第56話 【番外】我が家へ

「みーちゃん、お茶入ったよぉ」

 私はいつものように声をかける。

「雫、ありがとう。あれ、お母さん寝ちゃったの?」

「うん、さっきね」

「そっか、疲れたのかな」

 いつもより早めに寝入ったお義母さんを、穏やかな表情で眺めているのは私の彼女。

 年上で美形だからしっかりしていそうに見える、だけど少しだけ天然なところもあり可愛らしさも兼ね備えている。


「あ、もうそんな時期かぁ」

 届いた郵便物を確認しながら、そんな呟きが聞こえてくる。

「何かあった?」

 返事はなく、何かを考え込んでいる顔を覗き込む。

「えっ、あぁ。旅館協会の総会があるって……」

 あぁ、そういえば去年はみーちゃんが出席してたっけ。

「ねぇ、今年は雫も一緒に行かない?」

「え、いいの?」


 私は去年のことを思い出していた。



~~~


「ただいまぁ」

 二泊三日の出張――協会の総会――から、みーちゃんが帰ってきた。

「あ、おかえり」

「あら美佐さん、おつかれさま」

 恵さんは、お茶でも入れましょうねとキッチンへと消えた。

 みーちゃんは、どこか寂し気な表情で私を見つめる。

「雫? 忙しかったの?」

「そうでもないよ、どうして?」

「いや、なんだかそっけないから。疲れてるのかなって思って」

 なんだ、そんなことを思っているのか。

「みーちゃんこそ、お仕事での長旅で疲れてるんじゃない? 荷物持つよ、まずは着替えるよね」

 そう言いながら、一緒に部屋へ入る。

 ドアを閉めて荷物を置いて、私は間合いをはかる。


「わっ、なに?」

 みーちゃんが着替えのために脱ぎ始めた、その時。

 肌着のその背中に抱きついた。

「寂しかったよ、早く会いたかった」

 耳元で囁いたら、わかりやすく耳が赤くなる。


「もう雫、さっきのはわざとなの?」

 振り向いたみーちゃんは不満を口にするが、腕は私の背中にまわしている。

「だって、恵さんがいたし」

 たった三日離れたくらいで寂しいなんて、大きな声では言いたくないし。

「まぁ、そういうことなら」

 今は二人きりだからいいよね? と、みーちゃんはキスを迫ってくる。

 私は、いつ見ても綺麗だなぁと、近づいてくる顔に見惚れる。


 唇が触れる瞬間、クイっと肩を押して離れた。

「えっ?」

「恵さんがお茶いれてるよ、行かなきゃ」

「えぇ?」

 お預けをくらった犬のような顔をするから、なんだか可愛く思う。

「続きは今夜ね」

 そう言うと、ぱぁーっと笑顔になっちゃって、全く可愛いんだから。




「これ、お土産ね」

 みーちゃんが、たくさんの小さな袋をコタツの上に広げた。

「え、こんなに?」

「ねぇ、これって全部チョコレート?」

 恵さんも驚いている。

 有名なチョコレート専門店の名前が書かれているからだ。

「そうなの、みんな美味しそうで迷っちゃったから、片っ端から買ってきた」

 少しずつだけどと、最後の方は言い訳しながらもドヤ顔をするみーちゃん。


 なんでも、毎年このバレンタイン前の時期に大々的に行われるチョコレート菓子の祭典が、出張先の近くであったから寄ったのだという。

「いいなぁ」

 強がってはみても、みーちゃんがいなかったこの三日間はやっぱり寂しかったのもあって、つい口走ってしまう。


「凄かったのよ!」

「何が?」

「チョコの数もだけど、人の数も凄いのよ」

 みーちゃんの語彙力が崩壊するほど凄かったらしい。

「そういえばテレビでやってたかも」

 恵さんも興味津々だ。

「そんな凄いところへ、みーちゃん一人で行ったの?」

 離島ここへ戻るまでは都会で働いていたのだから不思議ではないけど、なんとなく一人じゃないような気がした。

「あっちにいる知り合いが案内してくれたのよ」

「知り合いって?」

「従兄の貴之の同級生」

「あぁ、前に一度旅館ここに来てくれた綺麗な子?」

 恵さんが反応した。

「へぇ……綺麗な……ねぇ」

 ふぅん、そういう知り合いがいるわけだ。

「えっ、あっ、雫? 違うよ、え?」

「何、動揺してるの?」


「あ、私お風呂入ってくるね。お土産ありがとう」

 恵さんは空気を読んで、チョコを一つ掴んで立ち上がる。

「はーい、ごゆっくり!」

 私は笑顔で見送る。


「さて、私たちも部屋へ行こうか」

 みーちゃんに対しては無表情で言う。

「あ、うん、そうだね」

 まるで叱られた子犬のようについてくる。

 別にそれほど怒っているわけではないが、みーちゃんの反応が面白いのでこのまま怒ったフリをしておく。


「雫?」

「……なに?」

「これは雫のために買ってきたの」

 綺麗にラッピングされた四角い箱。

「あ……ありがとう」

 数あるチョコレートの中から私のために選んでくれたのだろう。

 みーちゃんのことだから、きっとアレコレ考えて、時間もかけてくれたのではないだろうか。それでボツになったのが、さっきのチョコたちだろう。

 その時間、みーちゃんの頭の中には確実に私がいたわけで。


「雫、怒ってる?」

「怒るようなこと、したの?」

「してないよ!」

「なら、いいよ」

「良かった」

 ようやく安心したのか、笑顔になった。


「みーちゃん……好き」

「へ? あ、チョコが?」

 一瞬喜びかけて、そして心配そうな顔になるなんて、みーちゃんはちょっと面白い。

 どうしてそこで自信が持てないのか。あ、私が意地悪したからか。


「みーちゃん!」

「ん?」

「ハッピーバレンタイン! 続き、しよっか」

 抱きついて、耳元で囁いた。




~~~



「本当だねぇ、凄い人だ」

「でしょ?」


 去年、私が「いいなぁ」と零した言葉を覚えていてくれて、一緒に連れて来てくれた優しい彼女――みーちゃん――の言う通りだった。


「島の総人口の何倍くらいだろう」

 そんな私の感想に、隣でぷぷっと笑う。

「雫もう、しっかり島の人間だねぇ」

「あぁ、そうだねぇ」


 この人混みに驚く私はもう、あの離島でのみーちゃんとの生活が馴染んでいるのだろう。

 それは、私にとってはとても嬉しいことだ。


 島の人々を集めたよりもたくさんの人に混じって、チョコレート菓子を眺めて選んで購入して。

「たまには、こういうのも楽しいね」

「そうね」

 それは、隣にみーちゃんがいるからなのだと、改めて思う。

 パティシエの仕草に感嘆したり、値段に目を丸くしたり、そして視線を合わせて笑い合う。


 まさにお祭りのような会場を後にして、駅までやってきた。

「雫、ちょっとお茶しよ」

「うん、疲れたもんね」

 みーちゃんの後についてお店の中へ入る。

「コーヒーでいいよね?」

 と聞かれ、注文をしてくれる。

 もう、お互いの好みも把握している、こんな些細なことも嬉しい。


「えっ、なにこれ、可愛い」

 注文の品が届き、それを見た私は店内にも関わらず、つい大きな声を出してしまう。

 いや、だって、これ。

「ひよこ?」

「こっちは、バレンタインバージョンだって」

「ほんとだ、色が違う。チョコかぁ」


 形はひよこで、見た目はふわふわ、スプーンでつつくとプルンプルンしている。

 食べてみたら、プリンとかババロアの触感。

「美味しい」

「でしょ?」

「もしかして、去年も食べたの?」

「あ、うん」

「そっか」

「ほら雫、こっちのも食べていいよ」

 みーちゃんはお皿を私の方へ寄越そうとするから、それを制して口を開けた。

「あ、あーん?」

「うーん、こっちも美味しいね」

 この、ひよこ型プリンもこの地方でしか食べられないらしい。

 テイクアウトも出来るけれど、丁寧に扱わないと崩れてしまうだろうし、これから離島まで帰ることを考えると難しいかな。恵さんには別のお土産を買って行こう。


「みーちゃん、連れて来てくれてありがとう」

「ううん、私が雫と一緒に来たかったから」

「そうだね、来年のバレンタインもね?」

「もちろん!」

「それで、みーちゃん。去年一緒に来た綺麗な人っていうのは、元カノなの?」

「へ? 違う違う。そんなんじゃないよ」

「ふぅん」

「気になるなら、ちゃんと話すよ?」

 そう言って、私の不安をなくすために、その人とのことを話してくれた。



 

 


 私はとにかく母と離れたくて、中学を卒業してすぐに札幌に出たの。

 その話は前にしたっけ。

 札幌に叔父さんがいたから、お世話になりながら高校へ通って卒業させてもらってね。一度事務職で就職したけれど数年で退職をして。その後は叔父さんが経営するバーを手伝ったり、他にもバイトをしながら語学の勉強や資格の勉強をしていたのよ。上京する前の話ね。


「その時に知り合ったの?」

「そう」


 その子は、叔父さんが経営するバーにアルバイトとして働いていたの。

 一浪して医学部に入ったらしいの。医学生なんて、金持ちのボンボンばかりかと思ったら、そうでもないのね。とても真面目に働いていたわ。


「好きだったの?」

「そういう感情ではなかったと思うのだけど」


 境遇が似ていたのよね。

 あの子も親との間に確執があって、勘当されたって言ってたわ。

 それに、その子には片想いの相手がいたのよ。離れているし、既に一度振られている相手によ。

 私も当時は報われない恋ばかりをしていたし、将来に不安もあってね。

 もしかしたら、お互いの寂しさや、そういう心の傷に惹かれ合ったのかもね。


 いつだったか、あの子の父親が病気になってね。落ち込んでいるのかと思って話を聞いたらね。

『昔から父が大嫌いだった。だけど強いとも思ってた。それだけは私に遺伝して欲しいとも。だけど病気になった父はちっとも強くなんかなくて、幻想だったんだって思って……』

 そう言って、私の前で初めて泣いた。

 私は抱きしめることしか出来なくて。それ以外に慰める術を知らなかったのよ。

 私はその子にキスをして、そして聞いた。

『どうする?』と。

 私はそうなっても構わないと思っていた。

 そうしたら、しばらく考えた後その子は言った。

『今日はやめておく』

『うん、それがいいね』


 その後、父親は亡くなったのだけど、その子は気丈だったわ。

 何か吹っ切れたような表情だったし、その後、そういう甘い雰囲気にはならなくてね。

 結局、何もなかったわけよ。



「雫? どう、妬ける?」

「みーちゃん、それ。振られてるじゃん、可哀想に」

「えっ」

 また子犬みたいにシュンとなっちゃって。

 みーちゃんの過去も何もかも、愛おしくて胸がいっぱいだ。


「しょうがないなぁ、みーちゃんのそばには私がずっといてあげるね」

「ありがとう、雫」

 一見高慢な私の物言いにも、穏やかに笑ってくれる。

 きっと私の想いは届いている。


「じゃぁ、帰ろうか。我が家へ」









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ワンナイトラブ hibari19 @hibari19

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