「涙は追いつけない」

 オーサカ支部に戻ってきたぼくと天平先輩。

 腕時計は通常通り動き始めた。


「ようわからんけど、あのまんまやとうちはくたばってたから結果オーライやろ」


 ホッとした。

 天平先輩を救えたのはもちろんのことだが、明日はクリスマスイブだ。

 クリスマスイブを迎えることなく静止した時間に囚われるなんて考えたくもない。


「そうですが……」

 

 これまでならタイマーでセットされた制限時間があった。

 今回のような発動と終了条件のわからない【疾走】には「いつこの状態が解除されるのかがわからない」恐怖がある。

 時間切れによるというデメリットが些細なものに思えてしまう。

 今後はこちらの【疾走】をコントロールできるようにならねば。


「あとで何があったか聞くからな」


 築山支部長は、手錠の鍵穴の部分にBB弾を一粒ずつ入れる。

 指をパチンと鳴らすと、鍵穴の中で弾けてロックが解除された。


「帰ってきたばかりで悪いけど、ちょうど本人も来とるから、オーサカ支部の新しいメンバーを紹介しようかな」


 支部長が「つくもちゃん!」と呼ぶと、導と談笑していた制服姿の女の子がひょこひょことこちらにやってきた。

 新しいメンバーか。

 支部長はぼくの時も前日になって連絡があったと話していたが、今回も急すぎやしないか。

 ぼくには一切話が来なかったな。

 気配すら感じなかった。


「初めまして。わたしは白菊つくもといいます。よろしくお願いします」


 よろしくお願いします、を言い終わってからお辞儀をしてくる姿には好感が持てる。

 ぼくをスカウトしてくる知恵ちゃんからのアプローチはこれからも続くかもしれない。

 受ける気はさらさらない。

 これから“アカシックレコード”だとかとの戦いも控えている。

 仲間が増えるのはいいことだ。


「ぼくは篠原幸雄だ。よろしく」


 ぼくが握手しようと手を差し出すと、つくもは「ええ、知っています」と会釈で返してきた。

 戻ってきてからまだ手を洗っていないからな。

 握手は断られた形になったが、まあよしとしよう。


「そうか。ぼくはフェイマスだからな」


 オーサカ支部に来る前に作倉部長からぼくのことを聞いたのかもしれないが、ぼくは本部にいた頃よりも遥かに成長している。

 きっと、作倉部長はぼくを飛ばしたことを後悔するだろう。


「つくもちゃんは神佑大学附属高校なんやって!」


 導が個人情報をばら撒く。

 天平先輩は「いいとこのお嬢やもんな」とつくもの頭を撫で回す。


「トウキョーの高校か?」


 これからオーサカ支部で働いていくのに、トウキョーの高校に通うのか。

 学生をしながらの勤務となると導のように日中は学業か。


「うちが連れてって、戻ってくるから、問題あらへん」


 確かに、天平先輩の能力なら行き来できるのか。

 トウキョーで暮らしているよりも移動が速いまである。

 つくもは「天平先輩には、オーサカでの日常生活のサポートをしていただくことになります。何かとご迷惑をおかけしてしまいますが、よろしくお願いします」と、丁寧に礼を述べた。


「固いな! うちのことは芦花でええから! 仲良くしてこ!」

「芦花さん」


 さん付けで呼ばれた天平先輩は「うーん! まあ及第点!」と上機嫌だ。

 まるでぬいぐるみにしがみつくかのようにつくもを抱きしめている。


「今日はこれから串カツ屋に行こう。歓迎会だな」


 支部長がチラシをひらひらさせると、導は「やったー!」と飛び跳ねた。

 元々オーサカ支部があった建物の1階に入っていた店の店名が書かれている。

 火事が起きてしまってから、別の場所で再オープンしたようだ。


「ぼくの時にはウェルカムパーティーを開いていないのでは」


 気付いてしまった。

 歓迎されていなかったわけではないだろう。

 おそらく。

 天平先輩は「細かいこと気にしとるとハゲるで」と茶化してきたが、ぼくのパパはハゲていないのでぼくもハゲない。

 たぶん。


「ダーリン、ちょっといーい?」


 なんだキャサリン。

 今日は来ていたのか。

 ぼくが家を出た時にはまだベッドの上だったが。


「つくもちゃんだけど、左の膝小僧の裏にタトゥーが入ってるのぉ」


 部屋の隅に引っ張って、ぼくに耳打ちしてくる。

 支部長や天平先輩、導につくもといった他のオーサカ支部のメンバーは「串カツを何本食べられるか」という話で盛り上がっているので、こちらの動向を気にしていない。


「タトゥー?」


 振り向いて、つくもの“左の膝小僧の裏”を凝視する。

 言われなければわからないサイズで“99”と書いてあるような。

 タトゥーというよりは焼印のような?

 いや、現代の女の子の左足に焼印があるわけがない。

 キャサリンの言うようにタトゥーか何かだろう。


「グランマはなーんも言ってなかったから、キャサリンも気にしないようにしようって思ったけどぉ」

「ファッションは個人の自由だろう」


 ぼくが反論すると、キャサリンは「本人に聞いたら、『99番目の白菊美華なので』って言うの」と続けてきた。

 白菊美華が何者なのかわからない。

 人名?

 概念?

 ……99番目だからつくもなのか?

 

「面白い子だよねぇ! もっと仲良くなりたいなぁ!」


 こそこそ話は終わり、キャサリンがオーサカ支部の輪に入っていく。

 つくものここまでの言動は真面目だが、この会話を考慮すると、ちょっと不思議な子なのかもしれない。

 これからわかることもあるだろう。


「串カツ、おみやげに持って帰ってもいいんじゃろか」


 八人兄弟の末っ子。

 小学六年生の鎧戸導。


「できるんじゃないかな」


 オーサカ支部の支部長。

 築山蛍。


「いっぱい食べようねっ!」


 ぼくのガールフレンド。

 キャサリン。


「ダイエットは明日からがんばるんや。今日は食うで!」


 尊敬する先輩。

 天平芦花。


「明日はクリスマスパーティー、とお聞きしました」


 ぼくの後輩として入ってきた新メンバー。

 白菊つくも。


「オーケー、ぼくがダイエットに付き合おう」


 そして、このぼく、篠原幸雄。

 この6人のオーサカ支部の活躍に期待してくれたまえ。



【 Co początek ma, koniec mieć musi. 】


















これにて一巻の終わり!

しっかし、まあ、時を自由に操る能力かあ。

そんなのチートじゃんね。


……ああ、そうか!

【疾走】だからチーターってコト?

わかりづら!

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