第8話 天才なんていなかった


「そうか……だが、守れてないぞ。言葉は立派だが結果が出ていない――無謀な挑戦は相手をただ不幸にするだけ――そう思わないか?」


 ターミナルの指摘には頷く箇所がある。

 ワタルは頷きながら……やるべきことは見定めていた。


 勝たなければならない。

 やる気と根性だけがあっても意味がないのだから。


 ……結果が出なければ全て無駄だ。

 実力不足……ああ、分かっている。


 天才だと? そうやって自慢してきた自分が、嫌いになりそうだ。


「……弱いやつは、大嫌いだ」


 ターミナルが、嘘つきは大嫌いだ、と言っているようにも聞こえた。

 弱い、嘘つき…………ワタルのことだろうか?


 彼女が持つ太刀の刃が煌めいた。


 今度こそ、太刀が振るわれる。


 その刃を――割り込んだプリムムの手が止めた。



「もうっ、いいでしょ!?」


 刃をぎゅっと握るプリムム。

 その手の皮膚が切れるが、怪我はすぐに治癒されていく。


 数滴の血が手から滴るだけだった。


「彼をこれ以上、私たちの事情に巻き込まないでよっ!!」


「なら、そのコアを渡せ」


 プリムムの心臓部分にある、取り外しができる生命装置だ。


「それさえくれれば、もう巻き込まない、治療もする……先生に連絡して、彼の望みも叶えさせてやってもいい……。わたしの権力も存分に使ってやるさ。それは、保証する――だから試験を諦めろ、プリムム」


 交換条件にプリムムが躊躇いを見せたが……ワタルを天秤に乗せれば、答えが決まった。


「渡す、渡すから……だから、ターミナル……っ」


 あとはお願いね、と素直な笑みを見せた。


 彼女の手が、自身のコアへ伸びたところで――――



 ワタルが、プリムムの腕を掴んだ。


「あ、あなた、」

「プリムムがいいんだ」


「え?」

「おれが守る。だから、おまえを『装備』する――しよう……ダメか?」


 ……ただの噂だ。結果が出るとは限らない。


 しかし、それはどうでもよく、ワタルの言葉にプリムムは自然とこう返していた。


「――はい」



 肩に置かれたワタルの手に自分の手を重ねる。

 それからは、あっと言う間だった。


 プリムムの全身が青い光となり、小さな、粒となって――――

 ワタルの全身にその粒子が集まっていく。


 彼を包む、鎧となって……。

 光を反射をする濃い青色がワタルを防護していた。


 そして、全身が包まれた。

 顔もヘルメットのような鎧で隠れていて、完全防護である。


 さらには、折れていた両腕が動いていた。

 全身の痛みが、ふっと、消えている……?


「装備した……?」


 これがアーマーズ。


 鎧少女の、本当の姿か。



「これ……」


 ワタルが戸惑った。

 鎧を着ているだけ、なのだろうけど……だとしたらおかしい。


 背中に、当たっている感触があり……それは、そう、まるで――。


 プリムムが、後ろから抱きしめてきているような?


 だって、温かい……体温がある。

 伝わってくる鼓動が、激しい……。


「し、しらないけど!? こんな体勢になりたかったわけじゃないの!」

「分かってるけどさ……」


 ワタルの脳内(? でいいのか?)に、プリムムの声が反響している。


 思うだけで会話が成り立っていた。


 ……慣れていないと思ったことを口に出してしまいそうだ。

 …………、それはつまり、思っただけで相手に伝わる、ということだ。


「そうよ。……当たれば私にだってあるんだからね?」


 背中に触れている胸について考えたことがバレていた。

 柔らかいその感触から、あ、あるんだ、と思ったことが筒抜けだった。

 ……ヤバイ、と思った時には遅く、失言が全て伝わってしまっている。


 さっ、と血の気が引いたが、それどころじゃないことで意識を逸らせるかもしれない。まあ、そんなことを思っていることも全て筒抜けなわけだが。


 ……鎧を纏う、か。

 つまり、プリムムを背負っているようなもの――なのだろう。


 しかし、なぜ裸同士で?


「……それ、あまり押し付けるなよ?」


「私のもあるってこと、ちゃんと覚えておきなさいよ?」


 耳への吐息。肩に触れる彼女の髪の毛。全てがワタルをドキドキさせてくる。

 理性を、弄んでくるのは無自覚なのか。


 幸い、見た目は近未来風の鎧だ。外から見ている分には、ターミナルにはなにも分からないだろう。ベタベタと、イチャイチャしていることはバレていないはずだ……。


 それでも、これがずっと続くとなるとまともではいられない。

 すぐにでも吹き飛びそうだ。……色々と、だ。


 そんな浮ついた中で、緊張感を取り戻せたのはターミナルのおかげだった。


「……フンっ、装備できる、と確認できただけでも収穫があったな」


「……嫉妬ね、あれ」


 もちろん、ターミナルには聞こえていないだろう、プリムムの指摘だ。

 ワタルからすれば逐一説明されているようで気になる。


 いらない副音声なのだが。

 ……ターミナルのことも丸裸にされている気分だ。


「なんだ、その顔は」


「いやあ……なんでも。あ、喋らない方がいいかもしれないぞ?」


 ――プリムムに言葉で脱がされるぞ、と。

 まあ、なにを言っても挑発にしかならないだろうけど。


 すると、ターミナルが太刀を向けてくる。

 鎧のおかげか、切っ先を向けられてもぎょっとすることがない。


「落ちこぼれが装備されてまともになったのなら、戦いやすい」


 実力差が、やっとこれで埋まった。

 しかし、埋まってやっと拮抗しているのなら……。


「大丈夫よ」


 と、プリムムは自信満々だ。


 彼女自身のことだから、力が強化されている手応えがあるのだろう。


「一割の力で充分よ」

「そうなのか……?」


 プリムムの指示に従い、ワタルがそっと、手の平をターミナルへ向ける。


 ピコン、という脳内の音と共に、プリムムの能力の使い方が共有された。

 砲撃の力――まるで手足を動かすような感覚で、能力の強弱をつけることもできる感覚……。

 言葉にできない一致が、体の中で起こったのだ。


 それでも「一割の力でいい」の感覚までは分からなかったが……、ここはプリムムの言う通りにしよう。


 控えめに、力を出した、はずだったが……。

 ちょっと出しただけでエネルギーが肥大化した。


 今にも爆発しそうなくらいの膨大なエネルギーが、伸ばした手の平に集まっている。


 まるで太陽を持っているような……、これが装備した力、なのか……?


 一割でいい。

 それは、ワタルとプリムムに制御できる力が、そこまでだから――――


 ……ヤバイ、暴発する!!



「あんたッ、早く離して!!」


「でもっ、あいつを消し飛ばすかもしれないぞ!?」



 ターミナルに当たれば存在ごと抹消してしまうのでは?

 コアも含めて丸ごと……。そこには、アーマーズとしての死がある。


 躊躇って仕方ないが、しかし、このままだと……。


「あんたが逆に消滅する! だからっ、早くッ!!」

「ッ」


 肥大化した青い砲弾。

 チッ、と、誤って指が触れただけで、それだけで触れた指が消し飛んだ。


 エネルギーに、食われたのだ。


 すぐに再生したが、全身が持っていかれたらと思うとゾッとする。


「早く!!」


「分かったよ! っ、ターミナルッ、絶対に避けろよ!?」



 ――――巨大な砲弾が前方へ撃ち出された。



 そのエネルギーは森を喰らうように全てを飲み込み進んでいく。

 圧倒的な破壊力だった。


 青い砲弾は遠くまで届き、見えなくなったところで……、消えた、のか……?


「ターミナル、は……? 巻き込まれてないよな……?」

「どうかしら……」


 怖いことを言う。

 ワタルが、更地となった周りを捜索すると――あった。


 彼女はいなかったが、足跡があった。一応、逃げてはいるようだった。

 ふう、と安心する。


「…………」


 アーマーズ。


 オトコが装備し、力が進化する。


 これがアーマーズの本来の力か。


 ……強力過ぎないか?


 国どころか惑星そのものを消し飛ばすような力にも思えた。

 ……だったら、ワタルは、この力に釣り合う、パートナーなのだろうか……?


 自他共に認めていた天才の中に、暗雲が出現する。


 初めてのことだった。



「……離れましょう。騒ぎを見た他の子がここまでくるかもしれないわ」





 アーマーズ同士のコアの奪い合い。


 ここはその戦場だ。


 目立てば見つかり、狙い撃ちにされるだろう。



「そうだな……装備はどうする? 一旦、脱ぐか?」


「寂しいならこのままでもいいけど?」


 背中に抱き着かれているこの状況、なくなれば、寂しいと言えばそうだ。


 口で否定しようとして、そう言えば筒抜けだったことを思い出す。

 強がりは意味がない。


「……脱ぐよ。プリムムの顔が見られないだろ」


 背中にいるのが分かるから、顔を見ることができない。

 それはそれで大きな不満点だ。


 それに、背中のプリムムは勝ち誇っていた。

 そういう顔もいいが、彼女に似合うのは照れた顔だとワタルは思っている。


 だから、


「互いに顔を合わせよう。それでおあいこ、だろ?」


 ワタルの反応に、今度はプリムムが年相応に狼狽える番だった。



 装備を脱いでから。

 ワタルが、血を吐き出し、倒れた。


「え!? ちょっとっ、しっかりして、ねえっ!!」


 体に亀裂が入り、血が噴き出てきた。

 痛みもなく、冷たい感覚を抱き、意識が落ちていく……。


 プリムムが話しかけてくれるが、答える余裕もなく視界が暗く、深く――――



 ……アーマーズを装備し、強大な力を持った。

 だが、彼女を纏うに相応しい器でなければ、弾かれるのだ。


 返ってくるダメージは、かなり大きい。


 それだけ、ワタルは認められなかったのだろう。



『お前じゃない』


 と、そう言われているようだった。



「あんたッ、ダメっ、目を瞑ったら――」


 単純な話、ワタルは堪えられなかったのだ。

 プリムムの才能を、受け止められなかった。


 だから体が壊れた。それだけの話だった。


 ――実力不足。


 ――天才だって? はっ、笑っちまうな。


 目を瞑って分かる、真っ赤な視界。

 途切れる意識の中、最後に見たのは大粒の涙を流すプリムムの顔だった。


 結局、やっぱり守れなかった。

 天才? 誰が言ったんだ? バカじゃないのか? ……全然、じゃないか。


 これでは凡人を笑えない。


 この世界では、ワタルは、天才なんかではなかった。


 ここへ落ちてくる前、バカにしていた多数と同じく、凡人でしかないのだ。



 ――誰かが言った。



 選ばれなかった者は、早々に舞台から降りるべきだ、と。



 それでも舞台に立ちたい人間がいるなら、足掻け、努力をしろ。


 壇上から落ちたなら這い上がれ。


 天才だろうと関係ない。


 挫折とチャンスは平等に全員へやってくる。


 ……誰も、なにも、まだ失ってはいないのだ。



 全員が平等に掴み取れる結果が、諦めなければすぐそこにある。





 出会いの章・・・ おわり

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