はい、そうです。私が鬼かわ最強のブラックな聖女です。
@-yoshimura-
第1話 「お前は首だぁ」その①
私の名は
18歳になったその日、処女神アルテミス様に仕える大聖女となった。
『美』と『弓』の神であるアルテミス様から加護を受けた私は、美少女であり、そして狩人でもある。
私の使命とは、神託に従い、世界を正すこと――それ以外に迷いなどあるだろうか。
覚悟しなさい、異教徒のクソ共。
皆殺しにして、世界を浄化してあげます。
◇
ここは、大陸一の規模を誇る帝都。
別世界へ旅立ったと言われる古代人が創生したという機械人形達が、衛生管理や都市整備復旧を担っている都市だ。まるで彼らが帝都そのものの呼吸を管理しているかのように、静かで精密な動きが街の端々にまで行き届いている。
そして帝国には武神と呼ばれ、世界最強戦力として名高い三条家がいるため、帝都は世界で最も安全な街として人が集まり、最も繁栄していた。
通常の都市は他国からの侵略に備え、あえて迷路のように入り組んだ道をつくるのが定石であるものの、侵攻の心配がない帝都に限っては、一般の者が暮らしやすくするための都市設計が施されている。東西南北に何本も主要道路が走り、都市の中心には大きな川が流れている。その流れはまるで帝都の鼓動なのかしら、とさえ思ってしまうほど整っていた。
帝都筆頭貴族である武神の家系、その純血種として生まれた私は、8歳の時にアルテミス神からスカウトされ神官となり、今では歴史上もっとも神格の高い聖女となっていた。
やるべきことは一つ。神に従い『信仰心』を積み重ねること。
アルテミス神から『運命の弓』を与えられた私は、その神託に従い、世界に点在していた邪神の信者達を一掃し終え、今は生まれ故郷である帝都へと戻ってきていた。
夜空には星が大きな川のように広がり、帝都の古い建物が整然と並ぶ通りを、機械人形達が整備した街灯がやわらかく照らしていた。
石板が綺麗に敷き詰められた歓楽街の大通りには、お酒に酔った多くの冒険者達が溢れ、ざわめきがまるで生き物のように街そのものをうならせている。
未知の物質ダークマターを『信仰心』に刻み込んで創った派手な十字架がデザインされた聖衣を纏い、清らかで可憐、聖女の中の聖女と呼ばれるにふさわしい容姿をしている私は、繁華街の中央にある400人以上収容可能な酒場、その中の5人掛けテーブルに腰を下ろしていた。
店内は満席で、活気のある陽気な声がホールに響き渡り、店員達が忙しそうに走り回っている。
私が座る丸テーブルには、現在B級冒険者でありながら、既に超S級の実力を持つと言われている帝国でも名高い勇者パーティーが座っていた。
そして今まさに――この勇者パーティーのテーブルで、よくある追放劇場が始まったところだった。
「ゾロア、お前は首だぁ!」
B級冒険者である勇者が叫んだ相手は、D級冒険者の
だが彼は驚く様子もなく、むしろ冷静に勇者へ視線を送ったまま、椅子に深く身を沈めていた。
対照的に勇者の方は額に青筋を走らせ、顔を真っ赤にしているものの、酔っているわけではないようだ。
勇者の怒鳴り声に、今日一番の盛り上がりをみせていた酒場から陽気な声がスッと消えていく。
これが「波が引く」ということなのかしら――そんなふうに思えるほど、店内は一瞬で静まり返った。
ホールスタッフを含めれば400名以上の視線が、一斉にこちらのテーブルへ集まる。
皆、興味津々でワクワクした目をしている。
勇者本人は怒りで周囲の視線に気づかないようだった。
一方、首を宣告された魔術士はというと、やはり動じた様子は一切なく、半笑いの表情を浮かべながら飲んでいた酒をテーブルに置き、深くため息をついた後で、上から見下ろすような口調で勇者に問いかけた。
「
同じテーブルには、勇者ガリアンと魔術士ゾロアのほかに、私を含め3人の冒険者――
勇者はイケメンというほどではないものの背が高く、アタッカーらしい体格をしている。
魔術士は、どこか王宮で内勤をしていそうな線の細い、それなりに整った顔の男だ。
美人賢者と強斥候の二人は、ブチ切れてしまった勇者へどう対応すべきか戸惑っているように見える。
勇者はというと、余裕をぶっこいている魔術士の態度に、怒りが急加速していた。
「その上から目線な態度が気にいらないんだよ!」
「そうカッカするなよ。本当に俺を首にしていいのか聞いているだけじゃないか。」
「しつこいぞ!」
自分より格下の者に余裕をかまされ、上から目線で対応されると、切れずとも苛立ちはするだろうか――そんな空気が、テーブルを中心に広がっていた。
勇者という生き物については、少し馬鹿っぽいし、挑発にも簡単に乗りそうだ。
そんな彼を中心に追放劇がいい感じで盛り上がり始めていたその瞬間、美人賢者が勇者の視線の先へ割り込むように進み出て、魔術士の首を撤回するように求めてきた。
「
美人賢者は魔術士を庇っているようだが……これはどう考えてもパーティー内でよくある三角関係なのだろうか。
何だか、ワクワクしてきたぞ。
私よりは可愛くないかもしれないが、一般的にはかなり美人な部類に入り、しかもダイナマイトバディという実に庇われがいのある外見を備えている美人賢者――そんな彼女からの言葉に、勇者はあからさまに不満な表情を浮かべている。
「
おいおいおい。そんなことも分からないのかよ。
美人賢者が魔術士を庇う理由なんて、勇者が男として負けているからに決まっているではないか。
現状ではパーティーリーダーである勇者が人事権を握り、このままの勢いならクソ生意気な魔術士は首になるだろう。
うむ。その後、美人賢者がどうするのか――見逃せない展開だ。
突然始まった追放劇を見守っている酒場の冒険者達も、きっと同じ気持ちなのかもしれない。
美人賢者が反旗を翻す形となり、劣勢に追い込まれた勇者は――何の前触れもなく、私の方へ振り向いた。
そして「とりあえず聞いておくか」みたいな軽いノリで意見を求めてきた。
「三華月。お前はどう思う。
知るか、ぼけ!
邪神に仕える者どもを処刑して戻ってきたばかりの私に、今しがた美人賢者からスカウトされたばかりの私に、そんなことを尋ねてくるのかよ。
……はい、聞いてくれてありがとうございます。
内輪揉めは大歓迎でして、『信仰心』の次に好物のひとつだ。
うむ。私は空気が読める聖女なのだ。
成り行きを見守る冒険者達が、私の口からどんな言葉が出てくるのか待っているのが空気で伝わってくる。
心配するでない。そち達の考えていることなど、ちゃんと分かっておるぞ。
ここは勇者の期待に応える以外の選択肢はないのだろう。
内輪揉めがより加速するような言葉を慎重に選びつつ、私は冷静な声色で勇者へ返事を始めた。
「客観的にみてD級冒険者の
私の言葉に、勇者の顔が一瞬でドヤ顔へと変わっていく。
本当に分かりやすい奴だ。
成り行きを見守る冒険者達から、どよめきがホール中へこだまする。
ふっ。この面白い内輪揉めに決定打を入れてしまった。
さすが世界最高位に君臨する聖女だろう?
帝都へ戻って早々、見事な仕事をしてしまったものだ。
異様な空気に包まれる中、美人賢者がなおも勇者へ説得を続けてきた。
「三華月様は、
はい。もちろん分かっていません。
私はただ自身の欲求――より楽しい混沌を眺める欲求を満たすために行動しているだけなのだ。
もっとドロドロのドラマを見せて下さい。
なぜなら、他人の揉め事ほど面白いものはないのだから。
魔術士が再び深いため息をついた後、美人賢者へ礼を述べながら席をゆっくり立ち上がり始めた。
「
魔術士のその態度からは余裕が感じられる。
潔いというか――元々パーティーを抜けるつもりだったのではないのか、と思ってしまうほどだ。
対象的に勇者はというと、馬鹿っぽく高笑いを始め、美人賢者はその様子へ冷たい視線を送り、全く発言をしていない強斥候は固まっていた。
テーブル席から余裕綽々といった感じで立ち上がった魔術士へ、勇者が笑いながら言葉を殴りつけた。
「消えて無くなれ、負け犬がぁ!」
勇者の叫びに、美人賢者の顔が歪む。
この勇者からは――やらかしてくれそうな匂いがする。
私の討伐対象になる『神託』が下る可能性すらあるのだろうか。
このパーティーに参加したのは正解だったのかもしれない、とさえ思えてくる。
動じる様子のない魔術士は、細く笑みを浮かべながら勇者へ最後の言葉を返してきた。
「
「なんだ、負け犬!」
「今後、俺を頼って来ても、もう俺はお前を助けないからな。」
「OKだ。俺もお前を助けないぜ。」
そして――
パーティーから魔術士が抜けると、その日のうちに美人賢者も後を追うように去ってしまったのだった。
◇
翌日、私を含めた3名で『B級迷宮』の攻略を開始していた。
美人賢者が抜けてしまったことで、勇者と強斥候はどこか穏やかではない様子を見せているものの、既に受けてしまった討伐クエストを取り下げれば冒険者ランクに影響が出る――そのため、二人は渋々ながら予定通り攻略へ踏み出していた。
私は冒険者登録こそしていないのでランクは無いが、実力はS級相当以上。
B級迷宮程度なら単独で楽に攻略できる身だ。
だからこそ、この二人の状態の悪さが逆に目につく。
ここは迷宮の地下3層。
岩地帯が広がり、見通しが悪い空間がだだっ広く続いていた。
天井の岩石が微かに光を放っているものの、その照度は低く、地上世界で言うと夕暮れ時の薄暗さに近いかしら。
荒野の岩地がまるごと迷宮内へ移植されてしまったのか、と思うような無機質な風景が広がり、風がわずかに吹き抜けている。
湿気は僅かにあるが、過ごしづらいほどではない。
この階層に出る魔物はC級相当がほとんどだ。
それにもかかわらず――勇者の調子が悪い。
悪いというか、そもそも戦えていないと言った方が正確なのかもしれない。
美人賢者が抜けて精神的に荒れているのだと解釈はできるものの、それにしても酷すぎる。
街の噂では既に超S級の実力を持つと聞いていたB級冒険者の勇者は、ここまでの戦闘だけを見る限り、B級どころかC級にすら怪しい。
今もすでに戦闘不能一歩手前の状態だった。
負傷した勇者を抱えたままでクエストを続行するのは困難だろう。
万が一、勇者と強斥候の身に何かあった場合、それは「見殺し」と見なされる。
そう――『同族殺し』は重罪なのだ。
私の信仰心が下がってしまう。
信仰心は、私の命より遥かに尊い。
それを傷つけるわけにはいかない。
やむをえない、といった気持ちになりながら、二人へクエスト断念を提案することにした。
「皆さん。今回のクエストは中断することにしましょう。」
「クエスト中断だとぉ、却下だ!」
私の提案に、強斥候はホッとした顔を見せたものの、勇者は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
クエスト中断の提案が、
この勇者がある程度の馬鹿であることは理解していたが――それでも、この態度は腹が立つ。
信仰心に影響しないのであれば、勇者が途中で勝手に死のうが知ったことではない。
私の関与しない所で野垂れ死にでもして下さいな。
駄目な目で勇者を見つめていると、勇者は苛立ちを隠さない声で、私が回復できない聖女であることを責め始めた。
「聖女なら俺を回復しろ。何故、聖女のくせにそれが出来ないんだ。」
「アルテミス神の聖女である私は他人の回復は出来ないと、パーティー加入時にお伝えしたはずです。」
「それでも聖女かよ! 何が最高神だ、何が処女神の聖女だ。お前、処女なんだろう? だからガキは使えないんだよ!」
……私に喧嘩を売ってくるとは、いい度胸をしているじゃないか。
慈愛に満ちた聖女のはずなのに、人よりも遥かに低く設定されている私の沸点は、怒りの棒グラフが一瞬で天を突き破るほど容易く跳ね上がる。
ここで勇者を半殺しにしてやろうかしら。
だが、勇者は世界に希望を与えるJOBらしい。
この世界に影響が出るだろうし、『信仰心』が削れる可能性がある。
今回は見逃してやる。
問答を続けても面倒だ。
クエストはこのまま続けることにするか。
「承知しました。クエスト攻略は続行します。その代わり、私が前衛に出ますので、勇者と強斥候は後ろへ下がっていてください。」
「俺が後衛だと? そうだな。いいだろう。だが聖女に俺の代わりが出来るのかな。」
「そうっすね。聖女様の実力を拝見させてもらうっす。」
数年間、世界に点在していたS級相当の異教徒達を圧倒的戦力差で処刑し続けてきた私にとって、B級迷宮など余裕で攻略できる。
ここまでは二人の後を適当に歩いていただけなので、私の実力を知らないのも無理はない。
勇者たちを後ろに下がらせ、B級迷宮の攻略を再開する。
―――――――運命の弓をスナイパーモードで召喚します。
全長3メートル程度の巨大な弓が、私の両手の間に滑り込むように現れた。
これが、私が大聖女に昇格した際に授かった神話級の弓。
満月の下なら無限大に出力を上げられる、まさに神の武器なのだ。
背後で、その召喚光景を見ていた勇者と強斥候が、間抜けな声をあげた。
「おいおい。そんな大きな弓を隠し持っていたなんて、お前、マジシャン聖女だったのかよ。」
「見た目だけ言えば、メイド喫茶にいそうなゴスロリ聖女っすよ。」
何の話をしているのかしら。
ちなみに私の見た目は街にいる女の子と大差ない。
だが全身には獲得してきた信仰心が刻まれており、その恩恵により実際には帝都に数人しかいないS級冒険者よりも遥かに高い運動能力を誇っている。
さて――とりあえず、この層の雑魚は殲滅させてもらいます。
月の加護が届かない迷宮内であっても、A級相当の魔物までなら余裕なのだ。
――――私は運命の矢をリロードし、スキル『ロックオン』を発動する。
空いた手に一撃必殺用の矢が現れ、私は腰をわずかに沈めながらゆっくりと弓を引き絞り、前方1000メートルほど離れた魔物へ照準を合わせた。
魔物の心臓部には『ロックオン』効果により魔法陣が刻まれたが、当然、魔物は自分が千メートル離れた位置から狙われていることなど気づくはずもない。
ここから狙撃させてもらいます。
ギリギリと弓が鳴る。
臨界点に達した瞬間、私はそのエネルギーを一気に解放した。
————————SHOOT
放たれた矢は音速を超え、一直線に飛び、千メートル先の魔物の心臓に刻まれた魔法陣を正確に貫いた。
勇者は何が起こったのか理解していない様子だが、強斥候は状況をようやく飲み込み、驚嘆の声を漏らした。
「可愛い聖女さんよ。適当に撃っても魔物に矢は当たらないぜ。」
「いやいや、それが偶然とはいえ、1000m先の魔物に矢がHITしちゃってるんすよ。メイド喫茶にいそうな女の子なのに、この聖女さん……なかなか出来るのかもしれないっすよ。」
強斥候は『ロックオン』が発動していた事実を知らないため、矢が偶然当たったと思っているらしい。
うんこ勇者については上から目線の口ぶりがムカつくものの、信仰心が減るほどではない。
気にする価値もないだろう。
その後、私を先頭に隊列を組み、B級ダンジョンの攻略を終わらせた。
何気に強斥候は戦闘力こそ皆無だが、遊撃などの戦術理解はできていて、戦闘でもそれなりに役立っていた。
一方、超S級冒険者に匹敵すると噂されていた勇者の実力は――やはりB級相当、もしくは少し届かないくらいなのかもしれない。
勇者は迷宮の出口で「畜生、畜生……」と迷走していた。
◇
まだ太陽の残光が地平線にしがみつくように滲んでいる夕刻だ。
昨日、魔術士の追放劇という茶番を堂々とやらかした、四百席もある大酒場は――この時間にして、すでに冒険者たちで八割近くが埋まっている。まったく、よくもまあ懲りずに飲みに来るものだろうか。
夜を迎えるにはまだ早いというのに、店内には酒精の濃い匂いがむんと漂い始め、空気そのものが酔っ払っているようだ。
テーブルの向かいでは、強斥候と、つい先ほど教会で傷を治したばかりの勇者が、運ばれてきた杯をまるで喉の穴が二つあるんじゃないかと思うほどの勢いでガブガブと飲んでいる。おかげで私のデザートが酒臭くなるじゃないか、まったく。
ちなみに私はスキル『自己再生』のせいで、残念ながら酒に酔うことができない体質なのだ。
食事も不要で、脳が糖分をちょっと齧れればそれで十分という、ある意味エコ仕様の体らしい。
テーブルにぽつんと置かれたデザートへフォークをそっと入れながら、胸の内でくすぶっていた小さな疑念を、ついポロリと声にしてしまった。
「勇者ガリアンの調子が上がりませんね、ほんと。」
「その事なんすけどね……。勇者の調子が上がらないんじゃなくて、魔物の方が強くなったように感じるんすよ。」
私の言葉の余韻がまだ空気に溶けきっていないうちに、強斥候が恐々と返してきた。
口に出すタイミングを伺っていたようで、何か思い当たる節があるのだろう。
全身黒装束、小柄で、童顔というより「成長期と別れた少年」みたいな男だ。イケメンかと言われると……まあ、黙秘するか。腰に差した短剣二本は護身用兼なんでも屋の道具のようだ。
しかし彼の言葉は、私の評価とは微妙に異なっていた。
ダンジョンに出た魔物は、正直、弱っちい雑魚ばかりで、強くなったという印象は皆無なのだが。
強斥候が噓を吐いているようにも見えないし、黙して語らぬ勇者の表情も、何か引っかかるものがあるように思える。
どうにも腑に落ちないが、強斥候は緊張で喉を鳴らしつつ続けた。
「三華月様。
常識的に考えれば、D級冒険者のデバフで戦況が大きく変わるなんて、まず無い話だろう。
だが、もし彼の感覚が正しく、もし勇者(B級マイナス)が超S級の無双を“できてしまっていた”理由がデバフにあったのなら――
話は途端に繋がってしまう。
仮にその仮説が正しいとするなら、C級相当の魔物を勇者が軽々と薙ぎ払うには、ステータス80%ダウン級のとんでもないデバフが必要になるだろうか。
該当するのは、あのS級スキル『アビスカーズ』。私ですら実物を見たことがない、レア中のレアスキルだ。
ぼんやり推論していると、向かいの二人が揃って私に熱っぽい視線を注いでいることに気づいた。
……ああ、そう来たか。美少女の宿命だろうか。ほんと罪な聖女だこと。
いや待て。お前ら、私を口説く気じゃないだろうな?
美人賢者がいなくなって、すぐ近くの美少女に乗り換えようなんて下心、丸見えなんだが。
男という生き物は、どこまでいっても本当に残念な屑だな、まったく。
告白されたら全力で断ってやるかと構えていたところ、強斥候が斜め45度の角度から言葉をねじ込んできた。
「三華月様。
……ああ、そう。美少女だから見ていたわけじゃないのね。危うく告白を断るところだったじゃないか。
結局お前ら、おっぱいの大きい美人賢者の方が良かったってわけか?
世の中がおっぱい星人で埋め尽くされてるという都市伝説、案外ガチなのかもしれないな。
まあいい。それはそれとして話を進めようか。
「D級冒険者の魔術士が、ステータス80%ダウンのS級スキル『アビスカーズ』の使い手だったとすれば、整合性は取れますね。」
「ステータス80%ダウンだと!? 無い無い。
「いや……三華月様が言ってること、結構あり得るかもしれないっすよ。S級相当の魔物を倒した時、その器と適正があれば、稀にその魔物が持つスキルを獲得するって噂、あるじゃないですか。」
スキル獲得には資質が大きく関わる。
望んだスキルを必ず取れるわけじゃないのは周知の事実だ。
S級スキルともなれば、資質だけではなく、特定条件を満たすか、S級魔物を討伐する必要がある。
私が数多くのS級スキルを持っているのは、特定条件――つまり信仰心の上昇と月の加護によるものだ。
一般人が取るには、まずS級魔物を狩らなければならない。
黒装束の強斥候も、その点に何か心当たりがありそうだ。
勇者も、苦い顔で黙って聞きながら、どこか心の奥で察している様子がある。
押し黙った二人へ、探るように言葉を投げてみた。
「
「細かくは知りませんが……
「
勇者の必死の否定は、動揺の証そのものだ。
強斥候は逆に、半ば確信しているような目をしている。
しかし二人とも、真実にはまだ辿り着けていないのだろう。
話していて感じたが――この二人、魔術士のことを驚くほど知らない。
酒場の喧騒がホール全体を揺らす中、私たちのテーブルだけがまるで別空間のように静まり返っていた。
「話を聞く限り、
「そうです……
「だとすると、魔術士は帝国最強ギルド“麒麟”にいた頃、S級魔物討伐で運よく『アビスカーズ』を得た――そう考えるのが自然ということになりますね。」
「でもそれなら……疑問点もあるんすよ。
「とはいえ、この三ヶ月で大きな成果を上げたんでしょう?」
問いかけると、強斥候は素直に頷いた。
勇者は相変わらず曖昧な黙秘を続けたが。
おそらく魔術士は、この三ヶ月で少しずつデバフ効果を強めていったのだろう。
でなければ整合性が取れない。
思い返すと、昨日勇者が魔術士へ首を宣告したときも……まるで誰かに誘導されているかのようだったな。
すると、うんこ勇者が、現実を拒絶する子どものように目を見開き、小さく唸った。
「違う……俺が……俺が強くなったんだ……!」
「
「俺は認めないぞ!!」
『ボコ』
「いってぇ! 俺を殴るんじゃない!」
『ボコボコ』
……勇者が気絶した。
やっぱりこの勇者、相当に弱い。
賑わいの絶えない酒場の床で、勇者が見事なまでの大の字になって転がっていた。磨き切れていない木の床板に頬を押しつけ、まるで“今日の敗北”を展示している彫刻作品なのかと思うほど堂々と伸びている。その周囲のテーブルに陣取った客たちは、湯気を立てる酒杯を片手に、まるで見世物小屋のショーでも眺めているかのように、愉快そうに彼を眺めていた。
ああ、勇者の扱いが年々軽くなっている気がするのは私だけかしら。
その喧噪の中、酒場の奥に据え付けられた掲示板に、新しく貼られた一枚の情報を見つけた酔っ払い達が、急にざわつき始めた。酒臭い息を飛ばしながら、あちらこちらで“本当か?”“まさかだろう?”と騒ぎ立てている。
―――魔術士が、あのB級迷宮を、軽々と攻略したという報せが貼り出されたのだ。
普通ならD級冒険者級の実力しかない魔術士と、美人賢者のたった2名。それだけでB級迷宮に挑む? 正気ではないだろう。いや、普通に考えて無理に決まっている。だが情報通で名を馳せる強斥候が、一足先に内容を読んでいたらしく、得意げに語り始めた。
「
ふむ。その奴隷なる2名とは、猫耳族の剣士と人狼族の少女らしい。どちらも腕は未知数だが、B級以上の冒険者だとは到底思えない。そんな寄せ集め4人でB級ダンジョンを攻略? まともに考えれば“無理”の一言で片付く話だろう。
だが――もし魔術士がS級スキル持ちだったなら、話は別だ。どれほど嫌な予感がしても認めざるを得ないのが悔しいところだわ。
「
「ちょっと待って下さい。腑に落ちない点があるのですが、
ああ、強斥候はまだ分かっていないのか。
魔術士がこの勇者パーティーに加わった理由?
そんなもの、美人賢者がお目当てに決まっているだろう。真っ黒、ど黒だ。墨汁を飲んで吐き出したみたいに黒い。
ついでに私も、あの魔術士に見事に踏み台扱いされた気分でムカムカしているものの、そこは胸の奥に押し込みつつ現実を見るしかない。
――結局、パーティーの要は魔術士だった、ということだ。
すると足元の床から、乾いた石ころみたいに小さな声が聞こえた。
「俺は認めない。」
あら、もう気絶から復活したのか。
かなり強めに殴ったはずなのに、なかなかの生命力だろうか。さすが勇者。いや、こういう時だけタフでも仕方ないだろうに。
勇者の無駄遣い、ここに極まれり、という感じかしら。
そんなことを思っていたら、突然、妙案が閃いたのだ。
――使えない勇者でも、唯一できることがあるではないか。
「
「俺は認めない!」
「勇者は魔術士に土下座をして下さい。」
「断る!」
『ボコボコボコボコ』
勇者、再び豪快に気絶。
まったく、役立たずのくせに口だけは立派だ。
そして私は決めてしまった。
追放した魔術士に、勇者が土下座する姿――ぜひとも見てみたい。
うん。あの魔術士も、私と同じ考えに違いないだろう。
翌日の夕方。
私は役立たずの勇者を引き連れて、魔術士が暮らしている家へ向かっていた。もちろん目的はただひとつ――勇者の土下座をこの目で堪能することだ。
勇者はというと、美人賢者への未練という名の鎖をズルズル引きずりながら、私の提案に渋々同意したらしい。実に扱いやすい男だ。
強斥候が調べてきた住所へと辿り着くと、そこには帝都の外れとは思えないほど立派な屋敷が構えていた。
二階建て、間口は広々、門から玄関までやたら距離があり、庭木は丁寧に手入れされている。D級冒険者が住むような家では断じてない。まさか金持ち貴族の隠し財産なのか…いや、あの魔術士に限ってそこまで上品なオチでもない気がするのだが。
隣にいる勇者も目を丸くして固まっていた。驚きのあまり言葉を忘れているのか、脳が空回っているのかは知らないが。
空では西日が建物の影を伸ばし、東の空は藍色へと溶け始めていた。帝都の端ということもあって人の姿はまばらで、隣家との間隔は百メートル以上。木々や草が好き勝手に育ち、夏の虫の鳴き声が風に混じる――帝都でありながら田舎の風情まで味わえるという妙な地区だろうか。
屋敷の扉をノックすると、中から美人賢者が姿を現した。
その瞬間、勇者の挨拶が「よう、久しぶりだな…」と震え声になり、顔は引きつり、視線は泳ぎ、もはや笑うしかないほど緊張しているではないか。
なんだその態度は。
私に向けるいつもの雑で偉そうで無神経な態度はどこへ行ったのか。
確かに美人賢者はナイスバディだ。認めたくはないが。しかし可愛さなら私の方が上なのに、どうしてそこは見えないふりをするわけ?
「性格が良い女がモテる」なんて、そんなファンタジーみたいな綺麗話、この世界に存在したっけかしら。
美人賢者の話によると、魔術士は不在で、今は猫族の剣士と一緒にB級ダンジョン攻略の真っ最中らしい。帰宅時間は不明。
つまり、勇者の土下座ショーはまた今度にお預けということだ。残念…ではあるものの、むしろじらされて盛り上がる、という妙な期待感すら湧いてくる。
それにしても、美人賢者――なんだかやけにやつれて見える。目元の陰り、微妙に乱れた髪、疲労が抜けきっていない肌の感じ。悩みでも抱えているのだろうか?
――――――――その時だった。
予兆もなく、私のスキル『真眼』が突如として発動したのだ。
『真眼』とは、世界の記憶『アーカイブ』を所有する者だけが得られる特別なスキルで、極限まで引き上げれば『神眼』へと進化するという超代物だ。
とはいえ、この私をもってしても、満月の夜に月の加護を受けなければまともに使えない。普段は危険が迫る時だけ勝手に起動する…はず、なのだけれど。
今の私は危険に晒されているどころか、せいぜい勇者の醜態のことで頭を悩ませている程度だ。それなのに、なぜ突然――?
次の瞬間、『真眼』は私に一つの真実を突きつけてきた。
『美人賢者が、めちゃくちゃエッチをしている』
…………はい。
この超S級スキル、本当にゴミじゃないだろうか。
世界の記憶だの神眼だの大層な名前を付けておきながら、教えてくるのは人の性生活ってどういうことなのかしら。
若い男女が同じ家に住めば、まあ…そうなるのは自然の流れだろう。興味ゼロだし、どうでもいい。
だが、美人賢者がやつれている理由がそれだと分かってしまい、若干安心した自分がいたのは否めない。複雑だろうか。
――――――――まさにそのタイミングで。
勇者が胸に突き刺さる一言を、何の躊躇もなく投げてきた。
「アメリア。やつれているように見えるけど、大丈夫なのか?」
おい、うんこのくせに勇者、クリティカルヒットを叩き出してきたぞ?
私に対する精神的ダメージがデカすぎる。しかもタイミングが良すぎるだろう。
安心しろ、勇者。
美人賢者がやつれている理由は“エッチのし過ぎ”だからだ。
お前には一生縁のない世界だものの。
顔を真っ赤にしてオロオロする勇者の姿がまた何とも面白く、笑いを堪えるのが難しいほどだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます