ふわわわわわ。

ふわふわ、ほよほよ。

いつもそいつは浮いている。


今は靴下を履く私の周りを回っている。

制服を着て居間に移動すると、そいつもついてくる。

大きさは私のこぶしぐらい。形はハコフグとかいう生き物に似てる。

色もなんとなく似てる。いつもと一緒。


「おはよーまゆ」

「おはよ、あや」

あやはダイエットに成功して、むちゃくちゃ可愛くなった。もともと身長があったんだけど、痩せてさらにのっぽに見えるようになって、モデルみたいにスタイルがよくなった。でも相変わらず何かを食べてるときはリスみたいな顔してる。


「そういや最近見なくなったね、妄想おじさん」

「あっなんか病院に入ったって噂聞いたよ」

「あっそうなの?まぁそうだよね」

そもそもなんでもっと早く入れないんだって話だけど。まぁ仕方ないんだろな。おかしくなっちゃってから奥さんと別れたってお父さんが言ってた気がするし。


4時間目は古典で、この授業ホントだるい。浮いてるやつを捕まえて、にぎにぎして遊ぶ。柔らかーい。

そこで背中をつんつん突かれた。あやからのメモだった。今日、龍太郎くんに告白するつもりらしい。やっとか。

ダイエットが成功したらするつもりだったらしい。えっそういう?なるほど、だから今回頑張ってたんだ。

「頑張れ応援してる」って書いて返した。うまく行くといいな、あや。


昼休み。今日のお弁当はおにぎり。不格好だけど仕方ない。浮いてるやつがつんつんつついてくるけど、コイツ結局食べたりしないんだよな。邪魔だから箸で挟んじゃおう。えい。

「何やってるの?」

あやにつっこまれた。そうだ、コイツ私以外に見えないんだった。私は慌てて箸の練習してるなんて嘘をついて、もう使えるじゃんってつっこまれて、二人してケラケラ笑った。


放課後、事件が起こった。事件っていうかなんていうか、いきなりクラス全員でロッカーの清掃をするという話になってしまったのだ。私のクラスは何故か使われてないのにものが入りっぱなしのロッカーが多く、美化委員も一人しかいないので、全員でやろうという話になったのだ。

「あや、私があやの分までやるから、先に行ってていいよ」

「でも」

「早くしないと龍太郎くん帰っちゃうよ、このためにダイエット頑張ってきたんでしょ」

「うん」

「行きなよ」

「‥‥ありがと」

「うん」


ロッカー清掃は結構しんどかった。食べ物が入りっぱなしのロッカーを引き当てた男子は悲惨だった。卒業生かぁー?ちゃんと綺麗にしてからいなくなってほしい。なんでこんなに使われてないロッカーがあるの?


ようやくロッカー清掃を終えてゲタ箱に行くと、あやがいた。

「あや!どうだった?」

「‥‥。」

振り向いたあやは今にも泣きそうな顔をしてた。

「えっなに、なに、まさか」

嫌な予感がして、私は思わず駆け寄る。

「‥‥告白してない」

「えっ?」

急に怖くなっちゃって、とあやはぐにゃぐにゃの顔のまま、無理して笑ってみせた。

「なんで、どうして──あんなに頑張ってきたじゃない!」

思わず声を荒げた。


ロッカー清掃の疲れと、今までのあやの恋愛相談と、そしてこのあやの態度と発言で、私の中で怒りが弾けた。

その瞬間、ぱちんと浮いてたやつもはじけた。

そして、あやが、














「まゆ、なにしてんの?」

「え?」

ゆりに声をかけられた。私の友人の一人。

「ゲタ箱でぼーっとしちゃってさ、何かあったの?」

「‥‥うーん、なんか大事なことがあった気がしたんだけど‥‥忘れちゃった」

「なにそれ」

試験近いからベンキョーし過ぎなんじゃないのってからかわれた。二人してケラケラ笑う。


家に帰るとガランとしていた。今日の夕食は私が担当だ。ついでに明日のお弁当も作っちゃおう。

卵焼きがうまく作れなくて、私こんなに下手だったかなって最近良く考える。前はもっとキレイな形の卵焼きがお弁当に入ってたと思うんだけど。お父さん作だったっけ?

うちはお母さんがいないから、こうして食事はお父さんと交代で作っている。

私が卵焼きで四苦八苦してるその間も、浮いてるやつは私の周りをふわふわしている。

ふわふわ、ほよほよ。

いつもそいつは浮いている。

大きさは私のこぶしぐらい。形はそうだなぁ、リスに似てる。

色もなんとなく似てる。いつもと一緒。


ふわふわ、ほよほよ。

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