第2話 特務
「たーいちょう、ダリル隊長」
耳障りな声で俺は目を覚ます。
俺の名前はダリル・ヒューズ 階級は少尉だ。
今俺を起こしやがった野郎は、カーノヴァの野郎だ。
「隊長、起きてますかい。」
「……なんだ。下らねぇ用ならぶっ殺すぞ。」
俺はそういって腕にはめた文字盤を見る。まだ朝の6時だ。いつもの起床にはまだ早い。
「おっかねぇ。そんなくだらないようで隊長を起こしたりなんかしませんや。司令がお呼びだそうで。」
「…………こんな時間にか?」
俺はいぶかしく思う。基地司令のバルケズ中佐は質実剛健を地で行くようなタイプだ。まかり間違ってもこんな時間に人を叩き起こすようなタイプではない。
「……理由は?なんか聞いたか?」
「それが伝令兵も知らぬ存ぜぬでさぁ。ただ急ぎのよう ということらしいですぜ。」
こいつの事だ、若い伝令兵を締め上げたに違いない。それでこの反応ならホントに知らないのだろう。
俺はむくりと起き上がった。キャビンの外に出ると、少し肌寒い。3月とは言えまだ冷える。カーノヴァが俺にコーヒーを手渡す。眠気覚ましにそれを一気に煽ると寒さも多少はマシになった。
本部になっている建物までは距離がある。伝令兵はバギーで来ていたのでとっとと後部座席に乗り込む。伝令兵が慌てて駆け込んできて発車した。
基地本部はこの時間でも当直の兵たちの熱気があふれていた。なんといってもここは最前線なのだ。やり取りする情報の量も膨大になる。
その兵士たちの中をすり抜け、俺は基地司令の部屋までたどり着いた。
「ダリル・ヒューズ少尉、入ります」
そう声をかけ指令室に入る。
部屋にはバルケズ中佐ともう一人、見慣れぬ軍人がいた。まだ若い。
「ご苦労だ、ダリル少尉。早くにすまんが火急の用だ。」
そうバルケズ中佐が言う。
「まずは彼を紹介しよう。軍本部特務大隊所属コーエン・ワッツ特務大尉だ。」
「ワッツだ。よろしく。」
「東部指令第144大隊ヒューズ小隊、隊長のダリル・ヒューズであります。」
挨拶を交わす。
「さて、君を呼んだのはほかでもない。彼の仕事に腕利きのハンター中隊を引き抜きたいと依頼があった。という訳でダリル少尉、貴様の隊をそれに充てる。異存ないな?」
「……異存はありません。」
くそったれ、異存なんか出せるわけがない。しかも特務だと、嫌なにおいがプンプンする。
「しかし我らは小隊です。中隊と仰いますと……。」
「あぁその件なら、貴様の一存で5個小隊、1増強中隊規模までは引っこ抜いて構わん。あとで引き抜く小隊のリストを出せ。」
「……了解いたしました。」
「あとその功をもって貴様を中隊長に任命する。昇進だ喜べダリル中尉」
「……ありがとうございます。」
「では本日中に片付けてくれたまえ。話は以上だ、何か質問は?」
「ありません中佐殿。」
「では下がってよろしい。」
「失礼いたします。」
最後に一礼して部屋を出る。
くそったれ。最悪の気分だ。特務で引っこ抜かれるだなんて絶対にいい話じゃない。
それも1個大隊から中隊規模引き抜いて構わない? そんな話がまかり通る時点で尋常じゃない。つまりは軍本部の意向だ。とんだ貧乏くじを引かされたらしい。
俺は自分のキャビンに戻るまでの間イライラしっぱなしだった。
が3月の寒さは多少いい方向に働いたのか、自分のキャビンを前にする頃には多少落ち着いていた。
「カーノヴァ! いるか?」
「はい隊長。何用で。」
カーノヴァが出てきた。寒さに身震いしている。
「喜べカーノヴァ、地獄行きだ。」
「……何があったんで?」
俺はいぶかしがるカーノヴァに基地本部での指令を伝えた。
すると俺と似たり寄ったりの渋面になる。奴にもこの指令の面倒さが伝わったと見える。
「それで隊長、誰の小隊を引き抜くんで?」
「ピアザ、ラウール、ミイズ、リーン、ダスト」
「……この基地のトップじゃねぇですか。残る基地の奴らに恨まれますぜ」
「……知った事か、文句言わせる奴には言わせとけ。」
俺はそう息巻いた。
◆※◆※◆※◆※◆
その日一日をかけて俺たちは装備をまとめ上げた。
引っこ抜かれる小隊はこの基地でも腕っこきの連中ばかりだから残る奴らからすると面白くない話だろう。だが知った事か。こういうトップダウンの命令はだいたいろくでもない事と相場が決まっている。
特務、特務だと。いったいこの戦時下に特務隊とは恐れ入る。いったいどんな任務が課せられるのか想像もつかない。
ハンター小隊だけ集めて中隊規模とは、よほどろくでもない前線基地にでも飛ばされるのだろうか。弾避けだけはごめんだ。
同じように悪態をつきながら装備をまとめる
「全員準備ができた奴から、第三兵営に入っとけ。俺は指令に報告して足を確保してくる」
「了解しました、隊長。お気をつけて」
投げやりに敬礼をよこす奴を背にして俺は指令室へ向かった。
「ダリル・ヒューズ中尉、入ります」
そう言って指令室に入る。
「ご命令通り、一個中隊を編成いたしました。現在待機中です」
「結構、行先はここに書いてある。午後の便、まだ間に合うな」
仕事が早くて結構とバルケズ中佐が言った。
受け取った紙を見て行先を見た俺は息をのむ。状況が飲み込めずに2~3回メモを見返すがそこに書いてある文字に変化はない。
「……指令、質問をお許しいただけますでしょうか」
「……なんだ?」
「この行先、何かの間違いでは?」
「いや、そこで間違いない。お前の中隊はその基地に出頭後、特務隊の指揮下に入る。以降の指令はその特務隊から指示が出る」
言外にこれ以上聞くな と言われたのがわかった。
俺は敬礼をして、退出する。
呆然としながら、俺は足を兵営に向けた。
到着するとカーノヴァが外で待機しているのが見えた。
「お早いお帰りで、行先はわかりましたかい? 一応トラック2台は確保しときやした」
そういう副官に、俺は黙ってもらったメモを差し出す。
受け取ったカーノヴァが、中を見てギョッとしたような顔をして固まった。
やああって回復した奴が俺に聞く。質問はわかり切っていた。
「……隊長、何かの間違いじゃないですかい」
「俺もそう思った。だが間違いじゃないそうだ」
俺たちのこれから向かう先とは
「……首都だ」
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ワルキュリア 十神 礼羽 @aizspa
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