第1話 東部戦線
今なら思う。あの時俺は――――――。
◆※◆※◆※◆※◆
――――――ドクン、ドクン
自分の心臓の音がやけに響く。
頬を、ジワリと汗が伝う。
音をたてないように、慎重に、ごくゆっくりと座っている体制から起き上がる。
補助動力は切っているので、
――――チッ・・・・チッ・・・・チッ・・・・
耳障りな高周波音が響く。あれで、こちらの位置を探っているのだ。
蝙蝠の耳よろしく
せっかくここまで誘い込んだのに、ここで死んでは元も子もない。
仲間が定位置についた後、キルポイントに誘い込むのだ。
合図はまだか。
――――チッ・・・・チッ・・・・チッ・・・・
徐々に探索範囲がこちらに近づいてきている。
まだか、まだなのか。焦れる俺は思わずゴクリとつばを飲み込んだ。
来た! 廊下の向こうに見える窓から赤いレーザーポイントが2回点滅する。
一呼吸おいて、俺はいったん
勢いよく立ち上がると窓から下の通りを見下ろした。
ここは崩れかかった5階建ての廃ビルの3階部分だ。真下に見える片側2車線の通りに、ここまで引っ張ってきた奴がいる。四足の鋼鉄の化け物、情け容赦のない
ガシャン という大きな音と共に、奴の面格子のようなバイザーが起動した。スリットからは緑色の光が漏れる。既に攻撃態勢だ。
俺は一目散に窓から飛び下がり、後ろの廊下を駆け出した。後ろから盛大な破砕音がする。見なくてもわかる。コンクリートの壁をいともたやすくぶち抜いて奴が侵入してきたのだ。
走れ。ここでついうっかり躓こうものならその瞬間、死が確定する。
俺は死に物狂いで走った。脚部駆動機が甲高い駆動音を上げてサポートする。
後ろから建物の構造体をすべて無視して、一直線に迫ってきているのがわかる。
目の前にある窓枠を後ろ向きに飛び越え宙に身を投げた。一瞬の浮遊感。
すかさず左手に装備されたグラップルガンを屋上に向けて発射する。
飛び出してきた廊下から、奴がこちらに飛び掛かろうとしているのがわかる。
窓枠をぶち破って飛び出してくるのと同時に、背面にある
間一髪で躱した俺はそのまま屋上へ、取り逃した奴は空中で体勢を立て直し着地しようとしている。
その瞬間、奴の体が不自然に回転した。
目には見えない程に細い複合繊維ワイヤーが張られていてそこに体が引っかかったのだ。崩れたバランスを補正しようとジャイロがうなりをあげているが、体に絡まった繊維が邪魔で体勢の転換ができないでいる。
落下の最中も、同様に張られたワイヤーを体にどんどん巻き付かせながら落下し地面に叩きつけられた。ただ、5m程度の落下では
狙いはそこではない。
ワイヤーに絡めとられて身動きができないやつに向けて4体の人影が、駆け寄っていく。
二人から、空気の炸裂音と共に防刃ネットが発射され藻掻いている奴をさらに封じ込めた。
もう一人は手に持った銃から、テーザー弾を発射する。
これは電磁パルスを発生させて機械の動きを妨害する弾で、奴の動きが数秒静止する。もう一人はさらに駆け寄ると、右腕から肩、背面まで使って
背面にある懸架台からアームが立ち上がり、同時に超硬タングステンの槍が装填された。アーム中央にある。フライホイールが猛烈な回転を始めて、エネルギーを蓄積する。
奴が、スタンから目覚めて身動きをすると同時に、槍が背面に叩きこまれる。
超高速で発射された槍は通常の弾丸では抜くことの難しい複合装甲版を容易く貫き、心臓部である制御ユニットを正確に貫いてスクラップにした。
奴の単眼センサーから、光が消える。
それを見た4人から喝采が上がった。
それを確認した俺は、屋上へ一度上がり、周囲に奴の仲間がいないことを念入りに索敵する。
下では、倒した奴の体をトレーラーの荷台に積み込む作業が進められていた。
慣れたもので既に3機同様に破壊された残骸が積んである。
残りのスペースに今倒した一機分を積み込み終えると、手を振って合図された。
それを確認した俺は、手早く階段から1階まで下りた。
向かいのビルから同じように1人が出てきて合流する。
トレーラーに3人、もう一台の4輪車に手早く分乗すると、車が発進した。
後には壁面が2か所破壊されたビルと、轍が残された。
◆※◆※◆※◆※◆
「スカベンジャー撃破4、ヒューズ小隊、帰投しました。」
定型的な文章と共に基地に侵入する。
ここは人類戦線の最前線、 元イスカテーナ共和国 ガランデ陸軍基地。
俺たちはここで『狩り』を専門に行う小隊だった。
獲物はスカベンジャーやルーターと呼ばれるあいつらの尖兵だ
あいつら、10ケ月前に突如として湧き出した人類の敵。くそったれの
スカベンジャー、腐肉を喰らうもの なんて呼ばれちゃいるが奴らは人の死骸なんか一顧だにしない。奴らが襲うのは生きた人間のみだ。それなのにそんな呼び方をされているのは奴らがもっぱら回収するのは金属資源。街に転がってる車や信号、標識。喰らえるものなら何だって引きちぎって回収する。
ルーターはそうして引きちぎられた品物の運搬係だ。8本足の鈍重な体で大量の資源を持ち運ぶ。
俺たちはそういう奴らを罠にかけて破壊、資源回収を阻止、かつ倒したスカベンジャーやルーターを回収するいわゆる「狩り」と呼ばれる作業を専門に行う小隊だ。
他にも斥候や正面切って戦闘を行う部隊なんかもあると聞く。ともかく俺たちは狩りをしながらこの地獄のような東部戦線を生き残ってきた。
生存率の低いわけは奴らのスペックもあるが、単純に装備の差が大きい。生身では抗しえない機械どもに対して俺たちに支給されているのは一般的な銃火器のみだった。
最初の頃はそれで随分と死んだ。 これではだめだと支給されたのは今ある
押しに押された戦線はようやく拮抗を見せ一進一退の攻防を繰り広げている。
それが今の東部戦線だった。
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