第十一章 大嵐
十一之一 兆し
「宮古は遠いのう、相も変わらず」
「まあそう言うな。いつものことだ」
源内の肩を叩いてやる。
木花は、船磁石と陽の動きを睨みながら、ただひたすら南西・
琉球であれば、低い空に北の明神がまだかろうじて見えている。それでも夜は進みがずれてしまうので、昼は陽の動きと潮を見て夜に狂った分を取り戻す。
さらにそれが沖渡りともなると、陸なき大海原が何十日と続く。剛の船乗りでも、その間に
朝早く那覇を出て、すでに丸一日過ぎた。この時節に望みもしていなかった追い風を一の帆に受け、木花は波を蹴立てて進んでいる。
「この進みなら、四日で着くやもしれん」
「そうだの。夜でなければいいが……」
両眼鏡を外すと、源内は
「なに、宮古はそこそこ大きい。雲を見ていれば、夜でも見逃しはせんだろう」
「それはそうだが、見逃すと痛い。昼が助かる」
「そうよの」
一の帆には夜儀が付いていた。
「おっ」
「なんだ」
「あれじゃ」
指差す空を見上げた。眩しくて何も見えない。
「それ、そこ。丸い雲の……」
目を細めると、丸い雲の脇をおひょうが二十余り、白い腹と茶色い背を見せ合いながらひらひら流されている。
「多い。まるで渡り鳥のようじゃ」
ただひとつか、せいぜい幾つかが一緒に渡るのが、空飛ぶ魚、おひょうの常。これ程多い試しは滅多にない。空になにか危うさがあるという知らせだ。
「これは……嵐が来るぞ」
潮風でかさかさに乾いた唇を舐めながら、源内が告げた。
「……そうか、それでこの時外れの追い風か」
頷いている。
「どうする」
「天津殿、しばらく様子を見るしかあるまい。嵐になるかはまだわからんし、どれほどの雨風かも見通せん」
「そうだな」
「それに、那覇を出てもう一日。逃げて隠れる港や島陰はない。――なに、ぱらついて少し揺れる程だろう。寝ておる連中が驚いて叩き起こされはするだろうが」
ふたりで笑い合った。しかしその実、笑っていられたのはここまでだった。
おひょうを見てから半刻もしないうちに、空の一点に薄く雲の筋が立った。それを取り囲むように黒々とした雲が、墨を流したような速さで空に広がってゆく。それはあっという間に陽を隠し、ぱらぱらと雨を降らせ始めた。遠くで雷の音がしている。
「早い……」
源内が呟いた。
「
「すぐに
「……天津殿、この匂いはまずい」
眼鏡をずらすと鼻を高く上げ、風の匂いを測っている。
「この風は、強い嵐のものだ。念のため、船人を起こしたほうが良いやもしれん」
「そうだな」
さっそく潮見の間を後にする。
「あっ、ついでに河豚の水樽の蓋を頼む」
源内の叫びが追い掛けてきた。
■注
おひょう この世界に何種かいる、空飛ぶ魚の一種。見た目は巨大なヒラメかカレイ
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