせている。衛兵が舐め回すほどだ。スタイルも出ているところが出ていて、男ウケするといった感じ。


 極めつけは――そのだ。長くしなやかなその髪は、触れたらすり抜けてしまいそうな、まさにきめ細やかな砂のよう。しかし、この世界において『赤』は異端の証。


「よせって! こいつはお偉いさんに献上する貢物だろ? 『他人の女には手を出さない』。ウチの決まり、忘れたのか?」

「挿れさえしなきゃバレねえって! 特にこんな声も届かねえ場所なら尚更な?」

「だとしてもやめといた方がいい。お頭がよく言ってるだろう? 『女はこの世で一番厄介な生き物だ』って。女一人で組織は簡単に滅ぶ。他の奴らならまだしも、お頭の目は絶対誤魔化せない。あん人は桁違いに『目』がいい。それで見せしめにされたモン、お前だって何人も見てきただろうが?」

「……冗談だよ、冗談。俺も自分のモノ、ちょん切られたくはねえからな。どうせ飽きられたら奴隷市場にでも売り飛ばされるだろうし、それに――『赤髪』だしな。高い値もつけられねえ。そん時に安く買わせてもらうさ」


 長ったらしい説得の末、盛った衛兵は己が欲を抑え込んだ。だが、それも所詮一時のもの。いずれは慰み者にされるだろう。どこの誰とも知らぬ男に。


 光が去り、辺りは再び闇に包まれた。冷たい空気がその細い身体を、心を容赦なく刺していく。


 強くあろうとしたその目は次第に伏せられ、彼女に初めての感情を抱かせる。


「誰か……助け、て……」 


 その声も届かぬ場所で、一体誰が見つけてくれるというのだろう? でも、吐かざるを得なかった。雫が一粒、二粒、スカートへと染み込んでいく。そんないつかはきっと来ない。


 今は、まだ……

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