第7話 ワタルの覚悟
彼女たちは
つまり、装備できる誰かがいる前提なのだ。
そのため、彼女たちは自然と求めてしまうのだろう……誰でもいい、という心理もあるのかもしれないが……。
少なくともワタルは、誰でもいいわけではなかった。
「いいや、おまえとは組まない」
その一言に、ターミナルは強いショックを受けたようだ。
彼女は肩をとん、と押された程度で、尻もちをついていた。
握り締めていた太刀も、今は輝きを失っているようにも見える。
「悪いけど、もういるんだよ」
床を這うプリムムへ、視線を向けた。
「だから、諦めてくれ」
「ッ」
一瞬で抉られた深い傷を無理やり抑え込み、ターミナルが立ち上がった。
……選ばれなかった。
また、だ……ターミナルはプリムムに、負けた。
「……なんでッ、アイツ、ばかりが……ッ!!」
「分からないなら、それが差、なんだろうな」
大半が見ている成績が意味をなさないこともある。
今に限ればターミナルは一位ではなかった――それは他でもない、プリムムだから。
ターミナルが持つ魅力は、今のワタルには絶対に刺さらない。
「ま、悲観することはないんじゃないか? おれに通じなかっただけなんだし」
ついつい、ワタルがフォローしてしまう。
だって……今にも泣き出しそうな顔に、さすがに罪悪感があったから……。
自信満々なところを一発でへし折ってしまったのだ。
羞恥もあるだろうがなによりも、女心が傷ついた、のだろう……。
フォローが尚更、ターミナルを追い詰めてしまっていたが……。
「だからさ、正直な話、ターミナルのことはタイプじゃないんだ」
「ッ、殺すぞオトコ!!」
振り回されそうな太刀を振り回し、ワタルに突きつける。
「そ、そんなことでっ、このわたしを敵に回すのか!」
「それだけ、じゃないけどな……」
「プリムムがいい、だと……? 顔かっ。だって中身は攻撃的で、ぜんぜん素直じゃないだろう!? 言葉で傷つけられたことが何度もあるはずだ!」
「ん? おまえもそういう経験があるのか? ……プリムムのこと、やっぱりおまえも好きなんだろ?」
「だれが!!」
大雑把に、太刀が横へ振るわれた。
ワタルでも避けられる、大振りだった。
「欠点なんてたくさんある。おれだって、おまえだって――もちろんプリムムにだってな。あいつは素直じゃないし攻撃的な言葉も多いだろう……でもさ、きっと強がって言ってるだけなんだろうなあって、分かるんだ。それが分かるとさ、すっごく良いだろ?」
……わからない、と戸惑うターミナル。
「つまりさ……おまえには愛嬌がない」
「なっ!?」
「おまえはただの、上から目線で自分の立場や評価を利用する嫌なやつだよ」
ワタルの言葉ひとつひとつに、ターミナルの表情がころころと変わる。
短時間で見られた百面相だった。
「と、おれは思ってるだけだ。他人がどう思うかまでは知らないな。だからショックを受ける必要はまったくない。それとも……なんだよ、おまえはおれが好きなのか?」
「…………調子に、乗るなよ……ッッ」
ターミナルの太刀さばきが速くなる……精度も上がってきていた。
「おっと」
振り回された太刀の切っ先がワタルの頬を切る。
飛んだ血が、地面に落ちた。
今の一撃……避けていなければ首が落ちていただろう……。
さすがに言い過ぎたか。もう、彼女には慈悲がなかった。
一撃一撃が、容赦ない。
「……わたしを装備しないなら、もうオマエはいらない……そこの落ちこぼれも予定通りに脱落させる! それが嫌なら守ってみせろ、王子様ッ!!」
そして、ワタルの覚悟を問う、一言が投げられた。
「プリムムの傍にいたいなら、オマエの強さを証明してみせろ!」
#
……倒れていながらも意識はあった。
だからふたりの会話が全て聞こえていた。
ワタルを助けるべきなのに、出るに出れなくなった……。
「……ばか。急になんて展開にしてくれてるのよ……っ」
素直でない言動も照れ隠しだ、と言われているわけで――。
そうなるとこれから先、振る舞いがぎこちなくなってしまうだろう。
……ワタルとどう接すればいいのか。いきなり素直なってもなあ……でも、同じままでいけば照れてると内心で笑われる――。
ニヤニヤされるのは……、
全て分かっている、という事実は知りたくなかった。
…………でも。
――――嬉しかった。
一位と最下位、いつも比べられていた。
なぜかライバル視してくるターミナルのせいで、嫌な注目の集め方をしていたのだ。
極端な評価の差で、いつもクラスメイトにはからかわれるし、先生からは生徒の反面教師のように扱われ、逆にターミナルはお手本となっていた。
尊敬、憧れ、好意――。
指揮を執るのはいつもターミナルだった。そりゃそうだろうけど……。
もう納得しているけれど、プリムムにだって褒められたい欲はあったのだ。こんな自分を好きになってくれる人がいたなら……。
だけど、避けられていたから、もう無理だと諦めていた。
尊敬や憧れとは一番遠いと自覚していたから。
だが……、いたのだ。
オトコだけど、ちゃんと見てくれる、人が。
成績だけで判断せず、アーマーズという化物と知ってもそれを度外視した。
十五歳のプリムムを、良いと言ってくれた、たったひとりのオトコのコ――――
評価してくれた。
ターミナルよりも。
そこが、なによりも重要だった。
ワタルは、今、プリムムを必要としている――
そうと分かれば、彼女はいつもように、答えてあげるのだ。
「しょうがないわねえ……あなたがそう言うなら、一緒にいてあげてもいいけど?」
お望み通りに。
――素直じゃない言い方で言ってあげるわ。
#
「――守れていないぞ、オトコ」
太刀にばかり注意がいっていたワタルは、繰り出された蹴りに反応できなかった。
仮に反応できていたとして、避けられた速度ではなかったが。
「ッ!」
口を切ったか、血が舞った。
……なぜ彼女は太刀を使わないのか。
圧倒的な戦力差を見て、だろう。太刀を使えばワタルはあっという間に三枚おろしにされるはず。……悔しいが、情けをかけられている。
それでも実力は拮抗すらしていない。これが人間と、アーマーズの差だ。
「弱いやつは嫌いだな」
「クソ……ッ」
手の甲に血が垂れる。口だけじゃない、鼻血まで出ていた。
腕で拭って、力強く地面を踏みしめた。
が、ターミナルの蹴りが顎を打つ。ぐわん、と歪む視界……、ワタルの中の軸がブレた。
忘れそうになるが片腕も折れている。
……プリムムほどではないが、蓄積されているダメージが大きい。
「まるで死体蹴りだよなあ」
「ま、だだァッ!!」
足掻くワタルのその片腕を――ターミナルが容赦なくへし折った。
ごぎんッ! と。
その音に、プリムムがぎゅっと目を瞑った。
「がァ!?」
「ほら、お得意の上から目線はどうした? もうギブアップなのか? 悪いがこの程度で終わると思うなよ。このわたしを見下し、バカにしたことを後悔させてやるッ」
アーマーズである彼女たちは頑丈な相手としか戦ったことがない。
そのため、ただの人間を壊そうとすれば、やり過ぎてしまうのだ。
加減をしても、充分に脅威となる。
加減されているとしてもやり過ぎなくらいに、ワタルは壊されていた。
だが、満身創痍でいつ気絶してもおかしくない傷だらけでも、意識はある。
意識があるなら、立ち上がれる。
「…………私のため、なの……?」
両腕をへし折られ、立つのもやっとだ。
それでも、ワタルの目はまだ死んでいなかった。
「…………、へえ、オマエ、化物みたいだな――」
だらん、と垂れている両腕。
いつ心が折れてもおかしくないほどの劣勢だ。
それでも、ワタルはターミナルを睨みつける。
奇妙な光景だった。
……こんな人間は、ターミナルからしても、プリムムからしても、初めてだろう。
アーマーズが人間を見て化物だ、と怯えるなんて……入れ替わったようでもある。
「そこまでボロボロになってもまだプリムムのため、か……怖い、怖い……。逆に、善意だけで立っているとは思えないな。なんだ……なにが目的だ? プリムムをそうまでして庇って、オマエになんの利がある」
「それ、はよお……男を知らないから出る言葉だな……」
弱々しいワタルの声。
しかし、その声は鮮明に聞こえる。
「男ってのはさ……そういう生き物なんだよ――」
「わからないな……どういう生き物なんだ?」
ワタルが、プリムムを見た。
自覚なく不安な顔をしていたプリムムへ、ワタルが笑いかける。
プリムムは……、胸の前でぎゅっと手を握っていた。
「男ってのは、気になる女子のことを、命を懸けて守るもんなんだよ」
だから、代表して、言ってやる。
「――覚えておけ、これがオトコだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます