第2話 土下座をしましょう。

―――三華月―――

JOB : 大聖女

備考1 : アルテミス神に仕えている

備考2 : 見た目は可愛い女の子

備考3 : 信仰心が刻み込まれた体の身体能力は突き抜けて高い

スキル : 連射、必殺、未来視、暗視、

      ブラインド、真眼、瞬足、

      跳躍、隠密、自己再生、

      シンクロ、スキルウイルス、

      闇属性耐久、リロード、

      ロックオン、壁歩



太陽が西へ傾き、空の色がじわりと沈んでいく頃だった。

勇者ガリアンと共に、帝都の外れ――森の奥にぽつりと建つ魔術士ゾロアの住まうという屋敷へと足を運んでいた。


土を固めただけの凸凹した道の先に現れたのは、レンガ造りの壮観な二階建て。

間口は広く、部屋数はざっと二十はありそうだ。

大貴族の別邸そのものといった佇まいで、一宅地も広大。

隣家まで五百メートル以上という、異様なほどのゆとりが確保されている。

帝都の中とは思えぬほど人気がなく、雑草の覗く道には虫の声ばかりが響き、のどかな田舎暮らしが楽しめる土地柄なのだろうか。


勇者を土下座させるためにここまで来た――はずなのだが、

留守番をしていた美人賢者の話によると、肝心の魔術士は猫耳剣士を連れてクエスト中とのことで不在らしい。

残念としか言いようがない。仕方なく出直すしかないかと考え、踵を返そうとしたのであるが…

勇者は玄関口に立つ美人賢者へぎこちない調子で声をかけていたのであった。


「なんか俺達、美人賢者アメリア達が抜けてから調子が悪くて。それでまた、一緒に冒険が出来ないかなって思い、ここに来たんだけど、パーティへの復帰について考えてもらえないだろうか。」


おいおいおい。

話を改ざんするのはやめて下さいよ!

調子が悪いのは“俺達”ではなく、“ポンコツ勇者ひとり”のはずだろ!


それに、美人賢者がパーティーを抜けたのは、あくまでも追放された魔術士を追いかけたからであって、戻ってきてほしいならまず魔術士へ謝罪するのが道理ってものだろ。

勇者おまえの申し出は仁義に欠けているものであり、無限大に話にならないぜ。

土下座だ。土下座をしろ!


私が心の中で土下座コールを絶叫している中…

もじもじしている勇者に対し、美人賢者が予想外の言葉を返してきた。


「私と魔術士ゾロアに、パーティーへ戻って来て欲しいの?

 魔術士ゾロアが戻ってきたら相談して返事をするわ。」


……なぬ?

これはどういう事だ。

即答拒否するどころか、戻ることに前向きなニュアンスすら感じられる。

いやいや、そこは勇者を罵倒して頂けないでしょうか。

勇者が精神ダメージを負う姿が見たかったのに、期待外れもいいところだ。


魔術士に土下座する勇者の姿も拝めないとなると、ここまで来た意味とは何だったのだろうかと考えてしまう。

と言いますか、これは収穫ゼロであるどころか、精神的ダメージを受けた気分だ。


勇者がなにか言い足りなさそうに美人賢者を見つめる中、ひと足先に門の方へ歩き始めた時である――

そこで、冒険から戻ったばかりの魔術士と、ついに鉢合わせてしまった。


三華月みかづきじゃないか。それに勇者ガリアンまで。何しに来たんだ!」


魔術士の背後には、噂の猫耳剣士が寄り添っていた。

ゆったりした服の上からでもわかる、とんでもない爆乳だ。

成人した猫耳族の女性で、腰には剣を帯びている。

JOBは“爆乳剣士”とでも呼ぶべきなのだろうか。


美人賢者もダイナマイトバディだし――なるほど魔術士は“おっぱい星人”だったのか。

気づけば勇者までもが、その爆乳剣士を見て絶句している。

普段は微乳だけど鬼ほど可愛い聖女に見向きもしないとは、なんたる節操のなさだろうか。


その時だった。

――――再びスキル『真眼』が発動し、魔術士が猫耳剣士とも男女の仲であることを告げてきた。


魔術士おまえ

美人賢者に加えて爆乳剣士とも……なのか。

やれやれ、とんだ猿野郎だったわけだ。


爆乳剣士を品定めするよう眺めていると、魔術士が視線を遮るように一歩詰め寄り、睨みつけてきた。


「三華月。俺に何の用なんだ!」


何をそんなにいきり立っているのだろうか。

造形美とも思える爆乳剣士の凄まじい体を少し凝視していただけではないか。

見られて減るものでもないだろうに、何がそんなに気に入らないのかしら。


それよりもだ――魔術士が戻ってきたということは、勇者を土下座させるチャンスが再び巡ってきたということなのだろう。

適当に挨拶をしながら勇者を追い込んでみるとしてみるか。


魔術士ゾロアさん。活躍を聞きました。B級ダンジョンを攻略されたそうですね。」


「お前には関係がない事だ。」


魔術士が鬱陶しそうな表情をしながら視線を切ってきた。

何ですかね、その偉そうな態度は。

この魔術士は重ねてムカつく。

心の狭い私は怒ったぞ。

その腹いせに、美人賢者へ魔術士おまえが腹黒である事を、ここで暴露して差し上げましょう。



「ゾロアさん。さすがS級スキル『アビスカーズ』の使い手だけのことはある。B級ダンジョン攻略なんて楽勝だったのではないですか。」

「三華月。なぜ俺が『アビスカーズ』を獲得していることを知っている。お前、『鑑定眼』の持ち主だったのか!」


魔術士おまえ、人狼少女ともやっているのか。

その人狼少女の容姿から察するに、だいぶん幼く見えるが、幼女と性行為をするその行為は犯罪だろ。

美人賢者、猫族剣士、人狼少女の3人と同時プレイでもしているのでしょうか。



魔術士ゾロア――その存在を前に、胃の奥がひっくり返るほどの嫌悪が込み上げてきた。

この男は変態で、かなり気持ち悪い。

いや、気持ち悪いなんて生温いか。

うんこ以下の存在だろうか。


そんな私の胸の底へ、突然――落ちてきた。

アルテミス神の『神託』が。




――――――女の敵である魔術士を駆逐せよ。




ぞわり、と背筋を神の指先でなぞられたような感覚が走る。

YES MY GOD。

血の温度が一段上がる気がした。


この鬼畜変態野郎は、今ここで殺処分し、私の信仰心を存分に稼がせていただく。

神託は何よりも優先される。


ロリコン変態野郎の処刑は既定路線。


だがその前に。

魔術士の都合よく扱われている美人賢者アメリアには、

ゾロアの正体――“うんこ並みの価値すらない存在”――を理解してもらわねばなるまい。


森に等間隔で並ぶ屋敷群のひとつ。

その玄関前で、外見が幼女である人狼族の女性がゾロアに抱きつき、

頭を撫でられて嬉しそうに尻尾を振っていた。

その横には、爆乳剣士が私を牽制するように半歩前へ出ている。


そして勇者? あれは存在感が無いから無視でいいか。


美人賢者には、この後の“告発”をしっかり聞いてもらおうではないか。


私は大きく息を吸い込み、ゾロアへと声をぶつけた。


魔術士ゾロア、あなたに質問があります。」


「何だ!」


魔術士あなたは、賢者アメリア、猫族の剣士、そして人狼族の幼女――

 その三人と同居しているようですが……

 三人の女と、やっていますよね。」


沈黙。

ゾロアの顔が、石像のように固まった。

猫耳剣士は真っ赤になり、耳までぴんと跳ねる。

美人賢者は息を飲んで黙り込み、勇者だけが空気も読めずに叫んだ。


「マジかよ!」


……声の色は、責めよりも羨望が勝っているのが吐き気を誘うのだが。


ゾロアには、欲望のままにハーレムを築いているという自覚が欠片もないらしい。

猫族剣士が従っているのは、奴隷から救われた負い目があるのだろうか。

人狼族の幼女に対する扱いも、あまりにも軽薄に見えた。


美人賢者は、現状を飲み込めずに苦しそうに眉を曇らせている。

――それが普通なのだろうか。


私は怒りをさらに燃え上がらせ、叫んだ。


魔術士あなたは――変態です。」


「三華月! お前には関係ないだろう!」


「ありますとも。

 あなたは同じ家で三人と関係を持っている。

 そのうち一人は人狼族の幼女。

 ロリコン自体は罪ではないとしても――

 魔術士ゾロアの行為は変態野郎そのもの。

 世界のゴミ以下、うんこのような存在ですよ!

 美人賢者アメリア、あなたはこの変態をどう思っているのですか!」


美人賢者は口を開かず、痛みをこらえるように俯いていた。

勇者が気持ち悪いほど優しく「おまえは悪くない」と囁いているのが、逆に寒気を誘うのはなぜだろうか。


ゾロアが乱暴に吠えた。


「なんなんだ、お前は! 俺が何をしようが、お前には関係ないだろう!」


――関係ない?

はぁ? 笑わせるではないか!


魔術士おまえのハーレム劇場に巻き込まれ、

あの胸糞悪いイチャつき映像を見せつけられたんだぞ。

やれやれです。

このまま、美人賢者を放置するわけにもいかないしな。

もう潮時だろうか。


私はゾロアへ指を突きつけ、宣言した。


「これからロリコン変態野郎を――処刑させて頂きます。」


「よせ、三華月。俺に戦う意思は無い。」


ほう。

無抵抗で死を受け入れるつもりなのか。

それはそれは手間が省けて助かるというものの。


その時、さきほどまで抱きついていた人狼族の女性が、

鋭い牙を隠しきれない獣の眼でこちらを睨んだ。


そして――


ゾロアの背後、爆乳剣士が刀を抜きながら前へ出る。


「ゾロア様……お下がり下さい。」


その足取りには、明確な“戦意”が宿っていた。


見上げれば、群青の空に瞬き始めた星々が冷たい光を散らしているというのに、本来そこにあるはずの月影だけが欠落していた。

今夜は、月がその輝きを完全に手放す“新月”。

地上世界では、この夜だけは『月の加護』が一切働かないという絶対的な法則がある……というものの、私にとっては些末な問題でしかない。


なぜなら――私は、人類史上最強なのだから。

仮にS級冒険者が束になって襲いかかってきたとしても、私が負ける道理など欠片ほどもないのだろう。


魔術士の前に立ちはだかった爆乳剣士が、腰を深く落とし、鍛え上げられた脚で地を噛みしめながら、刀身に夜風を沿わせて構える。その周囲の空気が、まるで圧力を帯びたように歪んだ。

緊張が極限まで張り詰めた刹那、美人賢者が慌ただしく私たちの間に割り込んできた。


「三華月様。私の事は大丈夫なので、どうか戦闘はおやめください。」


「何が大丈夫なのでしょうか。美人賢者あなたは、都合の良い使い捨ての、やるだけの女という事で大丈夫と言っているのですか。」


「そ、それは……」


口が滑った、というより本音が勝手に漏れたのだろうか。やや強めに言ってしまった気がするが、終わった事を悔やんでも仕方ない。

くよくよしたところで状況が改善するわけでもないのだ。


――うむ。何もかも魔術士が悪い。

あいつのせいにしておけば万事丸く収まるのだろう。


私は堂々と魔術士へ指を突きつける。


「アルテミス神が私に告げています。魔術士おまえは『うんこの中のうんこ』だと。」


「よせ、俺に戦う意志は無い。」


魔術士あなたは自分がS級スキルの使い手であると、何故勇者ガリアン強斥候ふぶきつきに黙っていたのでしょうか。それは、美人賢者アメリアを手に入れるためだからですよね。」


「……。」


「その美人賢者アメリアを手に入れたら、やるだけの女扱いする魔術士あなたって、うんこ野郎ですよ。」


「誤解だ。」


美人賢者アメリアは、魔術士あなたに、やるだけの女の1人として扱われて幸せに感じているとでも思っているのですか。そんなうんこが、私を巻き込み成り上がるのって、許せないじゃないですか。」


存在感を消していた勇者が、ぼそりと「結局は私怨かよ」と漏らす。

だから何だというのだろうか。

私の気が済めばそれでいいのだ。

このロリコン変態野郎は、いずれキッチリ“チョッキン”してやらねばなるまい。


――運命の弓を連射モードで召喚し、さらに運命の矢をリロードする。

白銀にかがやく巨弓が、空間を裂くように出現した。それは全長3メートルを超え、周囲の空気すら震わせるほどの存在感を放つ。


魔術士は観念したのか、焦りに濁った声で爆乳剣士へ命じた。


爆乳剣士ねおん、あの聖女を無力化しろ!」


号令と同時に、爆乳剣士が疾風と化した。

風圧で地面の砂利が舞い上がるほどの速度で、鋼の刃を真っ直ぐこちらへ振り下ろしてくる。


私をただの“清純で可愛い聖女”だと認識している節があるようだが、実態は違う。

私は――超武闘系スキルを幾つも修めた、清純で可愛い聖女なのだ。


相手は適当にあしらえばよい……と思った瞬間。

『未来視』が警鐘を鳴らした。爆乳剣士が放つ斬撃の軌道、速度、到達までの残余時間――すべてが脳裏に洪水のように押し寄せる。


速い!

否、私の身体の反応が遅れているのか――。


実際、体感よりも身体の動作が一段階以上遅い。

かろうじて運命の弓で斬撃を受け止めたが、力負けして弓が軋み、衝撃に足が後退させられてしまった。


重い。

身体そのものが、鉛を流し込まれたかのように鈍い。


――なるほど。これが『アビスカーズ』のステータスダウンというわけなのだろうか。

感覚的には、八割方ステータスを削がれている気がする。


スキル『自己再生』を過信していたのかもしれない。

あれは傷の再生や異常耐性には優れているものの、能力値の減衰までは防げないのだと今知った。


現在の実力はB級相当まで下がっているのだろう。

対する爆乳剣士はC級程度。

能力値は落ちても、私の取得スキルが消えるわけではない。


状況さえ把握すれば問題ない。

私が敗北する要素は、依然として存在しないのだろう。


まずは魔術士と爆乳剣士の距離を裂く。

『跳躍』で大きく飛び退き、舞う砂塵を引き裂くように後方へ下がる。

案の定、爆乳剣士が引き寄せられるように距離を詰めてきた。


「待て、爆乳剣士ねおん。深追いするな!」


もう遅い。

美人賢者ですら反応できない音速の矢に、爆乳剣士が割り込めるはずがない。


――つまり、この瞬間、魔術士を守る盾は存在しない。


私は跳躍の着地点で脚を沈め、呼気を整え、狙撃線上に誰もいないことを確認する。

運命の矢をリロードし、ロックオンを発動。

巨弓の弦を引き絞ると、筋肉の繊維が悲鳴を上げるほどしなり、蓄えたエネルギーが震えを伴って臨界へと達した。


撃ち抜く――。


――SHOOT。


閃光にも似た矢が、音を置き去りにして走り出す。

細い糸の軌跡だけが空間に残り、誰一人として追えない。


……いや、ただ一人。

魔術士に抱きついていた人狼少女の瞳だけが、矢を捉えた。


反応の瞬間、彼女の両手に鋭く伸びた爪が光を帯び、迫り来る矢と衝突――

――甲高い金属音と共に、私の運命の矢は撃ち落とされた。


「お兄ちゃんは私が守ってあげるよ!」


彼女は“ヤるだけの少女”ではなく、実戦能力を備えた人狼だったのだろうか。

思っていた以上にやるものだ。


だが、このステータス低下の状況で、無理に魔術士を仕留める必要もない。


……そうだ。

今日のところは、引いておくのが最善なのかもしれない。

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